The present time, 20:01



先程から招待客にならわかる様な事を何度か遠回しに問うてみるものの、怪しい少女の返答は的を得ないし、核心的な部分ははぐらかされてしまうだけだった。と、言うことで、呼称を怪しい少女改め侵入少女とする。一応、害は無さそうなので捕らえる気はない…って勝手に判断したら蓮二辺りに怒られるかな。

―――いや、彼女が害のある存在ならば、蓮二は俺を責めるより自己責任だと思うかもしれない。入城する際の確認はもちろん厳重だが、万が一侵入者が入ったとするならば、それを見つけられるのは招待客の名前と顔、その人物の背景をデータに取って頭に入れていて、なおかつ広い視野を持つ蓮二くらいだから。

過去に侵入者の一例があるが、あれは少々悲惨だった。ご婦人方の宝石をスリに来た、ただの物取りが招待客に混ざっていたのだけど、蓮二に「あの行動がおかしい男、招待客の誰とも顔が一致しないな」と伝えられた真田がその男に声を掛け、抵抗を見せたのでその物取りは殴り飛ばされていたっけ。気絶したまま御用となった。あれは痛そうだったなぁ。……って違う、話が逸れた。
つまり何が言いたいかというと、招待客の名前と顔が一致する蓮二が、侵入少女を認識していても彼女について何も判断を下していない事が、まだ招待客ではないと断定出来ない理由だ。
でも招待状は絶対持ってなさそうだし、聞き慣れているはずのお上品を装ったような口調があまりにも不自然だし。挙げたらキリがない程、招待客というには穴が多いんだけど、な。


「ちょ…ちょっと!?」

「動かないで。静かにして」

「なななんなの…!?」



さて、侵入少女が面白いほど狼狽している理由は、俺が今取っているこの態勢にあるだろう。

俺の中では侵入少女なので、彼女が忍び込めた方法が気になるわけだ。ストレートに聞いてやろうと思ったんだけど、問い掛けて逃げられてはこの疑問が解消されないので、彼女が逃げにくいような態勢を選んだ。
彼女の正面へと移動し距離を詰めること一瞬。彼女の両サイドから欄干へと手を付けば、彼女は俺と欄干に挟まれる形となる。
目を白黒させたかと思えば頬を薄紅に染めた彼女は、俺の肩を小さく押し返しながら離れて、と目を合わさずに言った。


「………」

「き、聞いているの?離れて、欲しいのだけれど…っ」

「…そんな風に照れられるとこっちまでそれが移りそうだよ」

「て、照れてなんて…」

「顔赤いけど。そんなで舞踏会に参加できるの?」

「っ…できなくてもいいのよ!誰とも踊らずに帰るのだから」



早く離れてと再び荒れた手が肩を押してきて、一瞬退きそうになった。意外と力強いなこの子。

動こうとしない俺に対して、大声出すわよ?なんて脅しを掛けてくるだけで一向に叫ぶ気配がない彼女の方が、兵士に見つかりたくないのだろう。捕まるとしたら招待客ではない彼女の方だ。
だがいつまでもこうしていてはこちらを伺っている護衛が、人目に付くところで破廉恥だとかなんとか言いに来そうなので、睨む彼女を無視して質問を投げ掛けることにする。
彼女の耳元へと唇を寄せて。



「―――ねぇ、君どうやって忍び込んだの?」

「…!な、んのことかしら」

「君は招待客ではないだろう?」

「っ、可笑しなことを言う人だわ。この舞踏会は招待された人間だけのはずよ」

「ふふっなかなか強情だね。なら招待状の提示をお願いしても?」

「、」

「…教えてくれれば離れるよ。ただ侵入方法が気になるだけなんだ。君のことを城側に言おうだなんて考えていないから」



彼女は凍り付いたように黙り込んでいて。あぁやっぱり侵入少女で当たっていたなと確信を得たところで、彼女が漸く口から落とした言葉は、ちかい、の三文字だった。



「…えっ?」

「だから近いのよっ…。耳元で喋らないで…!」

「え、君のためだよ?」

「…は?」

「普通の声のボリュームで侵入云々の話をしていたら、」



捕まるのは君だよ?

