“王位継承祝賀舞踏会”と称された19時から24時までの、計5時間の舞踏会。 本来は、そんな程度の話ではなかった。 国中の女性に招待状を送り付け、王子様の花嫁選びと名付けられた舞踏会は三日三晩行われる予定だった。その計画を王と、その側近である父から聞いた時、どうしたら王子である精市の負担を減らし、尚且つ王と父親を納得させれるかと必死で考えたものだ。 小規模な舞踏会でさえ、終了後は疲労困憊している精市。王子様の花嫁選びだと公表したら、誰もが羨む王妃の地位獲得のため女のみならず、その家までもを躍起にさせる。そんな舞踏会が3日も続いたら……彼が倒れてしまうと本気で思った。 「来月辺りの開催を考えている。蓮二、精市に伝えておいてくれ」 「…ひとつ、お願いが御座います」 「こら、蓮二、」 「良い。お前の息子の願いだ。可笑しなものではないだろう。…蓮二、願いとは?」 「はい、花嫁選びということは伏せ、舞踏会の開催を一晩にして頂きたいのです」 王と側近の考えで纏まっていた計画に俺が水をさしたわけだから、願いを聞き届けて貰うにはかなり骨が折れた。 精市の精神的負担が、となんとか王を諭し、側近である父とは花嫁選びと掲げない替わりに招待客に制限をかけることで提携した。…そのことについて、不特定多数の女性を見るべきだと王は抗議をあげたが、元々ある程度の制限を設けておきたかったらしい父は数分で論破していた。さすがだ。 そして王の機嫌を損ねた代償は、今回の舞踏会で精市のパートナーを見付けられるよう努めることを、俺が約束させられた。 ―――だがその約束は、果たせる気がしなかった。 今日の舞踏会の舞台裏は進行が順調とは言えず。万一に備え贔屓にしている仕立屋の店主を控えさせる手筈になっていたのだが、その店主である柳生が大遅刻をするという前代未聞の事柄から始まる。平謝りする柳生とたるんどるを連呼する弦一郎の間に割って入り場を収め、用があり自室に戻れば新米兵士の赤也が駆け込んできて、「腕章無くした副部長に殺される!」と涙目で慌てふためくのでそれを宥め。その他細かい不備の対処に追われながら、この女性が最後の招待客だと書類にチェックを入れた矢先のこと。 「………」 彼女は、誰だ。 開始ギリギリの時間になって、ダンスホールへ足を踏み入れた水色のドレスを纏う少女は知らぬ顔。…どうしてこうも予想外の事が起こるのか。 とりあえず呼び止めようとしたが、逆に俺が呼び止められてしまった。相手は少女ではなく、使用人である丸井ブン太の声だったが。 「やーなーぎー」 「……悪いが後にし………いない…」 声の方へ気を取られ、一瞬の間に少女を見失ってしまった。仕方なく丸井の方を振り返ったが、こちらもいない。悪戯と取るにはタイミングが良すぎやしないか。 「わざとか…?」 だが何故、と怪訝に思った所で見知らぬ少女や丸井が戻ってくる訳でもなく。 次の手段として弦一郎を探すことにし、首を巡らせば再び声を掛けられた。 「誰かお探しですか」 「あぁ、弦一郎を見なかっ……仁王、何してる」 「ククッ、さすがじゃな参謀。よう解ったのう」 「そんな顔の兵士はいない」 俺へ声を掛けた兵士は腕章をしていたが、再び見知らぬ顔だった。知らぬ顔の兵士は、急遽忍び込んだ仁王雅治だと相場が決まっている。侵入者の可能性も無くはないが、兵士に化けるにはこの腕章が必須。だが入手が極めて困難なため、兵士にその可能性は低い。 因みにこの兵士…に化けた仁王がしている腕章は、城勤め3年以内を表すマーク付き腕章(言わば初心者マーク)なので、恐らく赤也の“無くした”というのは間違いで、“盗られた”が正しいだろう。 「何しに来たんだ?今日はあまり荒らされては困るぞ」 「酷いのぅ。…ただ一人、飛び入り参加させたから、柳に伝えておこうと思ったんじゃ。因みに丸井はもう知っとる」 「それでか…。一番最後に入った、水色のドレスの少女だろう?お前の知り合いなのか?」 「俺の妹じゃ」 「お前に妹はいないだろう」 「プリッ」 適当な嘘に、小さくため息を吐く。見知らぬ少女と赤也の腕章紛失というふたつの予想外はこの男が元凶らしい。 「…それを俺に伝えてどうするつもりだ?」 「予定外に門で真田と出くわした。とりあえずはかわしたが…牢行きになりでもしたら寝覚めが悪いきに。…ってことで、頼んだナリ」 つまり、弦一郎に不審者認識されているであろうあの少女が捕まらない様に話をつけておけ、と。自分から頼みに行くと自身も摘まみ出されるので俺によろしく、と。 