短編 | ナノ



呼ぶ声_


「財前〜!!帰んで!」
わざわざ2年の教室まで出向いてきて、廊下から大声で俺を呼ぶ声が教室中に響き渡る。
先輩がこうしてこの教室に来るのは今や恒例で、毎日同じ時間に繰り返しなる時報みたいなもんだ。
「じゃ、」
バッグを肩にかけて先輩の横を素通りしようとすれば、すかさず俺の後ろを付いてくる足音が聞こえる。
「ちょいちょい、無視したらあかんよ財前クン」
「ちゃんと挨拶したやないすか。じゃっ、て」
「それ、挨拶ちゃうし。最近の若い子はほんま教育がなってへんな〜」
たった1つ、それも数か月しか変わらないくせにまるで何歳も離れているような口振りに思わず笑いが漏れる。
「先輩かて、俺と大して変わらへんやないすか」
「でも先輩は腐っても先輩や」
「先輩、腐っとったんすか。どーりで」
我ながら生意気だと思う台詞を続けざまに投げ続けても、先輩は怯むこともせず、むしろ勢いを増して言い返してくる。
「んなわけあるか。うちはピチピチの食べ頃や。味見してみる?財前なら特別にタダでええよ」
「あほちゃいます」
俺のすぐ後ろを歩いている先輩の発言に呆れたような視線を向ければ、先輩は満足気に笑っている。

こうして先輩が俺のところにやってくるようになったのは、そもそも謙也さんのせいだ。
「財前!ほんま悪いねんけど、社会の教科書貸してくれへん?」
新学期もまだ初めの頃、突然2年の教室にやってきてそう頼み込んできた。
「いっすけど、何に使うんすか」
「俺の友達がな!去年の教科書、今年の頭もまだちょっと使うの忘れて捨ててもうてん!」
ほんまアホやろ、あいつ!謙也さんは相変わらず豪快に笑っている。あいつ、なんて言われても俺はその人の頃知らんのに。
「で、なんで謙也さんが来てるんすか」
「いや、本人もそこにおんねんけどな。ほら、お前もこっち出てこいや!」
そう呼ばれて遠慮がちに出てきたのが彼女だった。
「まあ、財前の教科書は俺が使って、こいつには俺の貸すから直接借りるってわけでもないんやけどな。一応お礼しとかんとと思うて!」
そういう律義過ぎるところが謙也さんらしいと思った。正直誰が俺の教科書を使おうが気にもしないし、礼なんていらないのに。
「えっと、財前くん?やっけ。ご迷惑お掛けします。教科書、どうもありがとう」
そう言って深く頭を下げた先輩は今思えばまるで別人だった。
本人曰く「うち、人見知りやねん」らしい。

「財前〜!お・ひ・る!ご飯やで〜!」
4限終わりのチャイムが鳴った数分後には先輩は俺の教室に入ってきて、まだ教材も片し終わってない俺の机に自分のお弁当が置いたバッグを置いた。
「そんくらい知ってます」
先輩はそんな俺の様子を気にも留めず、教室の後ろに置かれている予備の椅子を持ってきて俺の机の隣に置けば、そのままバッグを開けてお弁当を広げ始める。
今更何を言ったところで先輩はいつもこうして俺の教室に来るし、クラスメイト達も最初は何事かと好奇の視線を向けていたが、今や先輩がこの教室でお昼を食べることは日常と化していて誰も驚きやしない。
寧ろ、稀に先輩が来ない日には同じクラスの奴に「今日は先輩おれへんの?」と聞かれる始末だ。
そういう時、決まって俺は「知らん」と答える。実際知らないのだ。先輩が2年の教室に来ない日は、どこで何をしているのか、学校に来ているのかどうかも。俺は何も知らない。

「これ、むっちゃ上手く焼けたやつ!」
突然口に突っ込まれた卵焼きを喉に詰まらせそうになって先輩を軽く睨んでみても、先輩は俺の弁当から勝手にウインナーを取って食べている。
「ん〜うまっ!」
勝手に自分のおかずを俺に押し付けて、俺のモンを奪っていったくせに、先輩は一人で楽しそうにしている。つくづくめでたい人だと思う。
「なあ、うちの卵焼きどやった??」
期待に溢れた視線を向けられて、何故だか居心地の悪さを覚えた俺は、
「まあ、悪くなかったす」
としか答えられなかった。


「財前!おつかれ〜!」
謙也さんと仲の良い先輩は部活のスケジュールも把握済みで、部活がある日も部活終わりに俺のところに来ては、勝手に駅までの道のりを付いて歩いた。
しかし3年の先輩らが引退した後もそれは続き、どこでスケジュールを入手してるのかは分からないが特に聞くこともしなかった。
「そろそろうちら卒業やんか」
後ろをパタパタ付いてきていたと思えば、相変わらずすぐ斜め後ろを歩いている先輩。
「そっすね」
卒業式を来週に控え、何となくしおらしくしている先輩になんて返すのが良いか分からなかった俺は結局何も気の利いた事を返せなかった。
「先輩がおれへんかったら寂しいやろ、財前」
おどけたように言う先輩は、きっと自分が寂しいんやろな、そう思った。
「俺は別に先輩らがおらんくてもやってけますよ。心配いらんっすわ」
正直先輩らがいない学校生活がいまいち想像つかないだけだった。でもきっと問題なくやっていけるに違いない、そんな気がしていた。
「まあ財前はそういう子やもんね。頑張るんやで」
じゃ、そう言って駅のホームで別れた先輩はいつもと同じように笑って手を思いきり振っていた。

卒業式当日。
朝から証書授与や校長、PTA会長の祝辞が続いた長ったらしい式典を終えてから、俺は部活の先輩らに会うため3年の教室へ向かった。3年の教室にはあの人もおるはず。
自分からこうして3年の教室に足を運ぶことは滅多になく、同じ作りのはずの教室棟も何故か知らない場所のように感じてしまう。

2組の教室を覗けば、目当ての人たちを見つけた。そしてその近くにもう一人、気になっていた人物がいるのも。
「おっ財前!!来てくれたんか!」
「まあ一応」
「財前ならきっと来てくれると思っとったで」
証書の入った筒を持って、胸に赤い花を挿した先輩たちが俺を迎え入れてくれた。
知らない3年の先輩たちがそこかしこに集まって、互いに写真を撮ったりメッセージを書いたりして最後の時間を分かち合っている。
「ほらお前もそんな泣くなって。財前も来てくれたで」
謙也さんがそう声をかけたのは、先輩だった。
謙也さんに呼ばれて力なくこっちに移動してくる先輩はずっと俯いていて言葉も発しない。そんな先輩を前に何故か俺は初めて先輩に会った時のことを思い出した。
あの時もこうして謙也さんに呼ばれて、ゆったりと近寄ってきた先輩は俺と目も合わせないまま小さな声で喋っていた。
1年間、毎日のように俺の教室に来て一人で勝手に喋り倒して笑っていた先輩のイメージがあまりにも強かったから忘れかけていたが、元々はこういう人だった。

「先輩」

呼びかけても俯いたまま顔を上げない。代わりに聞こえるのは堪え切れていない嗚咽と時々鼻を啜る音だけだ。
こうして立ったまま向かい合うことなんて今までほとんどなかったから気付かなかったが、先輩はすごく華奢で小さかった。
細い肩を揺らして泣き続けている先輩に俺はどうすれば良いか分からず、助けを求めるように謙也さんを見れば謙也さんも困ったように緩い笑みを浮かべるだけだった。
「卒業、おめでとうございます」
その言葉にようやく顔を上げた先輩の顔は涙に濡れていて、俺のおかずを奪って満足気に頬張る先輩とはまるで別人のようだった。
「うん、ありがと…」小さく呟いた先輩の声は周りの賑やかな声に掻き消されそうなほどだった。
結局この時も気の利いた言葉が見つからなかった俺は、「そういや、向こうの教室に小春たちもおるで」という謙也さんの一声に助けてもらった。
「じゃ、俺はこれで」そう言って先輩の元を離れて他の教室へ向かった後も、一瞬だけ目が合った先輩の涙に濡れた瞳が切り取った写真のようになって脳内に残り続けた。


