青春譜 | ナノ



四話

「そろそろ行こう。家まで送る」

「え、別にいいよ」

「送れと言ったのはお前の方だろう」

「それはさー言葉のあやっていうかさー?ねえ?あるじゃん、そういうの」

「俺にはさっぱりだ。それにもしお前に何かあったら、その時は俺が迷惑する」

「なにそれー、もっと言い方あんでしょー?」

「そうか?気が遣えなくてすまないな」

「もう!ま、いいや。行こ」

不愛想なようで手塚の優しさが伝わってくるこういうやりとりが私は堪らなく楽しくて大好きだった。
ベンチから立ち上がった手塚はやっぱり右肩にラケットバックをかける。
手塚の左側に寄って、私は自分の左肩にスクールバッグをかけた。
そうするのが自然だと感じるから私もいつもそうしていた。

「家はどっちだ」

「こっち」

交差点で逆の方を行きそうになる手塚を止めるために、軽く腕を掴んで引っ張ったら、思った以上に簡単に引き寄せられた手塚に驚きながら、うちへの道のりを口頭で説明する。

「そんな一気に言われても分かるわけないだろう」

「あれ、記憶力良いんじゃなかったの?」

「お前は本当に…」

いいから早く自分の家に向かって歩け、そう言いながら突然私の手を取った手塚の意図が分からなかった。でもそれを正直に聞くほどの勇気も私には備わってなくて。

「なにこれ、繋がれた犬の気分」

照れ隠しも少しあったかもしれない。
というより、その発言の9割9分は照れ隠しだ。
私にとって精一杯の強がり。

「犬はちゃんと自分で自分の家まで帰れるだろう?」

「ねえちょっと!私だって帰れるし」

でもその手を離したいとも思わなかったし、出来ればそのままずっと繋いでおいてくれたら良いのにとすら思った。
そんな私の想いが伝わればいいと願って力をいっぱい込めて手塚の手を握り返したら、また鼻で笑われてしまった。

「うち、この角曲がったとこ」

手塚と過ごすようになって知ったことはたくさんあるけれど。
その中の一つに「長く続けばいいと願う時間は、あっという間に過ぎて行ってしまう」ということがある。

「そうか」

「もうここでいいよ?」

「いや、お前がちゃんと家に入るまで見る」

「私、信用されてない?」

「そういうことじゃない」

繋がれた手はそのままの状態で私たちは角を曲がって、私の家のあるブロックに差し掛かった。
なんだか家の近くをこのままの状態で歩くのはとても落ち着かなかった。
何もやましいことはないけど、見られたらどうしようという気持ちがないわけでもない。

「出来の悪い飼い犬で悪うございましたー、ご迷惑お掛けします」

「俺はお前を飼育しているつもりなんてない」

「はあ。あ、うち。これ」

目の前に現れた自宅を指して立ち止まると、当たり前だが手塚も一緒に停止した。

「そうか」

「そうです。わざわざ送ってくれてありがとうね」

「いや、構わない」

じゃあ、そう言って手を離したのは自分だけれども、名残惜しくてほんの少しだけ手塚の前に立ち止まってしまった。

「手塚も、気を付けて帰ってね」

「ああ、」

また明日ね、そう言って家の門をくぐろうとした時、

「待て」

と呼び止められてしまって。

それまで、公園を出てから私たち二人の間に漂っていたどことなく物々しい雰囲気が怖くて。
いつもと少し違う手塚が何を考えているのか、その声音からも全く読めなくて。

不安だったんだと思う。

そして幼い私は、その不安をどう対処するのか分からなくて。

「ワン」

犬の鳴きマネをして、飼い主のマテとヨシを待つ飼い犬の様に振る舞うことで、いつも以上に真剣な表情をしている手塚の顔を崩してやりたかった。

逃げたんだ、私は。
覚悟をぶつけようとする手塚から。

犬のマネをした私に手塚は堪らず吹き出して、頭を抱えていた。

「呼び止めてすまなかった。また明日会おう。おやすみ」

そう言って家の中に入る私を見送ってくれた。

家の扉を閉めた後、私はあの時どうすればよかったのかしばらく一人で頭を悩ませていた。
最適解が分からなかった。

あれ以来、手塚があの顔をすることはなくなったし、手を繋いでくるようなこともなかった。
でも私たちは変わらず一緒にいたし、これまで通りの距離感でずっと過ごし続けた。

放課後は一緒に帰る。休みの日は時々一緒に出掛ける。会えない時間はそれぞれの家で通話を繋げながら勉強をする。
これまで通りの私たちのままずっと変わらず過ごし続け、そして最後があの早朝の電話だった。

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