短編 | ナノ



珈琲牛乳_


「周助って昔から牛乳入れる派だったっけ?」
冷蔵庫から牛乳パックを取り出す彼に尋ねた。
もはやコーヒーに牛乳が入っているというよりかは、牛乳にコーヒーが混ざってしまった、というのが相応しいというほど、彼は容赦なく牛乳をマグに注ぎ入れている。
「そうだよ?」
「でも昔デートしてたときはブラックじゃなかった?」
確かに彼は昔、ブラックコーヒーを飲んでいた。
卓上にある砂糖とミルクを指して、使う?と尋ねた私に「僕は大丈夫」と答えていたのは紛れもなくこの男のはずなのに。
そしてその時私はしっかり、「不二くんはブラック派」と脳内にインプットしていたはずなのに。

今目の前にいる彼は、満面の笑みで5:1ほどの割合で牛乳を入れている。
「だって、一緒にデートしてる男がコーヒーにたくさん牛乳入れてたら嫌でしょ?」
牛乳パックを冷蔵庫に戻した彼が、色違いのマグを取り出してコーヒーサーバーに残っているコーヒーをそこに注ぎ入れる。
「別に嫌じゃないけど…」
でも確かに、今の周助が飲んでいる牛乳入りコーヒーかコーヒー入り牛乳か分からなくなっているものを突然生成されたら驚くかもしれない。

「まあ男のちっぽけなプライド、かな」
はい、どうぞ、そう言いながら、ソファに座る私へ砂糖も牛乳も入っていない方のマグを差し出してくるので、それを受けとる。
隣に座った周助の重みで少しだけ身体がそちらに傾くのに抗うこともせず、彼の身体に体重を預けてバランスを保つ。
脚を組んで左手にカップを持った彼の右腕がそのまま私の肩に回されて支えてくれる。
「なにそれ」
突然始まった周助の“男のプライド”話に呆れ半分に笑いを漏らす。
「僕たちはそういう生き物だから仕方ないよ」
周助はそう笑いながらコーヒー入り牛乳をすする。
「よくわかんないや」
私も自分のマグに入ったコーヒーに口をつけると、口内にはコーヒーの苦みと酸味が一気に広がる。

周助が全然コーヒーを使ってくれないせいで、私はドリップされたコーヒーを無駄にしないためにもブラックで飲む羽目になる。
「で?その男のプライドは今どこに行っちゃったの?」
隣でクリーム色の液体を満足気にすする彼の方を見つめて問いかける。
いつの間にか周助は遠慮なくコーヒーにどばどば牛乳を注ぐようになっていたし、余っているコーヒーを私に押し付ける男になっていた。
おかげで私のマグの中身は、周助のものとは比べ物にならないほど黒々としている。
お揃いで買ったマグは私のものは白を基調としていて、彼のものが黒のデザインなのに。

「やせ我慢して美味しいとも思わないものを飲むくらいなら、自分が好きなものを飲んだ方がずっといいと思わない?」
私の問いに対する答えになっているとは言えないその返答に少しだけ意地の悪いことを言ってしまう。
「それで飲み切れないコーヒーを彼女に押し付けるのが今の周助のプライド?」
「男のプライドを馬鹿にするのは良くないよ」
困ったように眉を下げている彼はその表情に反し、声を出して笑っている。
「それとも君は、僕が無理して好きでもないブラックコーヒーを飲む姿が見たいの?」
「何も、そんなこと言ってないじゃない」
意地悪を言うと、しっかり意地悪を返してくる彼は案外負けず嫌いだと思う。
「でも、せっかくだし久しぶりに飲んでみようかな」
そう言って左手にあった自分のマグを目の前のローテーブルに置いた彼は私の方に身体を向き直らせるので、私も自分の手の中にあったマグを彼に差し出す。
それを受け取って口に運ぶかと思いきや、そのままテーブルに置かれた黒のマグの隣に並べた。
「飲まないの?」
私のその言葉に笑みを浮かべた彼が「これから貰うよ」と言って、私の肩に回している腕を引き寄せ、もう片方の手で顎を掬い、唐突に口づけてきた。
彼に抱え込まれるような体勢に身動きも取れず、こじ開けられた唇の隙間から入り込む彼の舌が口内を動き回るのをされるがまま受け入れる。
歯列をなぞられ、隙間という隙間まで入念に探索するような動きに思考が溶かされていく。
喰らいつくすような長くて深いキスからようやく解放された時には頭がぼーっとして、至近距離にある彼の顔を黙って見つめるしかできず、なんでこんなことになってるのかも忘れかけていた。

「うん、やっぱり僕はミルクたっぷりの方が好きかな」
そう言ってテーブルに置かれた黒いマグを手に取ってクリーム色の液体を飲み込んだ彼を見て、口内に残るコーヒーの香りが奪われたことに気が付いた。




▽不二くんはちょっと味覚が独特なのでこういうところあるんじゃないかな、という妄想。
後半はちょっとエッチなキスをさせたかっただけのくだり。



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