青春譜 | ナノ



三話

「帰るぞ」

教室でぼーっとしてたら、突然声をかけられてカッコ悪いくらいにビクッと身体を揺らしてしまった。
それだけ予想外の出来事だったから。
なのにその人は私のその反応にも特に言及せずただ私の座る席の隣に立った。

「あ、なに?もう終わったの?めちゃ早いじゃん」

「ああ、今日は特別な議題もなかったからな」

「へえ。じゃあ帰ろ」

「ああ」

ろくに解きもしなかった参考書を閉じてそれをスクールバッグの中に詰め込む。
持って帰ったところで家でも開かないのは分かっているけれど、こういうのは持っているということが心の安寧に繋がるというものだ。
持っているだけでは何の意味も成さないのに、さながら重量級のお守りだ。

「手塚さ、お腹空かない?」

「俺は空いていない」

「まあ私がお腹減ったんだけどね」

「だろうな。だが今日はまっすぐ帰るぞ」

「なんで。ちょっとくらい別にいいじゃん」

「日も短くなってきたんだ。あまり遅くなると親御さんが心配する」

「心配するのは手塚の方でしょ。うちの親は何も言わないよ。そんなに心配なら手塚が帰り送ってよ」

「…30分だけだぞ」

「充分でございます」

仕方がなさそうに溜息をついてラケットバッグを肩にかけ直す手塚の後に続いて教室を後にした。
いつもは左肩にかけるバッグを、一緒に歩く時だけ右肩にかけることに何の意味があるのか私にはよく分からないけれど、私はその仕草が凄く好きだ。
なんだか私のためにその場所を開けてくれるような、そんな感じがして。ちょっとだけ特別な気持ちになる。

「どこがいい」

「いや、どこも。私コンビニ寄っておやつ買ってくるから公園行こ」

「また太るぞ」

「またってなに」

「この前自分で言ってなかったか?2キロ太ったんだろう」

「んー言ったかも。っていうかさ、とっとと忘れてよそんなこと」

「悪いな。記憶力はいい方だ」

「めんどくさいヤツだなーほんと」

私の小言を鼻で笑い飛ばしながら下駄箱から靴を取り出す手塚を見て、その横顔から目が離せなくなった。
棚の上の方に腕を伸ばしながら、少しだけ顎を上げている姿が美しかった。
私の腕とは全然違う。少しだけ筋肉質で、細くて、触ると硬そう。すっと伸びる首とぽっこり出ている喉仏が綺麗なシルエット作り上げている。私とは全然違う身体のつくりに見惚れてしまう。

「どうかしたか」

「んー?手塚って美人だよなーって思って」

バタンと勢いをつけて閉じた自分の靴箱。
少し大きな音が昇降口に響いた。

「突然どうした」

「前から何となく思ってたんだけどね。もう少し表情筋が発達してたら完璧なのに」

手塚の方は見ないまま、少し屈んで今しがた履いたばかりのローファーのかかとを直した。
顔は見なくても声でなんとなく、むすっとしているのが分かる。
手塚は顔よりも声に表情がでるタイプの人だ。

「うるさい」

ほら。いかにも不服ですっていう声。
手塚と一緒にいると飽きない。

いつまでもこんな時間が続けばいいと願った。


***
「これ、本日お付き合い頂いたお礼です」

公園のベンチに座って待っていた手塚に麦茶のボトルを差し出した。

「ありがとう」

「あー、もっと砂糖たっぷりのハイカロリー飲料にすればよかったかも」

「手遅れだな」

やはり手塚の顔を見ても彼はニコリともしていないけど、声は上機嫌に弾んでいる、気がする。
なんだかんだ言ってこうして私の気まぐれに付き合ってくれたりするんだから、手塚だってこの時間を楽しんでくれているはず。
手塚は自分の思っていることははっきり口にしないし、顔にも出さないから明確には分からないけれど、それでも態度とか雰囲気で何となく手塚の思っていることが分かるようになってきていた。
そして、そうなると手塚といるのが面白くて堪らなかった。
意外と感情の起伏が大きくて、単純。
手塚とちゃんと話す前まで抱いていた彼の印象は180度変わった。


麦茶のキャプを開けてそれを飲む手塚を盗み見る。
飲み込む度に上下に動く喉仏の動きが綺麗でじっと見つめてしまう。

「お前も飲むか?」

「私にはこれがあるので結構でーす」

麦茶を飲む手塚を凝視していたことを私が麦茶を欲しているのだと勘違いした彼がボトルを私の方に差し出してくれた。
そんな手塚に向かって、じゃーん!という効果音を自分で発しながら、コンビニの袋から先程購入したばかりの新作スイーツを取り出して見せた。

「ダブルクリームたい焼き、カスタード&ホイップ!新発売!」

「ほう?で、カロリーは」

「驚異の500超え」

「中々だな」

「…半分食べない?」

「俺はいい」

「なんで。食べなよ」

「お前が買ったんだろう。お前が食べればいい」

「良いから半分食べて。痛み分け、痛み分け」

「さてはお前、最初からそのつもりだったろう」

「さあ?」

手に持ったたい焼きを半分に割って、「はい、200キロカロリーになります」と言ってクリームが気持ち少なめの方を手塚に差し出す。

二人でベンチに並んで、こうして騒ぎながら中身もないような会話をすることが楽しくて仕方がない。
きっと後から思い出したらどんな会話があったのか思い出せないようなそんな他愛もない時間なのに、それが一番愛おしく心に刻まれるんだろう。
交わした言葉よりも、共有した時間が私にとっては何よりも意味がある。

少しずつ暗くなって、街灯が付き始めている周囲に気が付きながらも、このままずっと暗くならずにいてくれたら、もっとずっと一緒にいることができるのに、そう思わずにはいられなかった。


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