五話
手塚選手の勝利から数日たった今テレビのワイドショーはテニス一色だ。
普段はその存在も知らないというくらい無頓着なのに、こういう時に限って「日本人選手が〜」と騒ぎ立てるメディアに嫌気がさす。
でも結局自分だって手塚選手の話になるとこうしてテレビの前に噛り付いてしっかり内容を見てしまう視聴者の一人だ。
テレビではこれまでの手塚さんの来歴について紹介している。
ジュニア時代からドイツに渡ってテニスに打ち込んでいたらしい。
「ママー、ドイツってどこ」
「もうー、夏休みだからってダラダラしてばっかいないで少しくらい勉強したら?」
テレビから少し離れたダイニングテーブルで雑誌を読んでいるママに聞いたら、勉強しろと言われてしまった。
夏休みの宿題も少しずつだけど片付けているし、やらなきゃいけないことはちゃんとこなしているんだからママにとやかく言われる必要なんかないのに。
ママの発言に腹を立てながらスマホでドイツについて調べてみる。
ヨーロッパの真ん中あたりにあって、検索結果に表示される写真はどれもザ・ヨーロッパという感じの写真ばかり。
「いいなー。ママー私もドイツ行きたいーー」
私はすっかりスマホの画面に表示される街並みに釘付けになってしまった。
どこの街の写真かは分からないけれど、夏の写真も冬の写真もどっちも凄く綺麗でかっこよくて、私はすぐにその街並みに魅了された。
「…ドイツねえ…」
「ねえー、だめー?」
「だめですー。遠すぎるよ」
雑誌から顔も上げないまま、私のお願いを即座却下するママをみて、
「ママのケチー」
子供染みた捨て台詞紛いの言葉をママにぶつけた。
[青春学園中等部出身]
すっかりスマホに夢中になっている私の耳に、どこか聞き馴染みのある言葉が聞こえて反射的に顔を上げてテレビを見上げた。
「青春学園…」
どこで聞いたのか思い出せないけれど、どこかで聞いたことがある気がする。
有名な学校だったのかもしれない。
「ママー、青春学園ってどこだっけー?」
スマホで調べるより前にとりあえずママに何でも聞いてみるのは、もはや私のクセになっているのかもしれない。それに、大抵のことはママが教えてくれる。ママは何でも知ってる。
「…え?なに?」
ようやく雑誌から顔をあげて私の方を見てくれたママは心底驚いた顔をして、次にテレビ画面を見てからスッと表情を消した。
「東京だよ。スポーツで結構有名な学校」
「へえ。いいなー東京の学校」
「ここだって東京にすぐ行けるじゃない」
「でも神奈川と東京はやっぱ違うっていうかさ。そういうの、あるじゃん?」
「なにそれ、」
そう言って笑うママは再びテーブルの上の雑誌に視線を戻してしまった。
「ママって東京に昔住んでたんでしょ?」
「そうだよ」
「なんで神奈川に引っ越したの?」
「パパがこっちの人だったからだよ」
「パパを東京に連れてけば良かったのに。パパなら喜んでママについていくと思うけど」
「かもね。でもママがこっちに住みたかったの」
「ママってばイナカ思考なんだね」
「ふふふ、そうかも」
ニコニコと笑っているママを見ていると、なんだかよく分からないけれどママが住みたいと思ったところに住んで、好きな人と結婚して、家族と一緒に暮らしている今がとても幸せそうに見えて、私も心が満たされる気持ちになった。
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