短編 | ナノ



レゲエパンチ_


「お前ら、もう長いよな」
目の前でレゲエパンチをただのウーロン茶のように飲み続けている彼女がふと動きを止めた。
「高校の時からだから…うーん、8年くらい?いや7年か?」
ちゃんと数えてないから分かれへんけど、と言ってから彼女は再び甘い香りのするドリンクを口に運んだ。

「最初、財前からお前と付き合うって聞いて悪い冗談かと思ったわ」
「私なんか光が謙也の後輩だなんてしばらく知らんままやったで。おんなじ学校ってのは知っててんけど、まさか謙也がテニス部入ってるとは思えへんかったし、光がダブルス組むとかもあり得へんやろ?ほんま嘘かと思ったし、光な、1年以上教えてくれへんかったんやで」
ほんまあり得へんヤツやわ〜と言いながら、グラスの中身を一気に飲み干した彼女は、テーブルに置かれたタッチパネルを操作して同じものをオーダーしている。

俺の幼馴染のこいつと財前が付き合い始めたのは俺たちが高校2年だった時の冬の初めだった。
財前の口から突然彼女の名前が発せられて、そのあと直ぐ財前は「俺たち付き合うことになったんすよ」と続けた。
その時の俺はまさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。
なんで財前が俺の幼馴染の名前を知ってるのかも分からなかったし、どこで知り合ったのかも、いつからそんな関係になってたのかも全く想像もつかなかった。
辛うじて俺が発せられたのは「へえ」とか「そーか」とかそんな程度のものだったはずだ。
後々聞けばバイト先が同じで知り合ったらしく、あいつが財前に幼馴染の「ケンヤ」の話をしょっちゅうするもんで俺たちが幼馴染だということに気が付いたらしい。
その最初の一回以来、財前が俺に面と向かって自らこいつの話をしてくることはなかった。
何故あの時だけわざわざ俺に言いに来たのか、俺にはあいつの意図が全く読めなかった。

「謙也は?」
もうすぐ空になりそうな俺のグラスを指した彼女が聞いてくる。
「俺も同じの」
りょーかい、と言う彼女の指が素早くパネルを操作し、見た時には既にレゲエパンチを「2」つオーダーしていた。
「お前っ!あほか!同じのっちゅーのは、今俺が飲んでるのと同じのって意味や」
「はー?そんなん言ってくれんと分かれへんやろ」
我が儘言わんと、大人しく飲んでや〜と彼女は呑気に枝豆を摘まんでいる。
甘い酒はあんまり得意とちゃうんやけどな…と思いながら先程までの会話の続きを始めた。
「なあ、飽きたりせえへんの?」
8年もずっと同じ相手と付き合って、俺の知る限りこいつにとっても財前にとってもお互いが初めての彼氏彼女だったはずだ。
「ほぼウーロン茶と一緒や。ピーチティーみたいで美味しいで」
「あほ。レゲエパンチちゃうわ。財前や、財前。それにレゲエパンチは俺の好みちゃうねん」
“財前”というワードに顔を上げた彼女が目をぱちくり見開いている。
「どゆこと?」
「いや、もう8年も財前と一緒におるんやろ?ずっと同じ男といて飽きひんのかなーって。なんちゅーか…俺、そういう経験あれへんからアレやけど…」
「うーん…飽きたりはせえへんよ。友達だって別に飽きひんやろ。」
そう言った彼女は目の前に置かれた厚揚げを箸でつついた。
出来立ての厚揚げはまだ熱いらしく、口元を手で扇いでいる。
「…はっ!あっっつ…!!…ってか、そんなこと言ったらうちらなんてもう何年?22年?」
「赤ん坊の頃からやし、25年やろ」
「25年幼馴染やっても謙也には一回も飽きたことないで?そういうことやろ」
目の前の一人で勝手に喋って納得している彼女に言い返そうとした時、丁度レゲエパンチが2つテーブルの真ん中にどんっと置かれた。
「おまたせしましたー」と言って店員は端に寄せられた空のジョッキ2つと空き皿を下げていった。

