城の使用人、最初はブン太に巻き込まれて始めた仕事だった。今でこそ開業してる父親も当時は無職で、稼ぎが良いと言われて乗ってしまったんだ。今では誘って来た本人より俺の方が働いてる自信があるけどな。

数ある仕事の中で一番大変なのが舞踏会だ。表舞台が円滑に進むよう整えるのが使用人の仕事、それを怠る訳にはいかない。なぜならこの舞踏会という場は、招待客達の生死を賭けた戦場なのだと、数年前招待客に聞いたからだ。

今日も気合い入れてこう。そんな密かな誓いも虚しく、「ジャッカル!プレゼント!」と雑巾をぶつけてきたブン太にため息が出た。


「…何やらかしたんだ?」

「ちげーよ、俺のせいじゃねぇし」


聞けば赤也にぶつかられてカクテルを溢したらしい。自分で拭けよと言ってやりたいけど、配膳担当にその時間はない。招待客の案内を終えた俺が代わりに拭きにいった。

招待客の注文をメインに従うブン太とは違い、俺の仕事はどちらかと言うと裏方で、従うのは使用人頭の指示が主。舞踏会が始まってから2時間が経過した今、使用人頭から「ダンスホールの奥手からバルコニー周辺にいる人全てをさりげなく遠ざけて頂戴。王子の側近からの指示です、お願い致しますね」との命が下されそれを実行してる最中だ。使用人には指示のありのままを伝え、招待客には「冷えて来ました。お体に障りますのでどうぞ中へ」と声を掛けて回った。

粗方、人を遠ざけた所で赤い髪を視界に捉え呼び掛ける。


「ブン太、そっち方面は駄目だ」

「は?…ジャッカルか、なにがダメなんだよぃ」

「今、バルコニーに極力人を近づけるなって柳から指示が出てるみてぇだから、」


…って言ってるそばからそっちに向きを変えるブン太。待て、と腕を掴もうかと思ったけど蒼いカクテルを見て手を引いた。
もし溢れたら。一瞬の躊躇いの隙にブン太は走り去ってしまった。

仕方ないと一旦仕事に戻ったものの、どうしても気になりバルコニーへ向かった。再び出くわしたブン太の手にカクテルはなくトレーも脇に抱えていた。どこか満足気なブン太に不憫にも引きずられていた意識不明の赤也をとりあえず担ぎ上げる。


「サンキュー、ジャッカル。助かった」

「あの短時間で何があったんだよ…」

「マジ何があったんだよぃ…」

「は?」


それ俺が聞きたい。その言葉はブン太に遮られ、ほら、と促されるままバルコニーを見やった。

そこには幸村と1人の…招待客、だよな?かなり珍しい光景だ。性別年齢問わず、幸村はあんまり上流層の人間と話したがらない。笑顔で相手を躱しながらの会話はよく見るけど、あんな風に心から言葉を交わしてるのを見るのは、数年ぶりかもしれない。その数年前、招待客と真摯に会話をしてた時よりも、一層幸村の纏う雰囲気が柔らかく楽し気だ。
幸村にとって特別な相手なんだろうかと思っていれば、ブン太は相手を知った口振りだった。よくわかんねぇ事続きだけどケーキを分けるだなんて事をブン太が言い出したから、明日は嵐だって事はわかった。備えねぇと。そう呟いた直後、肘鉄と共にまた仕事が飛んできた。仁王…いや柳生からだと言うその高級店のケーキ。15個って、一体いくらになるんだ。恐ろしいな。


「んじゃ、幸村くん達のグラス回収頼んだぜぃ」

「…なんで俺が…。それはお前の仕事だろ?」

「飲み物頼まれてんだよぃ。つーことで、シクヨロ」

「…ったく…」


とりあえず赤也は部屋へ運んで、トレーを取りに行って。そろそろ回収の頃合いかとダンスホールに入った直後、柳と目があった。そう、目があったんだ。


「や、柳?どうかしたのか?」

「あぁジャッカル、良い所に。」


スルーも可能だった。しかし普段見せない瞳には有無を言わせない圧力がある。柳に近付けばあたかも偶然たる言い草だけど俺は今確実に、こっちへこいと呼ばれた気がしたんだけどな、その目に。


「精市の所在を知らないか?」

「バルコニーに招待客の人といたぜ。珍しく親しそうだったけど…」

「ふむ…」


柳は思案するような素振りを見せた。
てっきり幸村の場所を知っていて、一緒にいた少女との会話のために出された指示なんだと思ったんだけど、“人を遠ざけろ”というのの意図はなんだったんだろう。あの指示を出したのは柳だろ?と問いかければ、思案が止まった。


