青春譜 | ナノ



七話

「ねえママ。ママはパパと付き合う前に恋人っていたの?」

みんなでオードブルを摘まんで、ケーキを食べたり、カードゲームをして遊んだ後。
パパはお風呂に行ってしまって、リビングには私とママだけが残されている。

どうしてか分からないけど、私はママに直接聞いてみたくなった。
誕生日ということで、どこか気持ちが昂っていることもあるのかもしれない。
今日聞かないと私は一生ママの秘密について一人で抱え込むことになりそうで。
だから聞くなら今日しかないし、もし聞くならパパがいない隙に聞かなきゃ、そう思っていた。
そして今がそのチャンスだ。

「どうしたの急に?」

「人生の先輩の話は聞いておくべきかなーって思ってさ」

「なあに、それ?だったらパパに聞いてみたらいいんじゃない?喜んで話すと思うよ」

「パパの話はもう聞き飽きたくらい聞いたからいいの。それにパパは男で、ママは女でしょ」

パパは私が聞かなくたってすぐにママとの思い出話を語り始めるから、パパとママの話は私でもよく知っている。
その状態になったパパは手に負えないし、ママは恥ずかしいのかパパの話が本当なのか嘘なのか教えてくれない。でもきっと否定しない当たり、パパの言うことは本当なんだろうな。
パパはママの事本当に大好きなんだと思う。

「もしかして、好きな男の子でもできたの?」

全然違うけど、そういうことにしておいた方が話がスムーズかと思って、

「うーん、まあ…?だからパパにはそんなこと言えないでしょ?」

そう言って、内緒話をするように声をひそめた。

私のそんな様子を見たママがクスクスと肩を揺らしている。

「たしかに」

パパ泣いちゃうかもね?かわいそうなパパ、といって笑っているママはとても幸せそうだ。
ママもなんだかんだ言ってパパのことが大好きなんだ。
ママは手塚さんじゃなくて、パパを選んだんだ。

そのことだけで私にとっては充分かもしれない、心のどこかでそう思い始めていた自分と、それでもママが頑なに教えてくれないママの過去を知りたい好奇心がせめぎ合う。

パパと付き合う前にママに恋人がいたとかいないとか。
ママがあのテニス選手の同級生だったとかどうとか。
そういうことは今の私たち家族にとっては重要ではないのかも。

「まあ、恋人っていうか、全然そんな感じじゃなかったんだけど、一人だけ仲の良い子はいたかな」

「それって男の子?」

「うん、男の子だった。高校は別々になっちゃったからそれっきりだけどね」

それって手塚さんでしょ、喉まで出かかってその言葉は飲み込んだ。
懐かしむように遠くを見ながら話すママが幸せそうな、楽しそうな顔をしていたから。
振り返る思い出の邪魔をしちゃいけない気がして。

「パパはその人のこと知ってるの?」

「うーん…きっと知らないと思う。誰にも言ったことないからね」

「ママ、その人に今でも会いたいって思う?」

「思わないかな」

変わらず穏やかな調子だったけれど、即答したママの返事に迷いは感じられなかった。

「どうして?」

「だって今さら会ってもね?ただ、もしまた彼に会えるなら…うーん…なんていうか…」

言葉を口から出すかどうか迷った素振りをしているママ。

私は先を促すことはできず、ママの言葉の続きを待った。
仮にその続きが出てこなくても、もうそれでも別に構わない。
これ以上この話を深堀する必要はない、今の私はそう感じ始めている。
ママ、ごめんね。言わなくていいよ。もう、それ以上はいい。心の中でそう思いながら、私はママの次を待った。

「もしまたあの人に会えるなら、もっと早く会いたかった、かな」

「え」

「それこそ、パパと出会う前にね」

そう言って茶目っ気たっぷりに目を細めるママを見て、私はそれ以上何も言えなかった。

今でも会いたいと言われるよりも、二度と会いたくないと言われるよりもその言葉が一番リアルに感じて。

それがママの本音なんだってことが痛いほど伝わってきた。

もっと早く…か。

ママはパパを愛してるけど、きっとまだ手塚さんのことも好きなんだ。

ママは絶対に認めないだろうけど。

でもママの娘の私にはなんとなくだけれども、ママの気持ちがわかるような気がしてしまった。

もしママがパパと出会う前にドイツに行っていたら私はこの世に存在しなかったかもしれない。

だからママがドイツに行かなくて本当に良かった。

ごめんね、パパ。

どうしてか分からないけれど、私は急にパパに対して物凄く申し訳ない気持ちになった。

パパの知らないママの過去、知っちゃった。

「ママ。私、ママとパパが出会ってくれてよかった」

「ママも。パパに出会えてよかったと思う」

あ、これはパパには内緒ね、
そう言ってさっきと同じように目を細めて笑っているママを見て何故か泣きそうになった私は、ママの胸に抱き着いた。

「もうー、おっきな赤ちゃんみたい」

「誕生日なんだから、今日は特別」

「もう日付は変わってますよ?」

「起きてから寝るまでが誕生日なの」

「はいはい」

「ママだいすき」

「ママもだいすきよ。もう日付変わっちゃったけど…。改めて。お誕生日、おめでとう」





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