「おっと悪ぃな赤也、足が滑った。つか今のタックルでカクテル溢さなかった俺って、天才的?」



只今、絶賛ミッション遂行中。赤也を真横から吹っ飛ばしたのもその一環だ。
予想以上に飛距離が伸びて、ついでに赤也も伸びて。その光景に衝撃を食らったらしい少女、灰加の援護が今回のミッションだ。…って言うより、彼女を任されただけなんだけどな、仁王に。城内において仁王の手引きは禁じられてるんだ、本来ならそんな頼みははね除けてる。罪名を仁王の悪戯荷担罪、それを犯すと減給処分となる。兵士として働いていた仁王も、今や指名手配扱いってとこだ。

そんな減給の危機も顧みず、手引きを実行するまでに至ったのは、今から2時間半程前まで遡る―…。



***



城で催し物がある日、特に飲食を含めたイベント時は使用人が多忙を極めるって言うのに、あの新米兵士は客用の料理に手を伸ばしていた。それだけなら後で真田に怒られてざまぁ!って話なんだけど、今回は俺にも被害が及んだからトレーで殴ってやった。

赤也のせいでトレーからカクテルが滑り落ち、その直後に現れた使用人頭が床に転がったグラスを見て鋭い視線を向けるのは当然、俺。使用人頭超怖ぇ。そんな怒んないで下さい、すぐに雑巾持ってきて拭くんで。ジャッカルが。ってことで頭を下げてから足早にダンスホールを出て、廊下。城勤者専用通路の扉を開こうとしていた兵士を見つけ足を止めた。招待客らしき少女を同行させた兵士が付けている城勤め3年未満を表す腕章に、赤也の姿が重なった。…新人を注意すんのも仕事のひとつだ。



「おい、そこはダメだって。兵士のお前は良くてもお客様連れじゃ入れない。関係者以外立ち入り禁止って書いてあんだろぃ?」

「これは…申し訳ありません。ある使用人に用があったので」

「使用人?呼んで来てやるよぃ。誰?」

「いえ。…もう必要ない、ここにおるから。ブンちゃん」

「!…お前、仁王?」

「プリッ」

「なにしてんだよぃお前…」



新人なんてとんでもない勘違い。振り向いたその顔は数年前に退職した兵士の者。その外身と中身は一致していないが、中身も同じく数年前に退職した兵士、仁王雅治だった。

欠けたグラスを見て笑った仁王に、赤也の所為だと釈明して少し会話を交わした頃合い。唐突に「頼みがあるんじゃ」と話題を変えた仁王は自身に隠れるように立っていた少女をこちらへ押し出した。



「わっ…!」



唐突なそれに当然その少女はよろけるから、咄嗟に空いている方の手で彼女を支える。



「ブンちゃんナイスキャッチ」

「あっぶね」

「…ほんと危ないです!私ヒール慣れてないんですよ…!」

「と、まぁヒールだけじゃなく舞踏会に慣れとらんこいつ、任せたぜよ」

「は?」



マジ仁王なんなんだよ意味わかんねぇ。けどひとつ思ったのは、仁王がこんな扱いをしている彼女は、招待客じゃないんだろうなってこと。部外者をここに置いてかれても困んだけど、任すって何だよぃ。てかさっきから思ってたんだけど、



「誰だよぃ?」



俺の当然の疑問に、妹じゃ、としれっと嘘が返って来た。それを指摘したって仁王には躱されるだけ。逃げられる前に説明を求めれば、仕方ないと言わんばかりの表情を見せて少女へと視線を移す。そうすれば少女が頷くという、何かしらのアイコンタクトの末、仁王は小声で俺の要求に応じ始めた。



「名前は灰加。町外れにある屋敷の、豪商の3人娘の1人じゃ」

「え、あの有名な成り上がり商人のかよぃ?でも確か娘2人じゃなかったっけ?」

「その辺はややこしくてのう」

「…?」

「で、既に片親は他界、現在は超放任主義の実父と性悪の継母に義姉が2人。ほぼ使用人として家にいる状態じゃ」



そんなワケあり悲劇のヒロイン設定があるのか、と普通ならば疑念しか浮かばないけど、実際あの家は有名だが謎が多いと言われているし、なによりこの灰加という少女。彼女が不安げに胸の前で合わせている荒れた小さな手に、疑念は振り払われる。
貴族や豪商の家ならば家政婦を雇うのが一般的だ。なのに彼女の手は、俺の仕事仲間のものに近い。疑う余地、ねぇだろぃ。