仕方なく俺もレゲエパンチを飲むが、一口飲んだだけで口の中に広がる何とも言えない甘さに酔いが回りそうになる。
「あっま…」
こんな甘い飲み物、1杯も飲み切らないうちに飽きてしまいそうなほどだ。
「でもな…」
相変わらずハイペースで飲んでいる彼女のグラスの中身は既に俺のものよりも量が減っている。
よく飽きずに飲み続けられるなと感心しながら、口直しのために厚揚げを取り皿によそった。
「たまに思うで」

厚揚げは先程彼女が食べた時よりも少し冷えて、丁度食べやすい熱さになっている。
グラスのふちを指でなぞりながら、どこを見ているのかわからない彼女が言葉を続ける。
「光以外の男の子ってどんなもんなんやろうなーって」
突然の発言に口に含んだ厚揚げを飲み込むのを一瞬忘れて彼女の方を見つめた。
「どんなもんって…お前、」
「いや、別に浮気したいとかそういうんやないで」
両手でグラスを包むように握る彼女は相変わらずテーブル上のどこを見ているのか分からないが、視線は合わない。
「ただなんていうか。興味は、ある」
「…興味、な」
「だからと言ってわざわざ光と別れてまで、他の人と遊ぼうとは思えへんねん」
聞いてしまった彼女の本音に急激に喉が渇いた感覚がして、目の前のグラスをあおった。
一瞬のウーロン茶の味に続いて、甘ったるいピーチの香りが口内に充満する。
その香りをかき消すようにさらに二口三口と立て続けに飲み込んだ。
こんな甘い酒を飲み続けてたらあっという間に酔っ払ってしまいそうになる。

まだグラスの中身が半分を下回ったくらいにもかかわらず、俺はタッチパネルを操作して生中をオーダーした。
「まだ飲み物残ってるやろ」
「生が来る頃には空にするからええねん」
どうせ生ビールなんて一瞬で運ばれてくるはずだ。急いで残った半分の酒を口に流し込んだ。
「おお〜いくねえ」
空になったジョッキを勢いよくテーブルに置いたと同時に、生中が運ばれてきた。

「お前さ、興味っちゅーと…具体的に何が知りたいん?」
なんとなくフワフワする頭で彼女を見れば、特に酔った様子もなく同じペースで同じドリンクを飲み続けている。
「んー、なんやろ。よう分かれへんけど。なんか、例えば、光以外の男の人の手のひらって繋いだらどんな感じなんやろ、とか。一緒に並んで歩いたらどんな感じやろとか。あとは…まあ。キスとか。例えばどんなキスすんねやろ、とか。ほかの人でもちゃんと気持ちええのかな、とか」
少し気まずそうにしながらも、すんなり話す彼女に思わず視線が釘付けになる。
ふと目を上げた彼女とパッと視線が絡み、勢いよく逸らされてしまったことで急に気まずさが込み上げてきた。
新しく運ばれてきた生を口に運べば、口内に広がるお馴染みの苦みに安堵する。
「…なるほど、な」
「何言わせんねん、ほんま」
少しだけ顔を赤らめている彼女が、先程より少しペースを上げて飲み始めた。その赤らみは先程の発言の羞恥からくるのか、アルコールのせいなのか、俺にも、きっと本人にすら分からないはずだ。
「よう飲んだな」
「せやね。ご飯もいっぱい食べてお腹いっぱい」
「それ、飲み終わったら帰るか」
半分ほど残っている彼女のグラスを指して言った。
「謙也もまだ結構あるやん」
俺の生中はまだ上から数センチしか減っていない。
「お前がそれ飲み終わるころにはこっちも飲み終わるから丁度ええねん」
「あんま無理しない方がええよ?」
「っな、無理ちゃうわ!」
「はいはい、無理ちゃうねんなー?分かりましたよー、謙也クン」
子供を窘めるような口調で話す彼女が、右手を俺の方に伸ばしてきて前髪をくしゃくしゃにしてきた。不意に頭を撫でられるような雑な感触にドキッとして、反射的にその細い指先を掴んでしまった。
「…っ!ごめん、つい…」
「あ…いや、別にええんやけど…」
直ぐに彼女の手を離したにもかかわらず、その指の細さや手の小ささがいやに印象的に残っている。
「セット崩れちゃったね」
一瞬気まずくなった雰囲気を誤魔化すように笑う彼女の機転に救われる。
俺にもっと、それこそ財前みたいに、上手くこういう場を切り抜けることのできる力があればよかったのにと思う。
「そんなんは別にええねん」
「たしかに、元から雑なセットやったもんな」
やかましいわ、と笑い飛ばしながら互いに飲み物を飲んで、グラスを空けていく。

