短編 | ナノ



1つ目_


最初のピアスは中学1年の夏、君の真似をした。
左右に一つずつ。
「悪くないと思うで」
真新しいシルバーを見て呟いた君。

「ねえねえ、財前くん。ピアス、痛かった?」
クラスメイトの財前くんに勇気を出して話しかけてみた。
はじめてその左右の輝きを見つけた時から気になっていたから。
「ん?これか?」
そっと左耳に触れる指が綺麗だ。
「うん。開けた時ってどんな感じ?」
「どんなって言われてもな…。一瞬やったで。」
「痛くなかった?」
「まあ、多少は。」
開ける時よりも、開けた後の方が痛むで、と言ってきた彼に、そっかー…と返す。
元よりあまりよく話す仲でもなかったから会話はすぐに途切れてしまう。
微妙な沈黙が私たちの間を流れる。
「…ピアス、開けたいん?」
最初に口を開いたのは財前くんの方だった。
「…うん、まあ。」
自分から話しかけたくせに、全然上手く会話を運べなくて嫌になってしまう。
「ええんちゃう?」
「うん…今週末挑戦してみる。」
じゃ、ありがと、って立ち去れば良いのに、何故か勝手に借りた財前くんの隣の席を占領し続けてしまう。
「…」
「…」
完全に席を立つタイミングを逃してしまって、気まずい。
どうしようか頭の中でぐるぐる思考を巡らせていたら昼休みの終わりを告げるチャイムが丁度良くなってくれたので、すっと席を立って財前くんにお礼を言う。
「突然ごめんね、ありがと!」

自分の席に戻ろうとしたときに名前を呼んで呼び止められた。
…財前くん、私の名前知ってたんだ。他人のこととかあんまり興味なさそうだし、少し意外。
「俺がやったろか?」
「え?」
財前くんの言葉の意味がいまいち掴み切れなかった。
「…週末、やるんやろ?」
「うん、そのつもり。まあ怖くなって出来ひんかもしれないけど。」
「せやから、俺がやったろか?」
「いや、あの…?財前くんが…?」
やるの?
気まずそうに視線をそらしている財前くんの耳が少し赤い気がする。
「一人やったら出来ひんかもしれんのやろ?」
「まあ、それは…でも、ほんまにええの?」
「嫌なんやった別にええけど」
「いや、!ぜひ!おねがいします!」


昼休みの時間に一緒にネットでピアッシングに必要なニードルを探した。
「薬局とかにあるピアッサーじゃあかんの?」
「別にええと思うけど、俺がピアッサー使ったことないから今回はニードルな」
「ううん…なんか如何にも針って感じでちょっと怖い…」
今までほとんど話したことなかった財前くんと、1台のスマホを一緒に覗き込みながら話している。財前くんの席の隣に椅子を並べて座れば自然と近くなる距離に変な感じがする。昨日まで全然話したこともない人だったのに、こんな至近距離で自然に話しているなんて。
私の不安なんてお構いなしに財前くんの指がニードルをカートへ追加していく。
「ファーストピアス、どんなんがええ?色々飾りついてるやつは引っかかるからなしな」
そう言いながら財前くんがピアスショップのページを開いて色々と画像を見せてくれる。
「シンプルめで主張が強くないやつがええなー」
「色とかは?」
「シルバーがいい」
「石付いてるやつと、なんも付いてへんやつどっちいい?」
「小さめに付いてるやつだったら良いかも。でもあんまりギラギラするんは嫌。」
「…じゃあ、こんなんええんちゃう?」
見せてくれた画像はお花の真ん中にエメラルドグリーンの石が埋め込まれているシルバーの小さなピアスだった。
「…え。かわいい。」
「じゃ、これな」
財前くんは迷うことなくそのピアスをカートに追加していく。
「財前くんって意外とセンスあるんだね」
「意外とってなんやねん」
「ごめんウソ。めっちゃセンスええと思う」
クスクス笑っていたら隣に座る財前くんがこちらを睨みながら軽く肘でどついてくる。まさか財前くんとこんな冗談めいたやり取りができるようになるとは思ってなかったから、この状況が楽しくて仕方ない。
「明日の夕方までには届くらしいけど、明後日やるか?」
「…お願いします」