「なかなか過酷だな…」

「ってことで、養い主探しに連れて来たんじゃ」

「つまり招待客じゃねぇってことだろぃ?柳とか真田に見つかったらどうすんの。捕まるぜ」

「そんな危機にブンちゃん登場!」

「勝手に登場させんないよぃ。バレたら俺、仁王の悪戯加担罪で減給される」

「…いつからそんな罪出来たんじゃ」

「お前が兵士辞めてから」

「心外ぜよ」



部外者を連れて『王位継承祝賀舞踏会』なんて大層な名の付いた催し物に潜り込んでくる奴の台詞とは思えねぇ。
その堅っ苦しい名称通りの舞踏会なら、国家のお偉いおっさんばっかだろうけど、今回のそれはあくまで名目上の話。本当の目的は次期王妃探しだから、独り身の女性が多く年齢層も若い。従って、男女比の偏りを無くすため男も沢山招かれているんだ。男をさがすなら今日はもってこいだろうが。
関係者の一部しか知らないはずの“裏の意図”を、今は全くの無関係者が知っているんだから、城側がこいつを要注意人物に振り分けるのは妥当なことだろぃ。どう考えても。



「連れて来たのはお前なんだから最後まで面倒みろよぃ」

「そんなことしちょると捕まるぜよ。俺が」

「しらねー」



息をひとつ吐いてから踵を返す。早く絨毯拭きにいかなきゃいけないんだよぃ、ジャッカルが。なにより減給なんてごめんだ。そう思ってじゃあなと後ろ手で別れを告げようとした時。
いつもより心なしか低めの声が、俺を呼び止める。仁王の声って物質的な感覚を与えてくることがあって、思わず振り返ってしまった。

ニヤリと口角を上げた仁王はひとつの甘い提案を示した。



「大通りの一番角にある洋菓子屋、知っとるか?」



これがミッションのきっかけだ。その洋菓子屋は『Stand see』という、立海王国において1番の有名店であり高級店。そこのケーキ15個なんて魅力以外の何者でもなかった。



その取引を終えてすぐ仁王は姿を消し、残された少女―灰加と2人になり、案内を装いながら捕まらないための要点を彼女へと伝えた。
まず、入り口に立っている長身の糸目には極力近づくな、と。柳相手じゃ口で躱すのは不可能に近いから。あとは他の招待客の口調と態度を真似るように。上流階級層においては低姿勢過ぎては逆に怪しまれるもんだ。

わかったかと聞けば、はあ、となんとも正気の感じられない返事が返って来た。



「お前あんま乗り気じゃんねーだろぃ?」

「…なんでわかるんですか」

「舞踏会楽しみだわ!的感じがない」

「……」

「なんだよ引くなよぃ!…冗談じゃん」



あんまり顔が強張ってたから、ちょっと解してやろうと思っただけなのに。冷たい目で見られた。かと思えば瞬間、灰加が吹き出す。くすくすと笑う彼女の横顔に何故か安心した。



「なんだよぃ、笑えんじゃん」

「え…」

「ま、上手く行かなかったら仁王通してでも連絡くれよぃ。求人情報教えてやるから。氷帝のでよければだけど」

「氷帝って…隣国の?」

「そ。知り合いがいんだよぃ。立海に執着がないなら、他国に出るってのも手だろぃ?住み込みの仕事なら向こうには雇い手も多いし。あ、連絡寄越す時はもちろん菓子と一緒にな」

「ふふっ…ありがとう、ございます」



どこか泣きそうな顔で笑った灰加がそう言い終えたところで、タイミング良く柳が手元のバインダーに目を落とした。チャンス!と彼女の背中を押せば、慌てたようにこちらを振り返った。



「あのっ帰る時は、」

「あぁ、えっと…ダンスホールの奥にバルコニーがあって、そこの右手の階段から庭園に降りれば、城門の横手にある抜け道があるから、そこから」

「抜け道って、」

「行けばわかるって!つか今のうちに早く、」



もう一度押せば急いで足を動かしたようだけど、手遅れ。いや寧ろタイミング良すぎた。彼女が柳の横を通った刹那、参謀様が顔を上げてしまわれたので咄嗟に柳の名前を伸ばして呼ぶと言う、なんとも子供騙しな真似をしてしまった。まぁ、一瞬でも気を逸らせたし、結果オーライだろぃ。