俺の言葉に、彼女が息を飲むのがわかった。もう、侵入少女で確定だろう。そんな彼女との会話を洩らさないために耳へと唇を寄せた。
ダンスホールとバルコニーの境に目立たないよう立つ護衛もとい真田の気配が、いつにも増して鋭い。彼女を怪しいと思っているのは、蓮二ではなく何故か真田のようで、それが少し不思議だった。そんな真田に彼女が侵入者だと解れば―――。



「それを防ぐ事は図れても、それを止める理由も、権限も…俺にはないからね」


「………」



王子なんて大した肩書きでもなんでもない。捕らえるな、なんて言えないし、侵入者を庇うような事を言えた立場でもない。
でも防ぐ理由はあるんだ。忍び込めた方法が気になって、何より君自身が気になって、その君が帰ることを望んでいるようだから。
侵入方法が知りたいのはただの俺の好奇心だから、それに付き合ってくれたならこっそり逃してあげてもいい。それはバレなければいい話。…なんて、また勝手な事を考えているなと自嘲しながらも、その思考を取り止めるつもりはなかった。



「少しくらい俺を信じてくれてもいいんじゃないかな」



誰にも言わないと言う俺の言葉を疑ったままの彼女にそう優しく提案してみても、やや間があってから無理だわと一刀両断されるだけだった。これは手強いなと苦笑すれば「初対面を信用する方が難しいものでしょう?」ともっともな意見。でもこの程度なら丸め込めるかなと思った、のだが。



「この手の世界にいる人間は、特に信用できないわ」



彼女が冷たい声音で続けた言葉に、俺は反論できる考えは持ち合わせていなかった。
ダンスホールで狂ったように踊り続ける招待客の中には、手のひらを返すのが上手い人間が多いのも事実。権力や金銭に目が眩みやすい者は、特に。
そんな信念の定まらないやつらを擁護する気は更々ないので、苦笑したまま彼女の言葉には頷き返すことしか出来ない。そんな俺を彼女は怪訝そうに見上げた。



「…否定、しないのね」

「君の意見は正しいと思うからそれは出来ないよ。……だけど、全幅の信頼を置ける者も、同じ世界にいるんだ」

「、」

「だから、全ての人間をまとめた様な言い方はやめて欲しいかな」



とても出来た人間とどうしようもない様な人間が共存しているのは、この手の世界に限った話ではない。彼女が後者と関わる事が多いのならば、あの嫌悪の混じった声も不思議ではないから、きっと彼女なりに思うところがあってのことだろう。

そんな推察を立てながら彼女の表情を伺えば、酷く申し訳なさそうだった。



「…私の天敵みたいな人達がこういった舞踏会好きだったから。つい、嫌味な言い方を……ごめんなさい」



しおらしく謝罪した彼女に、正直驚いたと同時に、先程からとっている不遜な態度が彼女の素では無いのだろうなと、感覚的に思った。
そして彼女の中で何かが変わったらしく、私は、と唐突に口を開いたのはその時だった。



「忍び込んだわけじゃないの、本当に城門から入ってきたわ。でも招待状は…貴方が考えるように持っていないわ。…招待されたわけではないから」



小さく囁かれた声を全て拾ってみても、少し理解しがたいものがある。招待状がなくて正面から入るというのが可能なのか。城門からここまでの流れを訊ねると、本日三回目、離れてと肩を押される。



「この距離、息が詰まるわ…。別に逃げたりしないから」

「でも、」

「この先は聞かれてもきっと大丈夫だと思うわ」

「…そう、解った」



了承ののち、彼女から離れて同じよう欄干に背を預けることにする。が、その前に。
相変わらずの薄紅の頬に掛かっていた髪を指先でそっと掬って。ビクリと肩を揺らした彼女を横目に、髪が少し崩れているよとうっすら赤い耳に掛け直してあげる。頬の赤みを割増させた彼女の、消え入りそうな声での謝辞が妙にくすぐったかった。



「可愛い反応するよね」

「…からかっているの?」

「ふふっ」

「……貴方、無意識なの?それとも確信犯?」

「何のことかな」

「………後者なのね」



直後、本日四回目となったであろう。溜め息と共に荒れた小さな手が肩に伸びて来たので、彼女の隣へと移り話を聞く態勢をとることにした。





確信犯的悪戯
からかう事が無意識だなんて。君の反応見たさにやっているのだから、あり得ない。
距離を詰めたことにも、その意味合いが含まれていた―――と言うことには、俺自身も気付かなかったけれど。




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