「さて、行きますか」
「せやな」
伝票をもってレジへ向かおうとする彼女を止めて、バインダーをその手から引き抜いた。
「おもろい話聞かしてもろたし、今日は俺が出すで」
「いや、さすがにそれは申し訳ないわ」
「じゃ、次、飲み行くときはお前な」
「ん」
ごちそーさまです、と律義にお辞儀をして言ってくるのが可愛らしくて、俺に向けて下げられた頭をガシガシ撫でた。次、また一緒に飲み行ってくれるんだったら飲み代くらい安いもんや。
「っちょ、なにすんねん」
頭を上げた彼女が焦りながら手櫛で髪を整えている姿を見て、胸の奥が温かくなる気がした。
「さっきのお返しや」
そう言って、俺はもう一度彼女の髪の毛をくしゃくしゃにした。
彼女に触れるたび広がる甘い感覚に、先程無理やり流し込んだピーチを思い出した。

ビルの8階に入っていた店を出てエレベーターに乗ってビルを出ようとすれば、エレベーターは各階で停車してはそのたびに3,4人の人が乗り込んできた。小さなエレベーター内は既に人がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、否応なしに彼女と密着する。見下ろせば、俺に向かうように立つ彼女のつむじが見える。
「大丈夫か?」
すぐ真下にいる彼女が胸元で首を縦に振るのを感じて、行き場に困っていた自分の両腕をそっと彼女の肩に回して引き寄せた。
身動きとれないほど人が詰め込まれたエレベーター内では身体を離すことも出来ず、彼女はそのまま大人しく引き寄せられてくれた。
こんな状況でこんなことして、自分の卑怯さに息が苦しくなる。
1階へ到着すると軽いベルのような音ともにエレベーターの扉が開き、一気に人が流れ出ていく。
人波に流されそうになりつつ彼女に回していた腕をスッとほどいて、代わりに彼女の手を握って小さな箱を後にした。
そのまま駅へ向って歩きだせば、彼女は俺の手を振りほどくわけでもなく黙って手を引かれて歩いている。
互いに一言も発さず無言で手を繋いで歩いている様子は、何も知らない人からすればただのカップルに見えるだろう。
「なあ」
「なに」
「振りほどかへんの」
彼女の方を見ずに聞けば、返ってくるのは沈黙だった。

駅へ向かう大通りからわざと一本奥の狭い通りに入って足を止めると、彼女もぴたりと止まった。
繋いでいた手を離し、彼女の方に身体を向けると、再び俺たちは互いに向かい合うようになる。
エレベーター内にいた時ほど密着はしていないが、手を伸ばせば十分胸の中に抱き締められる距離だ。先程まで間近で感じていた彼女の香りが、風に吹かれて鼻腔をくすぐる。
「ごめんな」
彼女の両腕を優しく掴んで、何に対するごめんかも分からないまま、小さく呟いて、そっと唇を寄せた。
唇と唇が軽く触れるだけの長いキス。
離れようと思えばいつだって離れることができるはずなのに、そうはせずに黙って俺を受け入れる彼女に胸が詰まりそうになった。
結局自分から唇を離して、彼女の顔を見るより先に、背中に腕を回して強く胸に抱きしめた。
「ほんま、ごめん…」
俺がもう一度謝れば、彼女はそっと俺の腰に腕を回して一言、「謝らんといて」と言った。
俺の肩に顔を埋めるようにしている彼女の声はくぐもっている。
「ねえ、謙也」
「ん?」
呼ばれて初めて向き合った彼女は穏やかな微笑みを浮かべていて、今までで一番綺麗に見えた。
「帰ろっか」
俺に抱きしめられたままそう言った彼女は、背中に回していた腕をすっと離して、俺の手を取って歩き始めた。
絡まる指に力を込めて小さな手を軽く握れば、同じ位の力で彼女も俺の手を握り返してくれる。
「せやな、帰ろっか」
そう答えて、俺たちは人通りの多い道へ戻って駅へ再び歩き始めた。



▽触れるだけのキスはピーチ味
彼女にこの後誘われる展開も考えたのですが、なんとなく潔く解散するのも付かず離れずの幼馴染感が溢れて良い気がします。



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