短編 | ナノ



初彼_


「他に好きな子が出来たから別れて欲しい」

あいつ曰く、その子は会社の後輩で他部署から最近移動してきたらしい。
私たちの3年間は、その子の3週間に負けたのか。

言いたいことは色々あるはずなのに、どれもこれも上手く言葉にならず唯一出てきた言葉は、「そうなんだ、お幸せに」。

こうやってみんな私の知らないところで結ばれて、私だけが取り残されていく感覚。
3年付き合った彼氏にフラれたというのに、寂しいという気持ちも沸かずにただ茫然とホームに立っているときに不意に聞こえた懐かしい声。
「久しぶり」
「え、乾じゃん。久しぶり」
振り返ると、そこにいたのは長身の男
「最寄り駅、ここだったっけ?」
「ううん、彼氏んちがここの近くでね。まあつい30分前に元彼に昇格したんだけど」
「なるほど。それじゃ、俺の新しい後輩というわけか」
まあ、貴方が私の記念すべき元彼第一号ですし、と内心思いつつ、そんなことわざわざ言うのも面倒で曖昧に「そうだね」と言って流す。
「乾こそ、この駅でなにしてるの?」
「職場がこの近くでね」
「ふーん」
「お腹すいてない?」
「え?」
昔からこういうところあったなあ、とふいに懐かしくなる。唐突に意図の見えない発言をするところ。
「3駅先に良い中華料理屋があるんだけど、どう」
「いいかもね」
つい30分前に彼氏と別れたばかりなのに、こうして別の男、しかも昔付き合ってた男と並んで電車に乗り込む自分が滑稽に思える。
本人の口から聞いたわけではないが、この前の同窓会では乾は私と別れてから暫くして付き合い始めた彼女と今も続いていて、結婚も視野に入れてるなんていう噂が流れていた。
今、私の隣に座る乾も結局は私と離れてから幸せを手に入れている人物の一人で、そう思えば思うほど余計自分の惨めさが際立ってしまう。

「今日は俺が奢るよ」
「別にいいよ、自分の分は自分で払う」
我ながら可愛くない台詞だと思う。こんなだからみんな離れていくに違いない。
でも、情けをかけられてるみたいな感じがしてしまって嫌だった。そんな思考すら歪んでいて、私に可愛げがない理由になってることも分かってるんだけど。
「俺がそうしたい気分だから。さ、好きなの飲んで」
ドリンクメニューを差し出してきた乾が、店員さんを呼んで食べ物を色々オーダーしている。
ぼーっと聞いていればどれも私の好きなものばかりで、そういうところに乾貞治という人物の性格が滲み出ていると思った。

好きなものをたくさん食べて好きなお酒をたくさん飲ませてもらえば、店を出る頃には今日フラれたばっかなんてこと忘れかけてしまうくらいほろ酔いになっていた。二人並んで駅までの道のりを歩く。
「乾、超優しいじゃん」
「俺は昔から超優しいよ」
私の口調を真似するように話すのが面白くて、思わず笑ってしまう。
「やっぱり君は笑ってた方がいいよ」
「それ、なんか昔も言ってなかった?」
何となく聞き覚えのある台詞だった気がする。いつどこでどんな風に言われたのかは残念ながら思い出せないけど、でも乾の声がそう言っていたのは聞いたことがある。
「うん。昔から笑ってる時が可愛かったからね」
「なにそれ…」
可愛くない独り身の私は、ぶすくれた顔で俯くしかできない。
「ほら、こっちおいでよ」
素直じゃない私の扱いを心得ているらしい彼は、私の手を引いて歩き始めた。
勢いに任せて隣に並ぶ肩に頭を半分預けても拒絶されないどころか、しっかり受け止めて肩を抱いてくれるからそのまま彼にもたれるようにして歩く。
「…なに、浮気相手にでもなってくれるの?」
「うん、いいよ」

酔いに任せて軽率に口にした可愛くない言葉。
“浮気”っていうのは否定しないんだなーなんて変なところばかり気にかけている。
「じゃあ、行先は駅じゃなくていいよね」
立ち止まった乾が問いかけてくるから、彼の肩にもたれたままその言葉に黙って頷けば、くるっと身体を回転させて来た道を戻る私たち。

私の肩を抱く乾の手に少しだけ力が込められたような気がした。




▽うわきシリーズ。
はじめての彼氏、はじめての元彼、はじめての浮気相手。
乾に「うん、いいよ」って言わせたかっただけやつです。
優しさが残酷な男、乾貞治。




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