「…何?無くしただと?」

「いや無くしたっていうか見当たらないっていうか!」

「…たるんどる!」

「うっ…」



真田副部長の怒鳴り声が響いたのは、舞踏会開始15分前のこと。何度目だ、と説教を始める上司に縮まりながら、「でも絶対上から二段目の引き出しに入れて鍵かてあったのに…」なんて言ったらまた怒られた。なんでだよチクショー…!

舞踏会とか、城の催しがある場合、兵士は決まった腕章が義務付けられてる。なんでも催し物に便乗しての兵士成り済ましを防ぐためらしい。普段から腕章はしてるけど、舞踏会は催し物限定の特別な腕章が必要。因みに城勤め3年未満の俺は初心者マーク付き。暗に、粗相をしても大目に見てくださいっつう意味だって柳先輩に聞いた。そんな特別な腕章は兵士の規則にある通り、配布された時に鍵付きの引き出しにしまっておいたはずだった。なのに、見当たらないんだ。絶対あの引き出しにしまったのに…!副部長にバレたら怒られると思って柳先輩に泣きついたら、「兵士関係の備品は予備の管理も含め弦一郎が行っている。その備品倉庫の鍵も然りだ。赤也、弦一郎に直接報告するしか手がない」って言われて。
報告したら、これだよ。やっぱ怒られた。すみませんって謝るけど、釈然としねぇ。



「…静かにしてくれないか弦一郎。ダンスホールまで丸聞こえだ」

「む、すまん蓮二…。何か用だったか?」

「あぁ、招待客が全て揃った。門の施錠を頼みたいのだが」

「了解した。赤也、行くぞ」

「ッス!」



助かった!バインダー片手に現れた柳先輩のお陰で説教終わった!…と思ったら門へ行く道中も、門へ行ってからも色々言われてた最中、タイミング良く新たにドレスの人が到着。鍵を掛けてた副部長はそのままに、とりあえず駆け寄って招待客か訊いてみた。透明感のある水色のドレスを纏うその人は、言葉を詰まらせるだけでよくわかんなかった。
そのうちに副部長が来て、多分その人を怖がらせた(だって副部長の顔怖ぇ)。そのせいか妙な空気になってたら兵士が現れて、城内案内していった。その兵士、俺には見覚えのない顔だったけど…まぁ俺、あんま顔覚えてねぇからな。何も言わずその兵士を見ているだけだったものの、訝しげな副部長にそう言えば、ハッとした様子で、しまった、と溢した。



「仁王だったか…。赤也、後で蓮二に、また仁王が入り込んでいると伝言してくれ」

「え!?いまの人!?はぁ…また遊びに来てんスか?邪魔してくるんだよなぁ…あ、伝言了解ッス」

「あぁ。早く柳生に引き取りに来てもらわんとな」



別室で控えてるらしい柳生先輩への引き渡しが最優先だと言う真田副部長の指示に従って、柳先輩の持ち場であるダンスホールまで走った。まじ仁王先輩困る。いっつも邪魔してくるから。

廊下を抜けてダンスホールに足を踏み入れた俺が、最初に駆け寄ったのは柳先輩、じゃなくて豪華なオードブル。マジ美味そう。時間ギリギリまで腕章探してたから、腹ごしらえが出来てないんだ。…ちょっと味見くらい、とこっそりテーブルに並ぶ美味しそうなハムに手を伸ばした時。



「っわ…!」

「あ…」

「…っにしてんだよぃ赤也!」



後方不注意でぶつかってしまった。相手は、使用人の丸井先輩。床にはカクテルグラスがひとつ転がっていて、その中身は絨毯を濡らしていた。
配膳作業をしていたらしい丸井先輩は持っていたトレーで唐突に俺を殴る。いてっと思わず口から出た言葉は無視されて、もう一度トレーが飛んできた。



「いてっ!やめて下さいってば丸井先輩!」

「カクテル溢れたしグラスも欠けただろぃ!俺が怒られるんだよぃ!」

「す、すいませ…」

「それと!お前は客じゃねーだろぃ勝手に食うな!」


最後にもう一度「食うなよ!」と丸井先輩は釘をさしてからダンスホールを出ていった。それをいいことに、ハムを一枚だけつまんだら余計に腹減って。怒られたばっかだしこれ以上はダメだよな、って考えた矢先、招待客の女の人達が食べ物すすめてくる。これはよくあることで、ついそれに甘えて色々食ってたら、気付けば舞踏会始まっててもう30分くらい経っていた。
やばい、流石にやばい。慌ててフォークを返して、柳先輩の定位置、入口の扉付近まで急いだ。



