最終列車_
「私ね、中学の頃不二のこと好きだったんだ。」
駅のホーム、次の電車が来るまでまだ15分以上ある。
「知ってたよ」
「やっぱり?」
「うん。君は分かり易かったからね」
最終電車の1本前の電車をギリギリのところで逃してしまった私たちは、見知らぬホームのベンチに腰かけて待つ。
去年の同窓会で久しぶりに会った彼は、今は神戸で働いているという。
たまたま出張で神戸までくることになった私が何となしに不二に連絡してみたのが始まりだった。
[今神戸なんだけど、夜空いてる?]
本当は神戸に出張だと決まった時2週間前から不二に連絡しようと思っていた。
でも前もって約束を取り付けるほどのことでもないような気がして、結局は当日の午後2時に1つだけメッセージを入れることにした。
何より事前に誘ったところで断られるのを恐れていた。
あらかじめ声を掛けて断られるくらいなら、唐突に連絡して断られる方がずっといい。
断られる確率が高い方が、その時のダメージは最小限で済む。
結局17時を過ぎても不二からの返信はなかった。
「カフェモカ1つ。ショートサイズで」
夕飯にはまだ少し早い時間。行くあても知る人もないこの街で、全国チェーンのよくあるカフェに入った。
見知った店内の装飾に、いつもと変わらないドリンクの味。聞こえてくるのは耳馴染みのない西の方言。私を取り巻く空間の何もかもが異質に感じた。
「お待たせしました、カフェモカ、ショートサイズでおつくりしました」
ごゆっくりおくつろぎください、そう言う店員からドリンクを受け取って一つ笑みを交わす。
よくある流れだ。
そのままドリンクを手に店内の少し広いソファー席へ移動する。
休日では決して独り占めすることができないようなゆったりした席。ティータイムが終わって人もまばらになったこの時間にカフェでくつろぐ者だけが味わえる小さな優越感。
ほんの少しの贅沢が心地よく、甘いカフェモカに溶けて身体に染みわたる。
そんな角砂糖のような時の流れを断ち切るようにテーブルの上に投げ出されたスマートフォンが音を鳴らす。
モカを一口、口に含んでから端末を手に取り画面を確認する。
知らない番号からの着信。取引先の誰かだろうか。登録していない相手からの連絡は稀だ。
「もしもし」
「もしもし?僕だけど。不二だよ」
電話越し、端末から直接耳に響いてくる声はそう名乗った。
「ごめんね。今仕事用の携帯から掛けてるんだけど、そろそろ仕事が終わると思うんだ。君は今どこ?」
「え?今?カフェだけど…」
そう言う私に電話口の不二は笑っている。
「“カフェ”だけじゃ流石に分からないかな。そのお店の場所、あとで送っておいて。迎えに行くよ。あと30分くらいで行けると思うから。」
そう一方的に言って相手は通話を切り上げてしまった。
直前に連絡を入れる私も私だが、返事を寄越さず突然待ち合わせを取り付ける不二も不二だと思う。
私が別の予定を入れていたらどうするつもりだったんだろうか。
いや、そうなったらなったで不二にはどうでもいいことなのかもしれない。
「遅くなってごめんね」
店内にやってきた不二はすぐに私を見つけてこちらへやってきた。
会うのは1年ぶりだろうか。去年の同窓会以来だと思う。
「ううん、こっちこそ。突然ごめん」
「ほんとだよ」
電話口で聞いたのと同じ笑い声。
「こっちは初めて?」
「うん」
「そっか、じゃお店は僕に任せて」
もういい?
