短編 | ナノ




真夜中の背徳_


「ラーメン食べたくない?」

深夜0時を過ぎたころ、急な空腹感に襲われることは稀ではない。

「太るよ」

「ねえでもさ、お腹すかないの?」

ヘッドボードに上半身を預ける形でベッドの上に腰掛ける幸村に問いかける私はうつ伏せになって枕を抱き込みながら隣の彼を見上げる。

「俺は別にすいてない」

「でも食べようと思えば食べれるでしょ?」

「まあね」

そう答えた彼は淡々と読書を続けている。

「…行かない?」

「ダイエットするって言ってた人は誰?」

「私」

「ラーメンが食べたい人は?」

「それも私」

「矛盾してるって気付かない?」

本から顔を上げた幸村が私を見下ろす。

まるで蛇に睨まれた蛙だ。

それでも私は幸村の視線に屈しないよう気を取り直して彼に訴えかける。

「ダイエットしたいっていうのは“理想の自分に近づきたい”っていう欲求なの!つまり自己実現の欲求!!でも、ラーメンが食べたいっていうのは生命維持に関わる生理的欲求なの!!生理的欲求が満たされてこその自己実現欲求!偉い人も言ってたでしょ?」

「こんな時に都合良く利用されてマズローもさぞや残念に思ってるだろうね」

「ねえ、精市ー」

もうここまできたらラーメンが食べたいというよりは、幸村の気を変えてやりたいという気持ちの方が私の中で強くなっている。

まるで駄々を捏ねる子供のようにセミダブルのベッドの上で転がってみせる。

それを見た彼がぷっと吹き出すように笑う音が聞こえた。馬鹿にされている気もしなくはないが、今更どうこういう間柄でもない。

「今からならどこのお店が営業してるかくらいは知ってるんだろう?」

言いながらベッドを降りて厚手のカーディガンを羽織る幸村が私のパーカーをこちらに向かって投げてきたせいで視界が暗くなる。

「駅前のとこは朝5時までやってる」

いつも帰りがけにいい匂いがしてきて、扉に書いてある営業時間は目を閉じても思い出せるほど何度も目に入っている。

パーカーを手繰り寄せて視界をクリアにさせればベッドルームの入り口に幸村が立つ姿が見える。

「じゃあそこでいいだろ?」

「…いいの!?」

「早くそれ着て。俺の気が変わらないうちに行くよ」

「ちょっとまって…!この格好じゃ…」

いくら深夜とはいえ駅前に行くならもう少しまともな服に着替えたい。

スウェットにパーカーなんて、いかにもな部屋着で行くのはちょっと抵抗がある。

「どうせラーメン屋の臭いがついて洗うことになるんだからそれくらい我慢して」

私のほんの少しの乙女心にさえ理解を示してくれない幸村は腕を組んだまま仁王立ちでこちらを見つめている。

できれば着替えたい気持ちを抑え込んで、なんとかここまで幸村の行動を持って来れたことに満足することにして、投げつけられたパーカーに袖を通した。

軽く髪を手櫛で整えて幸村の前に立てば、しばらく見下ろしてきた彼が黙ってパーカーのチャックをいちばん上まで上げる。

「じゃ、行くよ」

そういう彼の後について玄関へ向かう。

二人分の足音が深夜の住宅街に木霊する。

駅の方向から向かってくる人がちらほらいる中、私たちだけが逆走するように駅へ向かう。

「精市は何ラーメンにする?」

「俺は醤油かな」

「私は何にしようかなー」

「どうせまた味噌だろ」

「うーん、でもあそこ醤油も結構美味しそうなんだよね」

「じゃあ俺のやつを少し食べればいいじゃないか」

そんな会話をしながら、スウェットのまま夜の街を手を繋いで歩いた。





▽幸村精市と一緒にスウェットのまま深夜のラーメン屋さんに行きたい。




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