短編 | ナノ



ホワイトムスクの香り_


「お前ら、もう長いよな」
目の前に座る謙也が突然そんなことを言い出した。
「高校の時からだから…うーん、8年くらい?いや7年か?」
明言こそさけたもののあまり意味はないかもしれない。でもどうしてだか誤魔化したくなった。
なるべく早くこの話題を切り上げたくて、私はとにかく目の前にあるお酒を減らすことに専念した。
そんな私の思いも伝わらず、謙也は相変わらず光の話を続ける。
そんなに私たちのことが気になるなら光に聞いてくれればいいのに。
私から引き出そうとするなんて、この男はどこまでも鈍感で残忍だ。

「それで?“幼馴染のケンヤ”がどないしたん」
まだ付き合い始めの頃、“幼馴染”をやけに強調するような言い方が引っかかって、なんでそんな風に言うのか聞いた時に彼は「幼馴染も所詮男と女やろ」と冷たげに言い放っていた。
「“幼馴染”なんてクッション意味ないで」。
それ以来私は光の前で謙也の話をすることをやめた。きっと光は誰よりも早く、私の心の中に潜めていた気持ちに感づいていたんだろう。
1年ほど経ってから光が、「お前の幼馴染って、謙也さんやろ」と言い出した時に何となく色々納得が行った。

ふと見れば謙也のグラスもそろそろ空きそうだったので聞けば、返答は「同じの」。
生中を追加しようとタッチパネルを操作したのに、なぜか私の指はレゲエパンチのオーダー数を1つ増やしていて、そのまま送信してしまった。
「お前っ!あほか!」
と騒いでる謙也に
「はー?そんなん言ってくれんと分かれへんやろ。我が儘言わんと、大人しく飲んでや」
と言ってはみたものの、私だって分かっていた。
謙也が甘いお酒を好まないことも、同じのというのが生中のことを言っていたことも。
きっと、いつもより早いペースで飲んでいたせいで、思いの外酔ってしまっているみたいだ。
それもこれも謙也が私に光の話ばっかりするのがいけない。

「なあ、飽きたりせえへんの?」
それでも謙也はまだ続けるらしい。
わざとらしくお酒の話で逸らそうとしても、そんな子供騙しは通用しない。
だったらいっそもう言ってしまおうか。

私の心にあることを謙也に伝えたら、どんな反応をするんだろう。
謙也に飽きたことなんて一度もないし、近い時もあれば離れてる時もあったけど、それでも25年間それなりに関りを持ち続けている謙也のことをまだまだ知りたいと思う。

例えば、謙也は女の子といるときはどんな風になるんだろうとか。
幼馴染じゃない、「男」としての謙也の一面を見てみたいと思ってることとか。
もし私たちが幼馴染じゃなかったら、もう少し男女らしい関係になってたんだろうかとも思うけど、そうしたら今度は幼馴染としての謙也の一面は知ることができなかったはずだ。
そして、それはそれで嫌だと思う。

欲張りなのだ。結局私は。
光も欲しい、でも謙也も欲しい。
幼馴染の謙也は失いたくないけど、でも幼馴染じゃない謙也も知りたい。
それらすべてが満たされるなんて天が許さないろうに。

謙也が物凄い勢いでレゲエパンチのグラスを空けて生をオーダーしている。
あーあ、そんな風に飲んだら酔っ払っちゃうよ。ただでさえ甘いお酒で酔いが回りやすいのに。
「お前さ、興味っちゅーと…具体的に何が知りたいん?」
目の前にいる謙也は特に酔ったようにも見えない。
そんなこと聞いちゃって、後で後悔するんじゃないの。
私の頭がふわふわして、今ならずっと秘めていたことすら簡単に言えてしまいそうだ。
具体的に何が、なんて。
大人になった謙也の手のひらはどんな感じなんだろうとか。二人で手を繋いで歩くのってどんな感じなんだろうかとか。謙也はどんなキスをするんだろうとか。どんな風に女の子を抱くんだろうとか。
そんなことだ。