こっからが、大変だった。いやこれまでも中々大変だったけど、それ以上に。

柳先輩へ伝達に行って、とりあえず敬礼してみる。次に柳先輩から真田副部長への伝言を預かって、まだ門にいるか聞いてみようとトランシーバーに手を掛けたら、今度は柳先輩のお父さん、王様の側近に捕まって。王子の側近を連れてこい、と。つまり柳先輩の事だ。基本的には立場の高い人間を優先しろと教えられてるから、柳先輩の元へ戻って伝言して…。
俺まじ忙しい。我ながら働いてるなぁとか思いながら廊下に出た瞬間、誰かとぶつかってしまった。今日二度目の相手は、さっきの兵士だった。



「仁王先輩!」

「…俺のことですか?」

「そうッス!今日は何しに来たんスか」

「仕事ですよ。それと俺は仁王じゃないですよ」



騙されねーぞ。顔が、声が違うからって。俺には通用しないッスよ!と言ってみても、仁王先輩…だと思われる兵士はキョトンとするだけ。



「…あぁ、また仁王がペテン中でしたね。さっき見たよ、俺の姿で妹案内してたの」

「え、妹?」

「そう、水色のドレスの子がね。…悪戯好きなのは変わらないなぁ。俺が城で働いてた時と」

「働いてた…?」

「あぁ、3年くらい前まで。今日は人数が足りないからって招集されたんだけど…真田は俺を忘れてたみたいですね」



あ、あれ?そうなの?仁王先輩…が化けてた、本人ってこと?ってか仁王先輩妹いたの?



「君は新入り?仕事中だったのかな」

「あ…副部長探してて」

「真田なら倉庫棟に…まだいると思う。ま、頑張って」

「…ッス!」



なんだ、いい人だった。3年前なら知らなくても当然だ、俺はまだ2年目だから。兵士の人にお礼を言って、倉庫棟へと向かった。





「―――…ククッ、相変わらず騙されやすいやつじゃ…すまんのぅ赤也。借りた“2つ”のもんは後で返すきに」



兵士のそんな呟きを、既に走り出していた俺は知らない。
気付くべきだったんだ。“副部長”で真田弦一郎を指していると伝わった時、この人が仁王先輩自身だと。副部長という間違った肩書きを俺に刷り込んだのが、他でもない仁王先輩なのだから。



***



地下1階から地上3階まである倉庫棟ってのは言わば迷路。かなりの部屋数があってそれぞれに“倉庫1”とか番号がふってあるんだけど、セキュリティ的に順番通りには並んでないらしく。だから、俺の目の前にある“倉庫8”の隣は“倉庫52”と“倉庫132”とか。意味わかんねぇここどこだよ、倉庫どんだけあんだよ。



「出口どこだよ…」



今までに一人で入って迷わなかった試しがない倉庫棟、例にならって絶賛迷子中。副部長も見当たんないし、連絡を取ろうにも持ってたはずのトランシーバーは消えてるし、出ようにも入ってきたとこすらわかんなくなって。ひたすら歩きまくって漸く見つけた扉は庭園に続くものだった。



「まじかよ…」



身長くらいの庭木が並ぶ庭園も、同じレベルで迷路だ。でも倉庫棟ん中戻っても意味ねぇし…。こうなったら、ダンスホールの灯りを頼りに城内へ戻ろう。
そう決めてからかなりの時間が過ぎて、もう俺ここで行き倒れるかもとか考え始めた頃。



「…!」



漸く庭木の高さが腰辺りの開けた場所に出た。そうしたら、バルコニーだかテラスだかが見えて、ついでに副部長の護衛対象である幸村部長まで見えた。もしかしたら副部長もいるかも。



「幸村部長ー!」



嬉しくなって名前を呼びながら手を振れば、ものすっごく引き吊った顔でこっちを見る部長。
…なんかあったのか?あ、もしかしてあの隣の女の人が問題とか。部長って招待客の女の人苦手なんだよな、押しが強くて疲れるらしい。つーことは、今もあの女の人に捕まってて困ってるのかもしれない。

そんな幸村部長の救出も兼ねて急いで近付けば、招待客の人は門で見た、仁王先輩の妹だっていう水色ドレスの人。水色ドレスの人はすごく柔らかな笑みを部長に向けてて、同じくらい優しい表情の部長。…あれ、いい雰囲気じゃね?なんて思ってたら、部長は俺の方を見て眉根を寄せた。え…なんで!?俺が問題!?





新米兵士の奮闘
部長なんで睨んでんの…?

The present time,21:16



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