残り僅かになったドリンクを指して聞く不二に、頷いて立ち上がる。
不二が連れてきてくれたのは、港の近くにある住宅街の片隅に佇む小さなフレンチレストランだった。
入り口が奥まっていて、小径を抜けていかなければ辿り着けないそこは一般の観光客などでは見つけることの出来ないお店。
「フランス家庭料理」を謳っているだけあり、店内もこじんまりとしていかにも“家庭的”な雰囲気がある。
サーモンピンクと白のチェック柄のテーブルクロスなんかはフレンチレストランにそぐわない、しかし実家のダイニングテーブルのような存在感を放っている。
「おすすめは?」
「ここはどれを食べても美味しいよ。あえて選ぶとしたら白身魚のポワレかな」
「じゃあ私それにしようかな」
すみません、店員さんを呼びつけた不二がオーダーを伝える。
「白身魚のポワレと、牛頬肉の赤ワイン煮、あと前菜の盛り合わせとバゲットを。それと、ピクルスもください。」
「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか」
店員さんのその言葉にふと私に視線を向けてきた不二に対して、なんでも飲めますという意を込めて頷いて見せた。
「とりあえず、この赤のボトルください。グラスは2つで」
運ばれてきたグラスに注がれるボルドーを見つめる。
まさか不二と二人きり、神戸のフレンチレストランでワインを飲むことになるなんて中学生のころには夢にも思わなかった。
話題は主に中学の同期が今何をしているのかという情報や、職場の話だった。
同窓会ぶりの再会とはいえ、同窓会の時だってそんなに話し込んだわけじゃない。
私たちがこうしてちゃんと話をするのは、実質、私が中学で青学を卒業し別の高校に進学した時ぶりだった。
「なんかさ、久しぶりなのに久しぶりなんて感じしないね」
メインの料理を食べ終え、お酒をじっくり飲みながら昔話に花が咲く。
「奇遇だね、僕もそう思ってた。中学の頃は僕たち結構仲良かったよね」
「中2の時だっけ?3回くらい連続で席が前後になったの、不二覚えてる?」
「覚えてるよ。4回目の席替えの時は二人でやっと離れられるねなんて言ってたっけ?」
「そうそう。周りからも席替えの度にからかわれててさ」
「でも実はあの時僕は結構残念だったんだ。口ではあんなこと言ってても、また君と近い席だったら良いななんて少しだけ期待してたんだ。中学2年の男子がそんなこと言えるわけもないんだけどね」
ボトルを手にした不二が空いた2つのグラスにワインを注ぎ足しながらそう言った。
私も、その一言は言わず「へえ、そうだったの?」と笑って流した。
それからもしばらくお酒を飲みながらいろいろなことを話しあった。
「そういえばホテルは?」
「姫路の方。まあ終電はまだ間に合うかな」
「そうだね。でもそろそろ行こうか」
「そういえば不二は?どうやって帰るの?」
「僕も電車だよ。でも君とは逆方面」
二人で並んでホームのベンチに座り、電車を待つ。
「私ね、中学の頃不二のこと好きだったんだ。」
「知ってたよ」
「やっぱり?」
「うん。君は分かり易かったからね」
会話は途切れて、沈黙が二人の間に流れ込む。
決して苦痛ではないその沈黙は機械的な音声によって断ち切られる。
まもなく電車が参ります、白線より下がって…
全国どこにいてもよく聞く電車のアナウンスが構内に響く。
最終電車は両方面の電車が数分差で発車するらしく、丁度2つのホームにほぼ同時に電車が到着する。
「じゃあ、不二はそっちの電車だよね」
私の乗る方面の方がやや早く発車するため、先に電車に乗り込もうとベンチから立ち上がって入り口近くまで移動する。
「うん、気を付けて帰るんだよ」
「今日はどうもありがとう。急でごめんね」
「次はもう少し前もって教えてくれると助かるな」
「こっちに来ることがあればね」
車内に乗った私はホームに立つ不二にそう言った。
不二は簡単に「次」を言うけど、おそらくこうして私がこっちまで出張することはそうないだろう。それはつまり、その「次」が訪れる可能性は低いということ。
「君は必ずまたここにくるよ」
笑顔でそう言い切った不二が片足を車内に踏み込んで、すっと私の頬に手を添えて一瞬掠めるように唇を奪っていった。
あまりにも唐突の出来事にただ茫然としている私に、ホームへ戻って電車から1,2歩離れた不二の声が、電車のドアが閉まるブザーに紛れて遠く聞こえた。
「だって僕は今でも君のこと好きだからね」
電車が動き出したことで、閉じた扉の向こうで佇み小さく手を振っている不二は少しずつ遠のいていった。
▽最初は一緒に終電逃す話も考えてたんですけど、どうしてもキスどまりにしておきたかった。
この後この子が再び神戸に行くことになるかどうかは、分かりません。ご想像にお任せします。
ちなみに、一緒に終電を逃す展開は、コチラ。
今まで意図的に行間を詰めて書いていましたが、今回はかなり間を取ってみました。
個人的には詰まってる方が好きですが、こちらの方が読み易いのかしら。
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