上手く人混みに紛れていった灰加は家に帰ること前提っぽかったけど…嫌々連れて来たんだろうか。でも仁王がそんなお節介するか?その辺はわからないままだけど、求人情報は用意しといた方が良さそうだ。丁度知り合いから手紙が来てたんだっけ。『今度氷帝王国から跡部王国に名前変わるかもしないんだってー』とどうでもいい内容だったからまだ未返信だし、その返事も兼ねて手紙書くか。
拝啓、芥川慈郎様―――で始まる文の続きを思案しながら一旦仕事へ戻ったんだ。



その後はと言えば、ジャッカルに雑巾と仕事をプレゼントしたり、柳の呼びかけをシカトしたり、使用人の仕事をこなしたり。途中、廊下で中身が仁王の兵士が赤也の背後から故意にぶつかっていたのを目撃した。その際に兵士各々が所持するトランシーバーを抜き取られていたが新米兵士は気付いていないようだったので、将来の国防が不安になったり。
そんな中ずっと灰加のことが気になっていたものの、ダンスホール内で彼女の存在を確認することが出来なかった。もう帰ったかなとか考えながら、飲み物を配るフリをしてバルコニー付近を偵察に行こうとした時。



「ブン太、そっち方面は駄目だ」

「は?…ジャッカルか、なにがダメなんだよぃ」

「今、バルコニーに極力人を近づけるなって柳から指示が出てるみてぇだから…って言ってるそばからなんでそっちに走って行くんだよ!?おい!」



ジャッカルの制止を振り切って、何か起こってるんだろうなと向かったバルコニー、大正解。先ほど倉庫へ走って行った赤也と灰加、そして何故か幸村くん。
構図的に灰加と幸村くん対赤也に見えたし、何より赤也に騒がれて灰加が捕まる顛末になって俺のケーキ消失、これは困る。ってことで赤也にタックルをお見舞いしたところで、冒頭に戻るワケだ。よくわかんないけど幸村くんも喜んでくれたので悔いはない。

ここにいるって事は帰宅を意味してんのか?なら灰加を帰す手引きをした方がいいのかとも考えた、が。幸村くんが灰加に傾倒している様に見えて、とりあえず置いていくことにした。なんか邪魔したら悪いし?だから柳や真田に見つかる前に、早々に赤也を連れて退散することにし……無理だ。癪だけど、赤也の方が身長デカイんだよ持てねぇ。どうしようかと思いながらも引きずっていた時。やっぱ持つべきものは友だよな。



「サンキュー、ジャッカル。助かった」

「あの短時間で何があったんだよ…」



はあぁ…とジャッカルのため息を聞きながら、ちらりと来た方向を盗み見てみた。…なんであんな親しげなんだ?つか灰加、幸村くんのこと名前呼びとか。



「マジ何があったんだよぃ…」

「は?いやそれは俺か聞きた、」

「ほら、なんかかなり良い雰囲気じゃね?幸村くん」

「…?あぁ、珍しいな。幸村が招待客と会話してるなんて」

「あいつ警戒する要素ないだろうからなあ。つか普通に笑ってるけど幸村くんにはバレてんのかな。…そもそも幸村くんを誰だかわかって…」

「…相手、知ってんのか?」

「ちょっと、な。上手くいったらジャッカルにもケーキ分けてやるよぃ」

「なんの話……ケーキを分ける?ブン太が?…俺に?」



明日は大嵐だな、備えねぇと。赤也を担いだまま真顔でそう言うジャッカルの脇腹に、肘鉄を食らわせてやった。



甘党使用人の暗躍
「痛っ…!?なにす」
「失礼だろぃ!もういい分けてやらねー。せっかくStandseeの15個手に入るっつうのに」
「……それ、どっからだ?」
「仁王。あ、柳生だったかな」
「…なんだか柳生が不憫な気がするな」
「気のせいだろぃ?あ、あとで幸村くん達のグラス回収頼んだぜぃ」
「…なんで俺が…」


The present time,21:40




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