春一番_
「ねえ、おにーさん。上手に撮れた?」
休日、電車に乗って海岸まで出て写真を撮っていた時に声をかけられた。
正確に言うと、一通り満足のいく写真が撮れたため、そろそろ戻ろうと思い、海に背を向けて駅へ向かおうとした時だった。
浜辺に座っている彼女の横を通り過ぎようすれば、それまで手元の小説に夢中になっていたはずの彼女が顔を上げて不意に口を開いたのだった。
「・・・え?」
「写真、ずっと撮ってたでしょ」
座ったまま僕を見上げている彼女はそう続けた。
面倒なタイプのやつだと思って無視しようとしたのに、何故だか僕は彼女を相手にしはじめてしまっていた。
きっと彼女に興味が湧いてしまったんだと思う。
こんな初春の晴れた日に人気のない海まで来て、一人で浜辺で読書をしていた彼女に。
読書に飽きた暇つぶしかのように気まぐれに僕に話しかけてきて、退屈しのぎをするかのような彼女のことを不思議と不快には思わなかった。
僕はなぜ彼女を不快に感じなかったのか、理由を知りたくなった。
「何撮ってたの?」
「海だよ」
「ふーん」
興味なさげに返事する彼女を面白いと思った。
自分で聞いてきたくせに至極つまらなそうで、僕は彼女のその態度に満足した。
瞬間、僕たちの存在そのものすら吹き飛ばしてしまいそうなほど強い風が吹いた。
「ねえ、覚えてる?初めて君が僕に話しかけてきた時の事」
あの時と同じ海岸に再び二人きり。
風が強く、真っ直ぐ立つのもままならない僕たちは、二人で腕を組んで飛ばされないように互いを船の錨のように支えあって海岸線を見つめる。
「覚えてるよ。ずーっと写真撮ってたでしょ」
強風のせいで互いの声すら掻き消されてしまうから、僕たちはこんなにも近くにいるのにまるで遠くに向かって叫ぶように大声を出して会話する。
「本当はあの時、僕は君を無視しようと思ってたんだ」
「へえ?でも無視しなかったね」
「自分でもよく分からないけど、気になったんだ」
「何が気になったの」
「君がなぜこんな人のいない海岸で一人座って本を読んでいたのか。なぜ僕に話しかけてきたのか。そしてどうして僕は君を無視できなかったのか、かな」
「答えはでた?」
相変わらず、二人で身体を支え合いながら冬の海に向かって叫び続ける僕たち。
「それが、実はまだ分からないんだ」
「へえ」
ほらまた。自分で聞いたくせに、その態度。
どうしてだか僕は君のそんな態度がたまらなく好きだ。理由は分からない。
「だから答えが出るまでは僕の傍にいてもらうよ」
「気が向いたらね」
そう言って満足気に笑う彼女を見て、僕もまた彼女と同じような笑みを浮かべた。
「不二が私のこと無視してくれなくてよかった」
「僕も。あの時、君を無視しなくてよかったと思ってるよ」
初春の風が波を荒立て、ひと際大きな水しぶきを海岸に撒き散らしていった。
▽春一番が吹く。
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