短編 | ナノ



解熱鎮痛剤_


「ほら、これで体温測って」
謙也に身体を起こされてベッドの淵に腰かけると、体温計を渡されたので、とりあえずそれをそのまま脇へ挟む。
謙也がベッド脇から離れて寝室から出ていく足音が聞こえるがボーっとする頭では何も考えられず、なんとなく体温計を挟んだ左脇を右手で抑えるような格好を取ったまま、重力の導くままポスッと倒れこむようにベッドに身体を預けた。

「こらこら、もう少し我慢や」
パタパタと足音を立てて寝室に戻ってきた謙也の気配を感じるが、起き上がる気にもならずそのまま横になっていたらベッドに腰かけた謙也に肩を叩かれる。
「んーーー」
近くに感じる謙也の温もりが恋しくなって、謙也の腰に腕を回しておでこを背中にぐりぐり擦り付ければ「あー、もう!!」という声が上から降ってくる。
丁度体温の計測が終わった機械音にハッとしてこちらを向きながら、何度やった?と聞いてくる声にゆるゆると体温計を差し出す。
「みて」
「うっわ、39度もあるやん…!!あかんあかん!むっちゃ身体しんどいやろ?」
かわいそうに…つらいな…って肩をぽんぽん叩いてくれるのが心地よくてそのまま眠ってしまいそうになる。
「んー。」
「すまんけどもう一回だけ起きて?薬飲もな?その後は好きなだけ寝といてええから。な?」
小さい子どもに言い聞かせるように説得されて、重たい身体を何とか起こそうとすれば謙也が背中に腕を回して支えてくれる。そのまま謙也の肩にもたれかかって体重を預けていたら、何やらゴソゴソ動いた謙也が私の右手にスプーンと左手には小さいゼリーのカップを握らせてくる。
「無理せんと良いから、1口でも食べれるか?」
ふと手元を見下ろせば私の一番好きなみかん味のゼリーが見える。
謙也はいつも優しいけど、いつも以上に優しくて思いっきり甘やかやしてくれる謙也が凄く愛おしく感じた。
このゼリーだってわざわざ私のお気に入りを買って来てくれたんだろうし。
そう思ったら急に堪らなくなって謙也の肩に顔を埋めるようにしてうーうー唸ってみせれば「はいはい、分かったからちょっと食べよな!」と言って引き剥がされてしまう。
「けんや?」
「ん?どないしたん?」
「…ありがと」
謙也がビニール蓋を開けてくれたゼリーを掬いながらボソッと漏らせば、彼は「気にすんなって」と言って頭を撫でてくれる。
冷たくて滑らかなゼリーはすんなりと喉を通っていく。
「おいしかった」
すっきりとした味とつるんとした触感が気持ちよくてあっという間に食べきってしまった。
「よかったわ」
ニカッと笑った謙也が空になったゼリーのカップを受け取って、水の入ったグラスと小さな錠剤2つと交換してくれた。
「ほな、これ飲んで。したらもう横になってええよ」
「ん。」
私が受け取った錠剤を口に含んで水で流し込むのを見届けてから、グラスをベッドの隣にあるテーブルに置いた謙也はそのまま私の身体を横たえて布団をかけなおしてくれる。
頭部に違和感を覚えて手で確認してみれば枕の上にタオルに包まれた氷枕がセットされていた。いつの間に置いたんだろう。気持ちいいな。
タオル越しに伝わるひんやりとした感触と、顔にかかった前髪をよけて頭を撫でてくれる謙也の手に眠気が誘われる。
汗ばんでるから触られるのは嫌だけど、でもその手が気持ちいいから離れてほしくなくて嫌だとも言えない。
「ゆっくり休んで、はよ良くなってな」
遠のく意識の中、謙也がそう呟いて額にキスを落としてくれたような気がした。


ふと意識が浮上して寝室を見回せば、床に座りながらベッドに上半身を預けて寝てしまっている謙也が目に入る。
起きたらきっと腰が痛くなってそうな体勢に笑みがこぼれる。
どれくらい寝たかは分からないけれど、窓の外を見る限りでは夕方に近づいていることが分かる。
見違えるほど身体が楽になって、頭もすっきりしている。それもこれも全部この男のお陰なんだろうな。
ふと自分の服を見れば寝る前に着ていた寝間着と違うものを身に着けていることに気が付いた。全然覚えていないけどこれも謙也が替えてくれたんだろうか。氷枕もまだ冷たいままだから、交換してくれてたんだろう。至れり尽くせりだ。
寝ている謙也を起こさないようにキッチンへ向かうと、スーパーの買い物袋と食材が色々置かれているのが目に入る。
「買い出しまで行ってくれたんだ…」

冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを飲んでいた時に、ふと気になってバスルームの方を覗いてみると私がさっきまで着ていた寝間着や数枚のタオルが洗濯機の中に入れられている。
だいぶ調子も良いしきっとあとでシーツも洗う羽目になるだろうから今のうちに1回洗濯しておこうと思って洗濯機のスイッチを入れて容量を設定していたら謙也がバタバタと駆けて来て手に持っていた洗剤を取り上げられてしまった。

「あーあーあー、あかんて、何してんねん、ほらほらベッドに戻って」
「えー、かなり寝たし、だいぶ調子いいし、もう眠くないし、洗濯物増えちゃったんだもん」
「だもん、ちゃうわ。また熱上がったらどうすんねん。いいから大人しくしといて」
謙也に後ろから肩をぐいぐい押されて寝室の方に戻されてしまう。
「なに、謙也に大人しくしろなんて言われちゃうの、私?」
やばいじゃん、なんて言いながら思いっきり笑ってたら後ろから頭を軽く小突かれてしまった。
でも大人しいの真逆を行くような人間にそんなこと言われてしまうんだから吹き出してしまうのも仕方ない。

ベッドにポスッと腰かけて、目の前に立つ謙也を見上げれば気まずそうに目を逸らされてしまう。
そのあと謙也が床に膝をついて、ベッドに座る私の両手をとって見上げてくるような態勢をとる。
「洗濯は俺がやっといたるから、今日は動いたらあかんで」
ええか?両手をぐっと握って言い聞かせてくるから、まるで私が駄々をこねて諭されているような感覚に陥る。
別に悪いことしてたわけじゃないのに、なぜか悪事を見つけられた子供のような気分になってしまう。

「でも、だいぶ調子よくなったのはほんまみたいやな!」
大人しくしとくんやで!と言い残して再び寝室を出て行ってしまった謙也を見届ける。
何もするなと言われてしまった以上出来ることもなくとりあえずベッドに横になってみる。
手持ち無沙汰だなーなんて思いながら布団の中に潜ってしまえば意外にも再び眠気に襲われてそのまま意識を持っていかれれてしまった。

「目ぇ覚めた?調子は?」
「もーばっちり。意外と寝れるもんだね、人って」
あれから更に1時間半ほど寝て目覚めれば、相変わらず謙也は傍に居てくれている。
「あほ。それだけ身体が疲れてるっちゅーことや。あんだけ熱出してたんだからかなりエネルギー消耗してたと思うで」
ドスッとベッドに腰かけてきて昼よりも遠慮がない感じになっている謙也に少し残念な気持ちもありつつ、やっぱりいつもの謙也の方が謙也らしくて安心する。
「食べられそか?」
「ごはんあるの?」
「味は保証できひんけど、お粥作ったで」
「めっちゃおなか減って死にそう」
「さっきのが死にそうに見えたけどな」
「違う違う、さっき一回死んで生き返ったから今瀕死状態からのリスタートなの」
なんやそれ、謙也が笑いながらガシガシ私の頭を撫で回してくる。
「でも蘇生してくれたの謙也でしょ」
相変わらず続く私の間抜けな例えにも「蘇生キット結構高いんやで」なんて言って付き合ってくれる。
「でもま、大事な彼女に死なれたら困るやろ」
「困るの?」
「え、困らへんの?」
「無理に決まってんじゃん」
笑いながら上体を起こして謙也に横から思い切り抱き着いたら、しっかりと抱き返してくれる。
「ねえ、謙也」
「ん?」
「大好き」







▽当社比激甘SS
謙也さんしっかり風邪うつされて後日彼女に看病してもらうよ。
子供のころ風邪ひいた時とかおうちの人に看病してもらってて色々知ってるから案外手際よくしてくれるの、普段のイメージからはちょっと違っていいですよね。お医者の子だもんね謙也くん。
ガサツそうで丁寧だったり、不器用そうで器用だったり。
弟君の面倒を見てたこともあるので結構面倒見のいい謙也。いつもと違う側面がちらっと見えてもっと好きになっちゃう。



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