「なんか悪いことしてるみたい」
放課後の誰もいない教室で椅子に座る私と、その真横に立つ財前くん。
「まあ、こんくらい問題ないやろ」
財前くんがそっと私の髪に触れて、それを耳にかけた。
突然空気に曝された耳に、ついにやるのか、と緊張感が走る。
財前くんが私の耳たぶに触れながら、ペンで開ける箇所をマークしている。
他人に触られ慣れていないそこを間近で直視されているという状況が私の中の緊張をさらに高めていく。
軽く印をつけた後に鏡を渡して「ここら辺でええか?」嫌やったら変えるから、と聞いてきてくれた。鏡には財前くんの指に挟まれている私の耳たぶが写っている。
「うん、財前くんのセンス信じてるから大丈夫。」
「この前はバカにしとったやろ」
「してへんよ」

冗談めいたやり取りに緊張感が和らいで笑っているうちも、財前くんは手際よく私の耳たぶを消毒して、ニードルに軟膏を塗っていた。
「じっとしといて」
隣に立つ財前くんをちらっと見ようとすれば片手の平で顔を正面に向けられてしまった。
改めて財前くんの指先が私の耳に触れる時には再び緊張が全身を駆け巡り、自然と身体が固くなってしまう。1mmでも動いてはいけないような気がして、まるで身体を石のようにして正面を見据えた。
「緊張しすぎ」
ふっと息を吐き出すように笑った財前くんの表情が気になるけど、動いてはいけないという緊張の方が勝った。
「もう、あける…?」
財前くんが私の耳の後ろに消毒液に浸した消しゴムを充て、ニードルの先端を近づける。
「…やるで」
小声で囁くような調子になった彼の声に、教室内の空気も一気に張り詰めたような感覚に陥る。
「息吸って」
言われた通りすーーーっと空気を吸い込めば、耳たぶの辺りにサクっとニードルが通された感覚に続いて軽い痛みが走る。
顔を顰めた私を見た財前くんが「痛かったか?」と聞いてきたことによって穴が貫通したことを知った。
「…もう終わったん?」
相変わらず正面の黒板を直視しながら聞けば、
「ニードルは全部通ったで。あとはピアスに付け替えたらおしまいや」
言いながら、ニードルを少しずつ後ろにずらして抜こうとしているらしい。意外にもピアッシングとは痛みを伴わないものだということを私はこの時に知った。

針の先端を受け止めた消しゴムが取り払われ、私の耳元で財前くんの両手の指先が何やらカチャカチャ苦戦している。
そっと私の耳元から離れた財前くんの手が、先程の鏡を私に渡してくる。
それを受け取って自分の耳を確認してみれば、そこには血が廻って赤くなっている耳とその先端に小さなシルバーが輝いていた。
もう片方も同じような手順で開けられたが、もう先程のような緊張はなく、それよりも新しい傷への愛おしさと高揚感の方が勝っていた。


帰り道、一緒に駅までの道のりを歩いている時にふと彼がが呟いた。
「俺も開けよっかな」
「ええ?財前くんはもう開いてるやん」
隣を歩く彼を見上げると目に入るシルバー。形こそ違えど、私の耳にも同じような輝きがあるのだと思うとむず痒さが込み上げてきた。
「別に増やしたってええやろ」
なんか人の見てたら俺もやりたくなった、そういう君はなぜか少し可愛く思えた。
「何個にするん?」
「まだ考えてへん」
「じゃあ5個は?」
「多すぎやろ」
ふと思いついた数字を言ってみたら、顔を顰めた彼に「センスないのはどっちやねん」と言われてしまった。
「左に3個と右に2個、かっこよくない?」
5という数字は思いつきだったけれど、想像してみれば何となく悪くない気がしてきて、むしろぴったりなように思えてしまった。
「なんかお前、そのうち俺より開いてそうやな」
呆れ気味に言ってきた君の言葉が何年経っても鮮明に蘇る。
「えぇ?私はそんなに開けないよ?財前くんに開けてもらったコレだけで充分」
まだジンジン痛みが残る耳たぶに触れながら、満足そうにそう言ったあの時の私は可愛かった。




▽シリーズにしようとしていた財前とピアス。続くかは不明。
お話の中で私がイメージしていたピアス

続きました。>>7つ目(2021/4/3追記)



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