また骨の折れることを言ってくるなとため息を吐けば、ダンスホールの中心へと視線を動かした仁王が、ぶつかったと小さく言葉を落とした。そちらを見れば王子と王女、ふたりにあたふたと頭を下げている先程の少女がいた。当然の如く、3人は注目の的だ。 「見ての通り多少おどおどしとるが…慣れとらんだけじゃ。怪しい背景はない」 「…理由がないと弦一郎にも説明しにくいのだが」 「その辺はお前さんがてきとーに」 「難しい事を言うな…」 幸村兄妹に何度か頭を下げた少女は突然走り出す。取り残された二人はダンスホールの中心で顔を見合わせたのち、何やら言葉を交わし、精市はバルコニーの方―――少女が向かった方へと視線を移す。 嫌な予感がした。 遠目からでは視認が出来ないが、精市の瞳は好奇心に揺れていることだろうと予想がつく。そして―――、 「まるで兎を追うアリスじゃな」 俺が頭を抱えたのは、仁王の笑みを含んだ言葉と同時だった。 精市は“変化”に弱い。通例通りではないことが起こると、それに興味を惹かれ易い。ようするに、退屈なのだ。それでも本能的行動は迷惑が掛かると解っているから理性的な対応を取ることが殆ど。 だが時折、俺の予測を外れて斜め上にかっ飛ぶのが精市。舞踏会開始から小1時間でダンスの輪から離脱していった。 やはり、王との約束は果たせそうにない。 「そう項垂れなさんな」 「早く戻ってこれば良いが…」 「今夜は大目に見てやりんしゃい。…幸村も、柳生も」 なるほど、合点がいった。 赤也の腕章紛失、精市の好奇心を煽る原因だけでなく、柳生の前代未聞の大遅刻も、お前のせいか。 俺が文句を言うより先に、仁王はくるりと踵を返した。何度目か知れぬため息を吐いてから銀色の尻尾が垂れるその背中に、「腕章戻していくのを忘れるなよ」と投げ掛けてやる。 それに対して返事はなく、振り返った仁王はにやりと口角を上げた。顔は別人のはずなのに、その笑みは仁王そのもの。その表情とは裏腹に、彼らしさを取っ払った声と口調で、言葉を放った。 「お探しの真田様なら、幸村王子を追って行かれましたよ」 では、自分は仕事に戻ります。兵士らしく、恭しく頭を下げた仁王はダンスホールから出ていった。 少女が牢行きにならない様にと言っておきながら、精市を追った弦一郎を黙殺するとはどういうことだ。というか何がしたいんだ。何を考えているんだ、などとあの仁王の思考回路に疑問を訴えても無意味だと、とうに知っている。理由としては、その方が面白いから、だろうが。 簡単な話、少女が捕まらないという結末が守られればいいのだ。その結末に辿り着くまでの過程は、仁王にとってはどんなでもいい。寧ろ、安全性の高いものより、リスキーな過程をあいつは好む。…なんだか、経緯も何も知らないのにあの少女が哀れに思えてきた。 「柳先輩ー!副部長から伝言ッス!」 そうだ、赤也に弦一郎を呼んで来てもらおう。あの気紛れ銀髪に巻き込まれただけだとしたら牢行きは可哀想な気がするから、少女の旨を伝えて捕らわれないよう図ろう。 そう考えが纏まったところで、タイミングよくやって来たものだ。 先に赤也の伝言とやらを聞いてみれば、仁王先輩が侵入してるッス!と何故か敬礼した。 「だから、問題を起こす前に対処してくれって」 「…もう遅いのだがな」 「えっ?」 「仁王なら先程会ったよ」 「マジッスか…」 「赤也、手が空いたら弦一郎を呼んで来てくれるか?」 さて、赤也が弦一郎を連れてくるのが先か、それとも王子の離脱に気付いた王が理由を求めてくるのが先か。……後者が先の確率92%、だな。 了解ッス!ともう一度敬礼した新米兵士は、ぱたぱたと走り去っていった。かと思ったら、数分後にまた戻って来て。 「柳先輩、王様が呼んでるッス!」 嗚呼、やはり。 わかったと赤也に返事を返せば、再びぱたぱたと走り去っていった。 ダンスの邪魔になってもいけないので今流れているワルツが終わってから玉座へと向かうことにしよう。この円舞曲は王が書かせた曲、そしてお気に入りでもあるから、機嫌がいいことを願って。 仁王が連れてきた少女だ、危害はないだろうし、何かしらの意図もあるはず、だ。だが城側に、少女を黙認する言い分としてそれは通用しない。父には考えが甘いと諌められ、王は青いなと笑うだろう。そう予想をつけながら、何か他の言い訳を脳内で組み立てるのだ。 王のみならず、王子もお気に入りのこの円舞曲は、あと一音で終わりを告げる。 側近の苦悩 予定外の銀色が、全ての予想を切り崩していく。 今日の舞踏会は、どうしてこうも。 The present time, 20:29 (back) |