「…なんの事だ?」

「えっ…使用人頭が、王の側近から命が出てるって…。だからダンスホールの奥手から人を遠ざけたんだけど、まずかったか?」

「なるほど。精市と共にいるのはあの少女に間違いないようだな」

「…何かあったのか?」


繋がらない会話を訝しげに思えば、柳が事情を耳打ちしてくれた。

仁王が侵入していること。その際1人の少女を舞踏会に紛れ込ませたこと。その少女が恐らく幸村と一緒にいる人物だということ。そして“人を遠ざけろ”という命は、仁王発信の可能性が高いこと。


「その命は俺の意図した事ではないが、寧ろ好都合だ。…仁王の気紛れだとしたら、彼女が捕まるのは可哀想な気がするんだ。まぁ仁王も捕まらないように努めているようだがな」

「あぁ…そういうことか。その少女っていうのは…?」

「何処の誰だかわからない。その鍵は仁王…あるいは、」

「おーい、ジャッカルー。グラス回収し…」

「捕まえてくれ、ジャッカル。もうひとつの鍵だ」


咄嗟に近場を通ったブン太の腕を捉えた。柳を見たブン太は、「げっ、気付かなかった…!」と距離を取ろうと暴れ出すけれど、落ち着け、と柳が発すれば抵抗をやめてその場に留まった。目のせいだな。


「な、なんだよぃ!ケーキを死守すんのは防衛本能だろぃ!」

「そんな防衛本能はお前だけだろ」

「で、仁王からはなんと聞いているんだ?あの少女について何か知らないか?」

「…言ったら捕まえるんだろぃ?」

「いずれ仁王はな。少女は問題が無ければ捕らえない。だが彼女については情報不足だから問題の有無が判断出来ない」


軽い脅しを含む尋問だ。さりげなく、捕らわれない為には話せと少女の詳細を引き出そうとする話術に関心と若干の畏怖を抱きながらふたりの会話を見守る。


「…町外れにある屋敷の、豪商の3人娘の1人だって。俺は聞いたぜい」

「森の手前にある屋敷のか?」

「あぁ、多分な。片親は他界、今は超放任主義な父親と…あとなんだったっけな…」

「確か合理性を最優先事項とする男だったとは思うが…我が子に対して放任主義なのか?ジャッカル」

「…え!?」


ブン太への問いかと思いきやこっちに向けられた言葉に瞬きをする。


「なんだよぃ、ジャッカルの知り合い?」

「い、いや…?」

「数年前、だったか。舞踏会で精市との会話で酒が進み酔い潰れた招待客を覚えていないか?その男の介抱を、精市はお前に任せただろう」

「……あぁ、あの人か!」


柳が誰を指しているかわかったのは、その男の事を今日は2度も思い返していたからだ。

数年前幸村が珍しく真摯に話し込んでいた男、そして、舞踏会は招待客にとって意味の大きい場でありその舞台を整えるのはとても重要な仕事だという考えを持つようになった要因の男だ。


下世話かつ狡猾、それでいて華々しい社交界という世界。それを何より象徴するのが舞踏会の場だと、数年前の舞踏会で飲み過ぎで倒れてしまった豪商の招待客を介抱していた時に、その男がうわ言のように言っていた。「…大変ですね」、本来なら言葉を控える立場の使用人の俺に、その男は怒るでもなく口元を緩めた。


「だがこれが我々の生きる全てだ。何かを守るために敵を蹴落とし、蹴落とされてはまた這い上がる。男も女も、歳だって関係ない上流層と振り分けられた者達の生死を分ける舞踏会は、さしずめ戦場だな」

「…その戦場を不備なく整えるのが使用人の仕事、ですね」

「ふっ…お前良い奴だな。どうだ?私の娘の相手に」

「お、俺は使用人ですから…ご息女とは釣り合いが取れません」

「釣り合い?構わんな。私は上流層に嫁がせるつもりはない。…あの王子なら、とも思うがそれこそ俺の…商人程度の娘では釣り合いが取れん。そもそも私の1人娘にはこの世界に入れてやるつもりはないからな。足を踏み入れたら最後、出ることもままならん」

「…」

「…上流層の毒牙に倒れるのは妻だけで十分、だ…」

思いを羅列したのち息を引き取る様に眠りに落ちたその男の事を、倒れる直前まで話をしていた幸村に少し訊ねたことがある。幸村によると、その豪商の男は数日前にご夫人を亡くされたばかりだと言う話だった。