自分でも驚くほどぺらぺら喋ってたと思う。
ふと我に返って謙也を見れば気まずそうにしていて、やってしまった、と思った。
自分のとこの後輩の彼女がこんなこと考えてるなんて知ったらさぞ複雑に違いないだろう。
それに本人にこそ言っていないが、私が知りたいのは謙也のことだから。
それすらも知ったら謙也はどんな顔するんだろう。
きっと彼は自分の後輩を裏切ったりはしないし、私のことも傷つけないように何も聞かなかったことにしちゃうかもしれない。
でもそんなの面白くない。
私ばっかりがヤキモキして。謙也も少しくらいこの気持ちを味わえばいい。
そう思って彼の頭に手を伸ばして髪の毛をくしゃくしゃにしてやった。
もっと雑に払われると思ったのに。
なにその顔。そんな“意識してます”みたいな顔しちゃって。
今まで見たことないような謙也の表情にドキッとしつつ、それを誤魔化すために冗談を飛ばして、二人でお酒を飲み干した。

確かに知りたいと思ってた。
謙也の手のひらがどうとか、温もりがどうとか。そういうこと。
狭いエレベーター内、どんどん増えていく人に押されて身動きが取れない中、抱き締められるような体勢に思わず身体が固まってしてしまう。
「大丈夫か?」
と気遣う少し掠れた声すらもいつもと違うように聞こえて、上手く反応できず、ただ首を縦に振る。
先程までは気付かなかったが、謙也の首元や上着からコロンの香りがして急に知らない男の人のような感覚になる。

でも実際、私は知らない。
エレベーターを出た後に何も言わず手を引いて歩く謙也のことも、自分から手を取って歩き始めたくせに、振りほどかへんのか、なんて聞いてくる謙也のことも。
もっと知りたい。そう思って黙って謙也についていけば連れてこられたのは、大通りから一本奥に入った路地だった。

「ごめんな」
そういって私の両腕を掴む謙也の手はこれ以上ないほど優しくて、確かに身動きを奪うような姿勢なのに、私が少しでも動けば謙也はすぐに離れてしまいそうなほどそっと私の腕を包んでいた。
そのキスもまるで割れ物を扱うように軽く触れるものだった。
ただ互いの唇を触れ合わすだけのキスをずっと続けていた。

先に離れたのは謙也の方で、あれだけの不安げなキスとは裏腹に思いきり抱き締められて、その行動に謙也の行き場のない戸惑いのような、なにか感情の複雑さを感じた。
「ほんま、ごめん…」
私に対する謝罪なのか、後輩に対する謝罪なのか、誰に対するかも分からない「ごめん」を口にする謙也は、きっと自分の行動を責めるんだろう。
謝らないで欲しい。私がそうして欲しくてやったことだから、謙也は何も悪くない。
きっとエレベーターを出て歩いていた時も、路地に入った時も、キスをする時も、謙也はずっと私が拒否するのを待っていたんだ。
むしろ悪いのは私の方だ。拒絶もせず、そうなるように事を持って行ったのに積極的に受け入れることもしない。
本当はこのまま私からも謙也に思いっきりキスして、二人でどこかに行ってしまいたいと思っている。
私がそうしてしまえばきっと彼は応えてくれるはずだ。
でもそうしたらきっと謙也はもっと自分を責めて一人で抱え込んでしまうだろうから。

「帰ろっか」
本心とは裏腹の言葉を口にして、私たちは薄暗い路地から明るい大通りへと戻っていった。




▽謙也から見たら彼女は全然酔ってないし、彼女から見たら謙也は全然酔ってないように見えるけど、二人ともそれなりにお酒が入っていたという。そうでもしなければ何事も起こるはずのないのがこの二人。
何もかも感づいている財前に「そんな言葉でカモフラージュしても意味ないで」(意訳)って言わせたかった。
タイトルのホワイトムスクは謙也の香り。





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