迎えた4月は退屈で堪らなかった。
特に変わりなく、朝練があり、授業を受け、部活をして家に帰る。
3年間毎日同じ繰り返しをしているはずなのに、何故か急激に学校生活に色がなくなったような、無機質になったような気がした。
それはまるで1年の入学したての頃の感覚が蘇ったようだった。
4限終わりのチャイムが鳴っても、そのあとに俺を呼ぶ声は聞こえないし、放課後だってわざわざ教室まで来て大声を出す人はいない。どんなに冷たくあしらおうが引っ付いて歩いてくる足音も聞こえない。部活終わりに「財前、今日もお迎えやで」といって白石部長や謙也さんが冷やかしの視線を送ってくることもない。
何故か急に腹が立って、部室の扉を思いきり音を立てて閉めた。

先輩の存在が消えただけでこんなに学校が退屈になるのが許せなかった。
たった1年の間にそれくらい俺の生活に溶け込んでおきながら、「頑張るんやで」なんて言葉だけ残して卒業していった先輩。
勝手に俺の近くにやってきて付きまとっていたと思えば、散々泣いて、勝手に卒業していった。ことごとく自分勝手な先輩に腹が立つ。でも一番は、こうなるまで何も気付かずに、日々の生活にかまけていた自分に腹が立った。

学校を後にした俺の足は自然と先輩が進学したと謙也さんから聞いていた学校へ向かっていた。
もう時間も遅いからとっくに帰っていてもおかしくない。それでも今すぐに先輩のところに行って、顔を見たいと思った。もし今日会えないなら、明日も来ればいい。
ここで待っていればいずれ会えるに違いない。

違う。違う。
校門の外で先輩を待ちながら、まばらに出てくる人を一人一人チェックする。
外に立っていると自然と落ち着いてきたイラつきの代わりに、自分の行動の突飛さに呆れる。
こんなことして、俺は結局どうしたいんやろうか。先輩と会えたとして、一体何がしたいんや。

その時校門から出てきた2人の女子生徒の後ろ姿が目に入った。

おった。

時計を見れば18時を迎えようとしていた。遅すぎやろ。

「先輩」

後ろから呼びかけた俺の声に、2人が一斉にこちらを見る。
怪訝そうな表情を浮かべる人と、目を見開いてまるで信じられないとでもいうような表情を浮かべている人。
先輩が隣にいた人に何か言葉をかけてから「じゃあ、また明日」と手を振っている。
その響きが懐かしかった。いつも帰り際に「じゃあ、また明日」先輩がそう言ってホームで別れていたのは1か月も経たないほど最近のことだ。

「財前・・・?」
俺の近くにやってくる先輩は何も変わっていない。
「先輩、遅すぎっす」
「いや、遅すぎっていうか。財前こそ、こんなとこで何してんねん」
「先輩、全然迎えに来てくれないんで、俺が迎えに来たりました」
「は?」
若干眉をひそめて怪訝そうな顔をした直後に、先輩は声を出して笑いだした。
その笑い声もやっぱり変わっていなくて、その声を聞いた瞬間俺はひどく安心した。

「さては財前、先輩がいなくなっちゃって寂しくなってもうたんやな〜?」
満面の笑みを浮かべている先輩を見ていれば、先程まで頭を渦巻いていたことが阿呆くさく思える。
先輩と会ってどうしたいとかそんなもんはどうでもええ。この声を聞けて、この顔が見れればそれでええんや。
「先輩こそ。俺がいなくて寂しかったんちゃいます?」
「あほやな〜、そろそろお迎え行こうかと思ってたとこや」

ほら行きますよ、声をかければいつも通り俺の少し後ろを付いてきた先輩の腕を引いて隣を歩かせれば、急に引っ付いてきて腕を絡めてくる。
「財前」
久しぶりに先輩の声で呼ばれる名前。
「なんすか」
すぐ隣を歩いている先輩を見ればやはり満足気に笑っている。何度も一緒に帰ってその顔を見ていたのに、こうして並んで歩くのは初めてだった。
「遅れてごめんね」
「ほんまっすわ」
口では謝ってるくせに満面の笑みを浮かべている先輩が俺の腕に顔をうずめてくるから、先輩に掴まれていない方の手でその頭をくしゃくしゃにしてやった。






▽甘酸っぱい青春。財前全然素直じゃなさ過ぎて可愛いし、先輩の方が実はむっちゃ大人だったりしていいカップルになりそうな二人。可愛いなー。これ以降は先輩がちゃんと財前のお出迎えに行ってくれるよ。



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