The present time, 19:33



王位継承の式典に幕が降りれば挨拶もそこそこに、舞踏会が始まる。

一斉にワルツを奏で始める楽器。その綺麗な音色に耳を傾けつつ、こっそりとダンスの輪から抜けて、姿勢正しく壁際に立つ側近の元へと向かった。彼と同じ様に肩を並べて立てば、はあ、と一つため息が聞こえた。



「…何をしているんだ、精市」

「疲れちゃった」

「断るばかりでまだ誰とも踊っていないだろう」

「断る作業に疲れた」



遠回しに断るのって結構労力使うんだよね。そう笑って見せれば、頼むから踊ってくれ、と蓮二に懇願された。俺が踊らないなんていつもの事なのに。
なんで今日はそんなダンスを勧めるんだ。そう訊ねれば、やや間があってから、王に意図がある、と蓮二が溢した。



「意図?」

「多数の女性と踊り、妃を見つければいい、と王がおっしゃっていた」

「あははっなにそれ。踊っただけで相手が理解出来るの?」

「らしいぞ。人柄が出るものだ、と父は言っていたが」



笑い飛ばしてやったのに、至って真面目に答えた蓮二は、前例があるようだしなと口元を緩めた。

前例、とは王と王妃…つまりは俺の両親の話。母さんはそのことについて何度も楽しそうに話すのだ。私と王の出会いは舞踏会なのよって。その馴れ初めは何度も聞いたよと苦笑すれば、同じ様に蓮二も笑った。



「そうだったな。…さ、踊って来てくれ、王子様?」



おどけたように俺の背を押した蓮二に、仕方なく別れを告げて、ダンスの輪へと戻ることにした。



***



「一曲踊りません?お兄様」

「ふふ、珍しいな」

「私がお兄様と踊れば、王子もダンスが出来るんだって知っていただけますわ」

「どうも今日は俺を踊らせたいみたいだね。お前といい、蓮二といい」

「ふふっ…踊って下さらないの?」



聞き慣れた声に振り向けば、妹が立っていて。仕方がないな、と彼女の手を取った。

あまりにも俺が踊ることをかわすから、王子は踊れないんじゃないかって言う噂が流れているらしい。真実ではないが、別にそれでも構わないんだけどね。そう思って貰っといた方が誘いが少なくて助かる。そんなことを考えながら、綺麗にステップを取る妹を見下ろした時。



「きゃっ…」

「!」



不注意だった。
周りを見ていない訳では無かったが、まさか踊っている俺たち(正確には妹)にふらふらと歩く少女がぶつかってくるとは予想だにしていなかった。

よろめいた妹を支えつつ、ぶつかった少女へと視線を向ける。他の招待客と少し違う雰囲気を纏う彼女に、妙な違和感を覚えた。この場に集まる女性は良くも悪くも自信に溢れていて態度にも出ているから、この少女の様に縮こまっている人は少ない。ドレスを着ている、と言うよりはドレスに着られていると言った感じで、着なれていないと見える。珍しいなと思っていれば、妹が少女へと向き直った。



「…あら、ごめんなさいね。大丈夫でした?」

「あ、えっと、大丈夫です。私こそすみません。怪我は…」

「私も大丈夫よ」



動揺が取ってわかる少女にふわりと妹が笑いかけた。それに応える様に、彼女もあどけなさの残るその顔に笑みを張り付けた。
ふと、彼女がこちらを見詰めているのがわかった。なに人の顔じろじろ見てるの。なんて言ったら、言い方がキツいと妹に怒られそうなので、言わない代わりに苦笑を浮かべてみる。



「俺の顔に何か付いているかな」

「…えっ、あ、いえ、あの、何も」



しどろもどろに答えた彼女に、失礼だとは解っていても思わず笑いが溢れてしまった。それは妹も同様で、可愛らしい人ね、と小さく笑っていた。
失態だと言わんばかりに俯いた彼女の顔を、記憶の中で辿ってみる……が、知らない顔だな。
舞踏会の招待客なんて数え切れないし、何度も招待される人もいれば、一度きりになる人もいる。だから彼女の顔に見覚えがなくても不思議はないのだが、彼女の纏うドレスは相当高価なものと見受けられる。であれば、上流階級の人間のはずだ。顔くらい見たことあっても可笑しくないのに。



「…君、名前は?」

「な、名前は……無いですから!」

「えっ?」

「失礼します…!」

「あ、待っ――」



…て。
呼び止めることも叶わず、彼女は招待客の間をぬって走り去ってしまった。



「名前が無いだなんて…そんな事あり得るかい?」

「ふふっ、お兄様もフラれる事があるんですのね」



一瞬の出来事に驚いたように目を瞬かせていた妹へと問い掛ければ、からかう様な声音で返答が返ってきた。本当にこの妹は。



「でも、見ない娘さんでしたわね。上流階級の方なら大体はわかると思っていたのですけれど」

「やっぱりお前も知らないのか。…色々と不思議な子だったな」

「…ご興味がお有りで?」

「え?」

「お兄様が女性に名前を訊ねるなんて」



初めてじゃありません?
興味津々に俺の瞳を覗き込んだ妹は含みのある笑みを浮かべた。これは完全に面白がっている。妹の視線から逃れるように、別にそんなんじゃないと首を横に振る。
珍しいのと、少しばかり怪しいとも思えるあの少女はある意味では興味がひかれるが、妹の示唆するそれとは違う。もし、正式な招待客でなかったとしたら。何かしら舞踏会に支障をきたす人物だとしたら。危惧しときながらそれを放置するのは、立場上よろしくないし、個人的にも気になる。



「ちょっと、抜ける」

「…どちらへ?」

「バルコニー…かな。さっきの子、そっちの方に行ったよね」

「えぇ。…でもどうして?」

「舞踏会に来て名乗らないなんて、変だと思わない?それも俺とお前に」

「それは思いましたけれど…」

「だから少し探ってくるよ」

「でしたら弦一郎に伝えればよろしいのでは?万一、お兄様に何かあっては、」

「真田は駄目だよ。いきなり捕らえに掛かり兼ねない」

「…有り得ますわね。それはそれで問題ですわ」

「だろう?だから俺が様子見」



どうせ俺が移動すれば、現在は扉の横に立つ護衛―――真田弦一郎はついてくるだろう。少し遠目から俺を護衛する。それが彼の仕事だ。



「…わかりました。何かありましたら、絶対弦一郎を呼んで下さいね」

「何かあったら呼ばなくてもあいつは走ってくるから大丈夫だよ」

「ふふっそうでしたわね」



妹にダンスの輪から抜ける誤魔化しも頼んで、バルコニーへと向かうべく、踵を返した。時、視界の端に、頭を抱えている側近の姿を捉えた気がした。
怪しい子がいたら、王子として見逃せないだろう?だから、ごめん、蓮二。すぐ戻るから。そう心うちで謝りはするものの、バルコニーへ向かうと言う選択肢を取り下げる事はしなかった。



自我アンチテーゼ
怪しいから追うのだと。立場上の行動なのだと。何故そんな否定を繰り返すのかと。何故それが否定になるかと。
聞かれたって解らない。




title:エルカの誘惑



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