青春譜 | ナノ



一話

「ママー、みてー!日本の人ー!」

ザバザバ音を立てながら水で食器を洗い流している最中に、リビングから聞こえてきた娘の声。
洗い物の最中はどんなに大きな声で叫ばれてもあまり聞こえないっていつも言ってるのに、あの子は毎度毎度何か叫んでいる。

「えー?なにー?今聞こえないー」

「だーかーらー」

「えー?なんて言ったのー?」

「テーーニーースーー!!」

どたばたと足音を立てながら、わざわざキッチンまでやってきた娘はやや興奮気味。

「テニスだってば、ママ!」

「で?テニスがどうしたの?」

丁度最後の食器を流し終わったところ。プレートを軽くシンクの上で振って、余分な水を飛ばす。
沢山の食器が並べられた中で何とかお皿一枚分の隙間を見つけて、ラックに差し込む。
濡れた手をタオルで拭いながら、娘が立っている方に向き直って彼女の話を聞いてやる。

「日本人の男の人!勝ったんだって!」

「日本人の男の選手?そんな人いたっけ?」

「今まではずっとドイツの選手として出てたらしいよ。それに結構長い事休んでたらしいし?」

「なるほどねー、どれどれ」

出来合いのコーヒーと賞味期限が明日で切れる牛乳をたっぷりといれたカフェオレを2つ手に持って、娘と一緒にリビングのソファまで移動した。
夏休み真っただ中のお昼は室内でクーラーをつけていても、どうしても冷たいものが飲みたくなる。
グラスの中に入れた2,3の大きめの氷がカラカラと音を鳴らし、夏の昼を感じさせる。
きっと冷たい液体を体に取り込むことよりも、この氷の音を鳴らすことで、夏休みを演出することがきっとこのカフェオレの役割なんだろう。

ソファのど真ん中を占領する娘を体でギュウギュウと押しのけて、私たちはテレビの前に座って例の選手のインタビュー映像を見る。

テーブルに置いたグラスがタラタラと汗を垂れ流し、テーブルの上に丸い池を作りはじめた。
対する私の喉は急速に乾いて、喉が張り付いたような感覚になる。

「ねえ、ママ。この人、超かっこよくない?ちょっとパパに似てるし?」

「えー、似てるかなあ」

娘がパパに似てると言ったその人は、私からすればパパとは似ても似つかない人だった。
似ているわけがない。
その人と似てないからこそ、私はパパに恋をしたというのに。

「なんてゆーか、雰囲気?」

カランコロン音を立てながらカフェオレを飲む娘はテレビのインタビューに夢中だ。

「へえ?ママには分かんないな」

【日本人初の快挙】

画面の左上に出ているテロップの下に書かれていたその文字列を見るだけで、胸がチリチリと焼ける感じがする。

[手塚国光選手]


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