しかしその男の話と、今のブン太の話では少し合わなかった。ふと考え込めば何かあるなら言ってくれと柳に促される。


「あー…俺は『私の1人娘』って聞いたんだけどよ」

「今回城から発行している招待状…娘のは2人分だったな」

「仁王の話からすると3人娘じゃねぇのかよぃ?」

「合わねぇな」

「…いや、ちょうどだ。真相に近いだろう仁王の話は3人、発行された娘の招待状は2通、正式な参加者も2人」

「合わねーじゃん」

「だが招待状を持たない侵入は1人、男が言う“社交界に入れたくない娘”も1人。数はピッタリだ」

「全っ然わかんねぇ。つまりどういう事だよぃ?」

「今言ったので全てだ。それ以上は俺にもわからない」

「なんかある、って事だな?」


「そういうことだ」



少し調べてみないとな、と口角を上げた柳の言葉を合図に解散だ。ブン太は頼まれている飲み物を配りに戻り、俺は王子の元へ。と踵を返して所で「精市に届けて欲しいものがある」と柳に引き留められた。


「何をだ?」

「一瞬でいいから戻ってきてくれ。これ以上王にも父にも説明責任が果たせそうにないんだ、至急戻ってきてくれ。彼女のことは多少図ってあるから戻ってきてくれ、頼むから。…と、精市に届けてくれ」

「わ、わかった…」


そんな切実な側近の言葉を持っていざ、王子の所へ。



割り込むのが憚れるくらいのふたりの雰囲気に少し気後れした。だけど仕事だ。グラスの回収と、柳からの伝言を届けなければ。

仕事の要領で声を掛ければ少女だけが身を退いた。幸村が笑いながら少女へと振れば、彼女もまた笑って応える。俺の行動に示された警戒と幸村の言動に示される信頼。邪魔をしているような気がしてならなくて、グラスを引き取り早々に切実な伝言を渡す。代わりに彼女からブン太への伝言を受け取り厨房へと戻った。…幸村の背中をはたけるのは多分、妹である王女か、彼女くらいだ。


「おージャッカルお疲れ。あれ、グラスは?」

「洗い物に回した」

「早い、流石」

「それで、彼女からお前にお礼を伝えてくれって。あと、またお世話になるかもしれませんって言ってたぞ」

「は…帰んのかよぃ!?幸村くんと良い感じだったじゃん!帰んの!?」

「いや俺に聞かれてもな」


帰る、とは一言も言ってなかったけど、またお世話になるかもってのは確かに別れともとれる。…つうか、招待客…じゃないにしろ舞踏会終わったら帰るだろ。


「帰らない選択肢ってどういう意味だよ」

「ちょっと俺、行ってくるわ」

「は?何処に、」

「仁王んトコ。あいつ今日尻尾垂らしたままうろうろしてんだよぃ、だからすぐ見付かるからちょっと話したらすぐ戻る」

「待て仕事中だろ。だいたい何を話して…」

「帰るっぽいけどそれで終わらせていいのかって言ってくんだよぃ。何かもう他人事に思えねぇっつうか…それにジャッカルだって幸村くんにも幸せになって欲しいだろぃ!?」


そりゃそうだけど、だからどういう意味だ。首を傾げている隙に、ブン太は廊下へ続くの扉に手を掛けていた。


「首突っ込んだら…ってそのつもりはなかったけどやっぱほっとけねぇだろぃ。すぐ戻るから!」


面倒見がいいのも考えもんだな、と苦笑を返せばブン太は厨房から出ていった。よくわかんねぇけど、とにかく俺は俺に出来る仕事を最大限にこなすまでだ。招待客の為にも。

そして入れ替わるように厨房へ入って来るなり声をあげた使用人頭に、ブン太の行動を黙認したことを後悔した。


「今の時間帯、配膳等の指示出しは誰です?」


やばい、ブン太だ。


「食器が足りていませんよ!名乗り出なさい!」


使用人頭は、若い頃から城に勤める少し年配の女性だ。仕事に厳しく、王からの信頼も厚い。城で働く者、主に使用人にとっては尊敬すべき人。そして何より恐ろしい存在だ。彼女の声に厨房が騒然となった。



苦労性使用人の尽力
「この中にいないのですか!」
「…すみません、俺です!今すぐ準備します」
「?貴方は配膳担任では、」
「いえ俺です。急ぎます」
無理のある嘘を吐いたと思った。だけどこれ以上の方法も思い浮かばない。突っ込まれる前に皿を手に取りホールへと向かった。仕事終わりにある使用人を集めた反省会もとい使用人頭の説教が、今日は一段と長くなりそうだと思いながら。

The present time,22:19



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