The present time, 20:20



私が馬車でお城に着いたのは、城門が閉まるギリギリだったの。ちょうど施錠作業をしていた癖っ毛の男の子が、私に気付いて声を掛けてくれたのだけど…。



「あれっ?招待客の人ッスか?」

「え、っと…」

「―――赤也!何をしているんだ」

「あ、副部長!まだ門閉めたらダメッス。この人招待客!」

「何?招待客は全て揃ったと蓮二から聞いたが…。招待状を拝見してもいいだろうか」

「えっ?!…あ、いえ、その…」

「………」

「もーそんな凄んだら出しにくいじゃないっスか」



癖っ毛の子が副部長と呼んでいた、兵士の服に黒帽子という少々妙な彼に怯んだのも確かだったけど…実際は必要なものを所持していなかったから、どうしようかと困っていた時。
ふらりともう一人、彼等と同じ服装の人が出てきて、



「その方なら一度入城しているから、招待状は俺が預かっている。だから俺が、」



ご案内するぜよお嬢さん。
もう一人の兵士さんは、何故か私にだけ聞こえる様にそう言って。施錠作業をしていた二人に会釈をするその彼に連れられ城門を潜ったわ。



「…行っちゃいましたね。つか副部長、あんな顔の衛兵いましたっけ?俺まだ覚えてねぇんだよなー」

「…!しまった、仁王だったか…。赤也、後で蓮二に、また仁王が入り込んでいると伝言してくれ」

「え!?いまの人!?はぁ…また遊びに来てんスか?邪魔してくるんだよなぁ…あ、伝言了解ッス」

「あぁ。早く柳生に引き取りに来てもらわんとな」



私にはよくわからなかったけれど、門を潜ってからそんな会話が聞こえたわ。それ以上は城内に入ってしまったから聞こえなかったけれど。


「―――城外から城内への流れっていっても、こんなものよ」


ダンスホールへと視線を投げ掛けながら、そこまで一気に説明した彼女は「大したことは何もないでしょう?」と最後に笑みをこちらに向け、俺の求めた回答に幕を降ろした。

確かに大したことはないが、それだけで充分に理解は出来た。彼女が入り込めたのはその衛兵―――に変装した仁王の手引きなのか。

少し前まで、仁王は城で働いていた者だが、今は王家が贔屓にしている紳士服店に住み込んでいると、この間その紳士服店のオーナーである柳生が服の採寸に来た時に言っていた。
城を去った今でも、仁王は衛兵や給仕、招待客などに化けてはこの城を訪れる。目的はただたんに悪戯で、最近は新米衛兵の赤也にちょっかいを出すのがマイブームという、城側からすると少々迷惑なのが仁王雅治という存在だ。蓮二や真田、特に給仕のジャッカルなんかは毎度頭を悩ませているが、俺としては何かしら事を起こしていくので、見てる分には面白いわけだけど。



「君はその案内してくれた衛兵と知り合いかい?」



彼女が入り込めた方法が解っても、1つ謎が残る。
確かに仁王は悪戯好きではあるが、それはあくまで単独であり、誰かと組んで城に来ることはまずない。なら侵入少女と仁王の関係性は、と思い投げ掛けた質問に彼女は言葉を詰まられた。



「…知ってるけど、知らない人」



暫く考え込んでから返された答えは矛盾めいていて。どういう意味?と首を傾げれば、彼女は自分のドレスに優しく触れながら口を開いた。



「数時間前にこのドレスをくれた人なのよ。その時が初対面で、案内してくれた時が二度目。…初対面の時と顔は違っていたけれど、言葉遣いで解ったわ」

「…待って。そのドレス、君のじゃないの?」

「えぇ。私、ドレスなんて持ってないもの。…だから、今日も舞踏会へ来る予定はなかったわ。いつも通り母達の帰りを家で待つはずだったのよ」



彼女の口振りからすると、舞踏会へ行く手段を仁王に求めた訳ではなさそうだ。仁王との関係は謎のままだが、恐らく近付いたのは仁王だろうから、きっとこれは仁王自身に聞かないとわからないのだろう。

言葉からすると、どこかの家のメイドなんだろうか。それならこの荒れた手にも説明が付く、が。母達ってことは身内だろうから…メイドという推測は間違いなのか。



「今日の舞踏会開催を知っていたのかい?」

「家に招待状が来ていたから、知っていたわ」

「家って…君のご家族宛て?」

「…まぁ、そうね。一応家族だわ。でも私には関係がないことだったから。舞踏会も、それに参加する母や姉達も私にとっては、」



どうでもいいことなのと吐き捨てた彼女の瞳に、少し影が射したような気がした。

一応ってどういう意味?
どうでもいいって、舞踏会だけでなく家族も?
母親や姉は参加するのに、君は舞踏会とは無関係?
ならなぜ君はここにいるの?

彼女に対する疑問はいくつか浮かんだけれど、これ以上の詮索は止めておこうと思った。
俺が知りたかった侵入方法は聞けたし、興味だけで踏み込み過ぎるのはよくない。第一に、踏み込まれることを彼女は許していないのだと、察することは容易だったから。
色々な言葉は飲み込んで、彼女の背景を探ることはせずに、そう、とだけ相槌を打った。

もっと問い詰められることを予想していたんだろう。強張った表情で、彼女がこちらを見つめていた。



「ふふ、何その顔」

「い、いえ。別に…」

「…もっと問い詰められると思った?」

「…えぇ。思ったわ」

「そんなに無神経に見えるかい?」



心外だなあ、とわざとらしく笑えば、彼女の顔から緊張の色が抜ける。彼女は小さく息を吐いてから、こちらに困ったような薄い笑みを見せた。



「…私を気遣ってくれるのね」



彼女の独り言のような呟きに、言葉を返すことはしなかった。…いや、正確には妙に複雑な響きを含むその台詞に、返す言葉が見当たらなかった、という方が正しいかもしれないが。


彼女との会話が途切れれば、うっすらとしか聴こえていなかった舞踏曲の存在感が一気に増す。人間の耳はある程度ならセルフでボリューム調整出来るんだからすごいよな、なんて事を頭の隅で考えながら、楽団へと視線を向けて流れてくる音色に耳を傾ける。
…あ、この曲、昔から好きなんだよなあ。舞踏会でしか聴けない、少し特別な円舞曲。確か、父さんが母さんと踊る為に書かせたっていう曲。我が父ながら意外とロマンチストだ。そんな経緯を含めこの曲を気に入っている辺り、俺もそう…なのかな。



「―――綺麗な、曲」



円舞曲と差し変わるように俺の耳へと届いたその言葉。はっと彼女を振り返れば、生演奏なんて贅沢、と瞼を降ろして満足気に呟いていた。
妙な感覚が、胸を満たす。親近感とは違う。それよりも、もう少し甘さを含んだような……なんて言ったらいいのか、わからない。なんだろうか。



「…どうかされたの?」

「あ…いや。何でもないよ」



ならいいけれど、と彼女が笑う。…もう話は終わっているのに、それは彼女だってわかっているはずなのに、音色に耳を澄ますだけで帰る素振りは見せない彼女に、思わず心中で笑い返してしまう。さっきまであんなに帰りたがっていたのに、可笑しな子だ。



「ねぇ、君。この曲名、わかるかい?」

「いいえ。知らないわ。…なんて曲なの?」

「これはね―――」



曲名を伝えれば、素敵な曲名ね、と口元を緩ませた彼女につられて、良い曲だよねと笑い返して、また次に紡ぐ言葉を思考する。

可笑しい、だなんて。人のことを言えた立場ではないな。ここにあまり長くいるのは彼女にとっても、俺にとっても得策ではないと知っているのに、帰ることを促さないなんて、どうかしている。
きっとこれは、お気に入りの曲に気分が浮わつかされたせいだ。





円舞曲に舞う
次は何を話題にあげようか、何を話題にあげたら喜ぶだろうかと思考しているなんて、本当にどうかしている。これを全て、曲のせいで片付けられるだろうか。



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