短編 | ナノ




3月20日(晴)欠席者なし_


「忍足くん、腕時計変えた?」
席替えをしてから初めての日直、席が前後になった私たちは放課後一緒に日直の仕事をこなす。
いつもだったら早く帰りたくて、嫌で仕方がない日直の仕事も、忍足くんと一緒なら心躍る。

忍足くんが黒板を消してくれている間、私は自分の席に座って日誌の記入を進める。
4限の社会の授業内容を彼に確認しようと思って、ふと顔を上げれば黒板消しを掴む彼の左手に見慣れない黒を見つけた。

「お!目敏いな、自分!」
黒板消しを掴んだままこちらを振り返った忍足くんが満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。
「なんか前と違うなーって」
「前よりゴツイし色も黒いからなんかめっちゃ”腕時計してます!”って感じあんねんな」
左手首を軽く上に突き上げて振って見せる。
「でも、それ、かっこいいね」
「せやろー?お気に入りやねん」
文字も大きくて見やすいしな!
自分の左手首を見ながら嬉しそうに話す彼の声はいつもよりも弾んでいる。
「うん、忍足くんに似合ってる」
「ありがとう」
ちょっと照れながら言うのが可愛らしくて、もっと色んな表情を見てみたいと思った。
同じクラスになってまる一年近く、ずっと彼ばっかり視線で追いかけていた。

朝から元気で彼が教室に入ってくると空気がパッと明るくなる。
英語の授業で積極的に発言してクラスを笑わせている姿も、体育の授業で活躍している姿も、昼食後の授業で少し眠たそうにしているのも。

国語のグループ学習であまり話したことない人たちと組んだ時は、忍足くんが気を遣って私にも色んな質問をしてくれてそのグループに馴染めるようにしてくれた。
数学の授業で当てられた問題が分からなかった時はこっそりノートを貸してくれた。
実技の授業では私のお裁縫が上手だって忍足くんが褒めてくれたお陰で、ほかのクラスメイトと話すきっかけになった。
あまり体調が良くなかった日には「先生に言っておくから保健室で休んできた方がええで」って。
忍足くんはいつも私を助けてくれたから、私がそんな忍足くんのことを好きになるのは必然だ。

今だって本当は早く日誌を書き終えて職員室に行くべきなのに、少しでも長く一緒にいたくて、あわよくば日誌を書くのを手伝って欲しくて、わざと授業内容や欠席者を空欄にしている。
黒板が綺麗になった後で忍足くんに教えてもらおうと思って。

「これな、彼女からの誕生日プレゼントやねん」

再び黒板に向かった彼には私の表情は見えていなかったはずだ。
空欄のままの【本日の欠席者】の欄を見つめる私の顔は到底彼には見せられない。
声だけは平然を装って、どうかこっちを振り向かないように、と願う。
「そうなんだ。素敵な彼女さんだね」

空欄にしたままだった授業内容を無心で書き込んでいく。

[1限]数学:三平方の定理
[2限]英語:世界遺産についてのプレゼンテーション
[3限]体育:女子バレーボール、男子フットサル

「せやねん、俺には勿体ないくらいや」
「俺、女の子からプレゼント貰うたの人生で初めてやから、ほんま、この時計一生大事にしよって決めてんねん。」
忍足くんがそうやって嬉しそうに話すのは、きっとその子を思い出してるからなんだって気付いてしまった。
大事そうに腕時計を見つめていたのは、本当は時計なんかじゃなくて彼女の存在を思い出してたからなんだって。
そんなことに今更気が付いてしまって、時計のことなんか言わなきゃ良かったって一瞬だけ思ってしまった。
私が時計について聞かなかったところで、ソレが彼女からの誕生日プレゼントだという事実は何も変わりはしないのに。

「私だったら大事なモノって中々使えないなー。壊れちゃったら、って考えちゃわない?」

[4限]社会:為替相場、円高円安について
[5限]国語:高瀬舟(グループディスカッション)

「せっかくのプレゼントは使うてなんぼやろ!それに、壊れても大事にするんは変わりないやろ?」

私は大切な自分の気持ちすら伝えられない。
「ただのクラスメイト」
この細い糸のような友情が途切れちゃったらって思えば不安になるし、きっと私たちくらいの関係性なら再びその糸が繋がることはないって思ってたから。だから言えなかった。
壊れても大事にするけど、壊れてしまったらきっともう直すことができないから。

「へえ、なんか忍足くんらしいや」

[6限]理科:酸化と還元

「そーか?」

[放課後]忍足くんの新しい腕時計がカッコよかったです。

「うん、なんとなくね。」
そう言ってペンを置けば、丁度忍足くんも黒板を綺麗にし終えたようだった。

「お、書き終わったか?」
教壇を降りた彼がこちらへ近づいてきて全ての欄が埋められた日誌を覗き込んでくる。
「うっわ、むっちゃ字綺麗やな!」
「そうかな?普通だと思うけど…」
「なんやっけ、字は体を表す?やったけ?国語の先生が言ってたやつや。あれほんまやったんやな」
自分の椅子に後ろ向きに座って私の机に向かう彼がまじまじと日誌を見つめている。
「綺麗で、読みやすくて、かっこええ字や。でもちゃーんと女子が書いたって感じ」

あれ以上君の話を聞きたくなくて私が無心で書き連ねた文字を見ながら、そんなこと言うなんて。

「褒めすぎだよ」

忍足くんの一言一言を一々深読みしてしまってドキドキしている自分が滑稽になってくる。
彼はただ思ったままのことを口に出してるだけなのに。

「見てると惚れ惚れしてまうわ」

そのまま私に惚れてくれたらいいのに、なんて思ってるの。
忍足くんはきっと知らないよね。





▽忍足謙也の無邪気な善意に打ちのめされる。



[ 45/68 ]

[old] [new]
[list]

site top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -