The present time, 19:42



立場上、参加が義務付けられた舞踏会。その開催日が告げられるたびに憂鬱になる反面、どうせなら楽しみたいとも思うけれど毎回微塵も楽しくなどなった。ダンスも招待客も、そこで交わされる挨拶、会話さえ毎回同じ様なものばかり。だから幾度となく催される代わり映えのしない舞踏会に、何かしらの変化を求めていた。一時的なものでも、どんなものでもいい。何か退屈を忘れさせてくれるような、そんな何かを。

そして今日、初めて見付けた変化を見過ごすのは惜しいと思った。
あんな怪しい女の子、舞踏会で見掛ける事なんて今までに無かった。まぁうちの城は、王家に仕える柳家の頭脳と真田家の武力で鉄壁の守りって言われてるくらいなので、簡単に侵入は不可だから当然と言えばそうなのだけど。
妹や側近、そして自分自身にまで立場上の行動だと綺麗事を並べたが、実際はその変化を追うことを選びたかっただけだ。何故そこまでして、という問いに返せる答えはまだ見つかっていないけれど、そんなのはどうでもいい事だ。



「あら、王子様」

「どちらへ行かれますの?」

「今日も素敵ですわ」

「私と踊って下さらない?」

「一曲だけでも」



あの怪しい少女を追ってバルコニーへと向かう最中、幾度となくご婦人方に呼び止めらた。これだけ積極的に声を掛けられるのは、妃選びを兼ねた舞踏会だと、どこからか洩れてしまっているからか。はたまた女の勘か。
どちらにせよ俺の選択肢に、彼女達の要望に応えると言うものは存在しない。
申し訳ありませんが、少し呼ばれていますので、後ほど。
そう言いながら飾り立てられたご婦人方に、こちらも出来る限りの笑みを飾り付ける。勿論、呼ばれてはいないし、後に踊るつもりも毛頭ないのだけれど。その場しのぎにはもってこいの台詞を吐いてから彼女達に背を向ければ連れないわ、とかそんな所も魅力的ですわ、とか。なにやら囁かれている様だったが気に止める事はしなかった。


***


ダンスホールからバルコニーへと続く豪華な扉は大きく開け放たれていて、室内のシャンデリアが外まで光を伸ばしていた。
普段ならばバルコニーに人影が見え始めるのは、最低でも舞踏会開始から2時間が経過してからだ。煽ったアルコールを飛ばそうと夜風に当たる男や、女同士の刺すような会話から逃れてきた女など。舞踏会での苦痛に耐え兼ねた招待客が2時間で限界を感じ始める。華美な世界ほど、そこに集まる人間の忍耐で出来ているものだ。



舞踏会開始から30分が経過した現在は、まだバルコニーに人影はない。…と言うのは普段ならば、の話で今日に限っては当てはまらない。

城に背を向けバルコニーの欄干に寄り掛かる様に立つ少女が一人。バルコニーに誰もいないからといって、こんな人目につく場所で欄干に凭れているなんて。綺麗にしてあっても外なんだから、ドレス汚れるよ。

先程のも合わせて身分の高い者とは言い難い行動をする彼女は、本当に招待客だろうか。違うならば、何処からか忍び込んできたんだろうか。だとしたら何をしに来たんだろうか。王を殺しに、とかそんな物騒な目的なら悪目立ちは避けるはずだし。
どこまでも謎の多い子だが危険な感じは、正直あまりしない。…そう感じるのは俺の直感が鈍っているだけなのか、それとも。

そんな事を考えながら少女に近付けば、疲労感を滲ませた溜め息が聞こえた。



「はぁ…疲れたー…」

「大丈夫かい?」

「!?きゃ…っ」



声の掛け方を間違えた様だ。
舞踏会の雑踏のせいか、俺が背後に立った事を認識していなかったらしい少女は、ビクリと肩を揺らしてから勢いよく後ろを―――俺を振り返った。そんな重いドレスで勢いよく身体を捻ったら危ないだろうとは思ったが、まさかそのまま倒れていきそうになるとは思いもしなかった。
スローモーションの様に身体が傾いていく彼女の腕を掴んで身体を引き寄せたのは、ほぼ反射的行為。至近距離で見た彼女の顔は呆然の文字で埋め尽くされていて、口が半開き。失礼な話だけれど、その表情に危うく笑いかけてしまった。



「ふっ…、…危なかったね。怪我は?」

「……だ、いじょうぶ、です」



俺の問い掛けになんとか応じたといった様子の少女は放心している様で、ただこちらを見詰めているだけ。何が起こったか理解出来ていない所で悪いのだけれど、全体重を俺の腕一本に預けているこの態勢を早くなんとかして欲しい。
そろそろいいかな、と苦笑を浮かべながら身体を起こしてやれば、彼女はハッとした様に態勢を立て直した。



「ご、ごめんなさい!重かったですよね…!」

「うん」

「………」

「あ、いや、ドレスがね」

「…本当、ごめんなさい…。ありがとうございました」

「いや、俺の方こそ。驚かせてすまなかったね」

「い、いえ!私が…」



そこで少女は言葉を区切った。続くはずだった言葉を飲み込んで、それを隠すようにもう一度謝辞を述べた彼女は軽く頭を下げた。何を言おうとしたのかはわからないが、俺の前から去ろうとしている、というのはわかった。
彼女の瞳は、俺より後ろを覗いている。そこは2階のバルコニーから1階の庭園へと続く階段があり、そしてその庭園からは城門に繋がる道ある。帰ろうと、しているのだろうか。



「………あの…?」

「ねぇ、」



少女の行こうとしていた階段への道をさりげなく塞げば、彼女がほんの一瞬だけ顔に不快感を映したのを、俺は見逃さなかった。すぐに微笑を張り付け取り繕った顔で、何でしょうか?と問い掛けてくる彼女の瞳は、退けと言わんばかりに鋭さを宿している。そのギャップにまたもや笑いそうになったけれど、今度はなんとか堪えた。
どうやら相当帰りたい様だ。しかも早急に。だが、理由がわからない。彼女の目的も動機も心情も、何一つ推察すら出来ない。彼女の内面がどうにも気になるのは、こんなにもわからない人間と対峙するのが初めてだからだろうか。



「さっきも会ったよね」

「…えぇ。先程はすみませんでした。奥様にぶつかってしまって、」

「え?……あぁ、妻じゃ無いんだけどね。大丈夫だよ」

「す、すみません。私てっきり奥様かと」

「ふふっ…構わないよ」



招待客ではなく侵入者だ、という仮説が一気に色見を帯びる。
先程の態度から、ぶつかった相手が王女だと、その隣にいた俺が王子だと理解してなさそうだとは思っていたけれど、一般招待客の夫婦と見られていたとは。
招待客の中に、王と王妃、それから王子と王女の顔を把握していない者はいない。これは絶対と言っても過言ではないのだけれど、彼女を招待客ではないと決め付けるのはまだ早計のような気もする。

疑いの確信を得るために、少し話さないかい?と提案を持ち掛けながら、彼女の手をそっと掬い取ってみる。彼女は驚いた表情を浮かべた後に、話す事など、と首を振った。



「君に無くとも、俺にはあるよ」

「…貴方にあっても、私にはありません。…離して、」

「嫌だと、言ったら?」



そう問いながら意地悪く笑ってみせれば、嫌な笑い方、と彼女が顔をしかめる。
この少女は、俺と違って自分を隠すのが下手な様だ。軽く引っ掻くだけで素が見え隠れするのがなんとも面白い。
ふふっ、さっきまでの慎ましやかな態度はどこにいったんだい?



「その怖い顔、やめたらどうだい?」

「離して頂けるならやめますけれど」

「離すよ。君が逃げずに、話し相手になってくれるならね」

「逃げずにって、道を塞いでおいてよくそんな事を」

「あ、やっぱり気付いていたんだ」

「…やっぱりわざとだったのね。はぁ…」



呆れた様に溜め息を吐いた彼女は観念したように、欄干へ背を預ける様にして凭れた。
どうやら話してくれるみたいだ。妙に荒れたその手を離してやれば、それで?と腕を組ながら会話を促してくる。敬語まで取っ払って、本当に、慎ましやかな態度はどこへいったのやら。



「今日の舞踏会は特に盛大だよね」

「…そう、ね」

「理由は知っているかい?」

「……あなた、こそ。知っているの?」

「ふふ、勿論。招待状に書いてあっただろう?」

「っ、」

「今回の舞踏会は、王女様のパートナー探しも兼ねている、と。まだお若いのに結婚されるなんてね。…俺はお眼鏡に適うかな?」



彼女に言った事は招待状に書かれてなんかいないし、未公表の裏の意図として、パートナーを探されているのは王女ではなく王子、なのだが。



「王家なんだから結婚が早いのは仕方ないのでしょう」

「…うん、そうだね」

「貴方の顔なら大丈夫なんじゃない?舞踏会でお相手を探すのだから、早く王女様にダンスでも取りつけに行ったら?」



俺の嘘に、少し嫌味を含めた声で、君は笑ってそう言ったんだ。
その言葉が、招待状の有無を晒すものだとは気づかずに。





真実を引き出す嘘
隠されると、暴きたくなるものだよね。




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