The present time, 20:30



「舞踏会っていつまで行われるのかしら?」

「今日のは24時までだったかな」

「うわ、長っ。大変じゃん…」

「…ふふ」

「た、大変なもの、だわ」



円舞曲をBGMになんてことのない短い会話を繰り返す間、大分気が抜けてきたのかこんな風に何度か彼女が台詞を正すことがあった。言葉の内容は彼女のものであっても、恐らくそれを表現する口調は幾分か繕った偽物なのだろう。

数回は聞き流していたけど、あからさま過ぎる訂正に笑ってしまった俺へと笑うとこじゃないと彼女が睨むから、また笑い零れてしまって。



「ふふ、すまない。でも君、普段と口調変えているんだろう?」

「……少しだけだよ?…どうしてわかるの、人が必死に繕ってるっていうのに」

「口調なんてそうそう変えられるものじゃないからね」

「…ほんとに、そうだね…」



ため息を吐いた彼女の口調から刺々しさが抜けた。その方が自然に感じられるから、最初の頃の上からの態度はやはり演技だったのだろう。



「ところで、どうして口調を繕っていたんだい?」

「…招待客っぽさを目指したから。上から目線とちょっと尊大な態度とかも」

「ふふ、なるほど。…でも、」



ダンスホールで会った時はそうでもなかったと思い出す。彼女の言う招待客らしさを表現し出したのは、ここ、バルコニーで話を始めたてからだ。
どうして唐突にそんな態度を取ろうと考え出したのか。それを訊ねれば、唐突じゃないのと小さく首を横に降った彼女は苦笑を洩らす。



「ダンスホールに入る前からそう考えていたんだけど…ぶつかった時は動揺して。」

「ふふ、それどころじゃなかった?」

「うん」



彼女は大きく頷いて、それが失態だったと続けたけれど、その動揺のおかげで俺は君を気に留めることが出来たのだから。俺としてはその失態は存分に歓迎すべきものだったわけだけど。



「せっかくアドバイス貰ったのに、全然活かせなかったし」

「アドバイス?」

「うん。ダンスホールに入る前、赤髪の…給仕の人かな、彼が教えてくれたの。招待客の態度と口調を真似しとけって」



赤髪の給仕なんて、城中探しても一人しかいない。丸井ブン太のことだろう。
ブン太も何かに加担しているのか、それとも仁王がその場で説明して協力を仰いだのか。…そもそも、彼女が城に入り込んだその理由をまだ知らないから、加担するような“何か”が存在するのかさえ解らない。国が傾くような危険人物を、仁王が送り込むことはしないと思うけど。と言うかそうでないと困るので、希望的観測も含め彼女の侵入は大きな問題ではないとしておいた。勝手に理由を付けるなら、舞踏会に来てみたかった、とかね。……いやこの様子じゃあり得ないか。

まぁ何にせよ、もしもの時はブン太も頼れそうだ。心中で少し安心しながら、「君の口調は少し不自然だったけどね」と本音を溢せば、不満気な瞳がこちらを向いた。



「そんな不自然だった?割りと上手く真似てたつもりなんだけど」



何故か少し得意気な彼女に、まぁまぁかなと評価すれば、再び不満気な視線が送られてくる。そんな目で見られたって困るよ。俺、嘘はつけないから。



「イントネーションが不自然、語尾の付け方も無理矢理感が否めない。やっぱり、まぁまぁだね」

「…辛口」

「ふふ、毎日練習すれば上手くなるんじゃないかい?」

「上手くなっても、私に披露する場所なんて、」

「いつでも俺が聞いてあげる」



我ながら、可笑しな事を言っていると思った。

城が名指しで招待状を送る対象ではないらしい名も知らぬ少女に、また会えるかのような、そんな言い方。彼女に向ける言葉として相応しくない。そうは、思うのに。



「ついでに評価もしてあげるよ」

「えー…貴方厳しそうなんだけど」

「その方が上達は早いだろう?」

「それはあるかも。その時はお手柔らかに」



くすくすと彼女が笑う。ただの戯言だと解っているのに、約束を交わした気分になる。どこの誰とも解らない人と、もう一度会って会話が出来るような、それはただの錯覚。

俺のお気に入りの円舞曲が、バイオリンの音を最後に奏で終わった。全ての招待客を操る舞踏曲の音源、ダンスホール内の右手に視線を移せば楽譜を捲る音楽家達が目に入った。舞踏曲が一旦消えてしまう曲と曲の切れ間。彼女は冗談めかしながら「辛口の評価はいらないからね」と笑う。そして、欄干に背を預けるのを止めて姿勢を正した。
帰らないと、と言う彼女の小さな呟きは、聞こえない振りで聞き流す。



「曲が変わるよ」

「…誰かにバレる前に私、」

「皆、踊ることに夢中だよ。バルコニーに人がいることすら気付いていない」

「でも、」



もう一度会えるような錯覚は、幻想でしかないという当然の現実。俺の打開策は、彼女を引き留めることだった。

彼女と会話をすることが気に入ったんだ。その理由は、物凄く、感覚的な話だから言葉で伝えるのは難しいのだけど、言うならば…なんだか胸が躍るから、だろうか。

俺が話をする女の子と言えば、下手に出つつ押しの強い招待客の子、あるいは仕事を淡々とこなす給仕の子……どちらにせよ、誰もが一線を引いている。身内以外でこんな風に敬語もなしで、対等で話しをした女の子は初めてだったから、胸が躍るのかもしれないし、まだ俺が気付かない別の理由があるかもしれない。

引き留めたい理由は明確ではないけれど、ここで帰してはもう二度と話すことも会うこともないだろうという事実を、酷く嫌うという明確な感情はあったから。



「さっきの曲が気に入ったなら、きっと次の曲も気に入る」

「……」

「あと一曲、聴いていったらどうだい?」



俺はこうして、自己中心的な感情で彼女の危険を顧みず引き留めようとするんだ。そんなことを知る由もない彼女は逡巡した後、ならあと一曲だけ、ともう一度欄干へと背を預けた。

罪悪感が、過らない訳でもなかった。でもそれ以上に、少しの時間を手に入れたことが喜ばしくて。



「オケを生で聴けるなんて、こんな機会滅多にないもんね。…私って危機感薄いのかな」

「好きなだけ聞いていったらいいよ」

「…ふふっ、どうして貴方が許可するの?」



小さく笑った彼女は、俺の立場が一般招待客と違うだなんて、予想だにしていないのだろう。

別にそれでいい。俺の立場を知らないのなら、それで構わない。肩書きに気を取られて交わす当たり障りのない、そんな無意味な会話をしたくはないから。

俺が見てきた人間は、“王子”に焦がれているか、逆に恐れているか、大概がそのどちらかだった。
前者は、俺を使ってもっと上へのし上がろうだとか、次期王妃の座を射止めようだとかで、招待客の中でも特に上流層の人間に多い。
逆に後者は、機嫌を損ないやしないか、嫌われやしないかとびくびく接してくる、それより下の招待客や給仕などの下流層。

真逆だが、そのどちらもに共通して言えることがある。それは、俺を見てはいない、ということ。俺自身に対してではなく、俺の背景にあるものや肩書きに、期待をして焦がれ、恐ているのだ。

慣れた話だ。生まれてからずっとそうだし、両親や妹も同じこと。だからと言って、上辺だけのちやほやが嬉しいかと問われれば、全力で首を横に振らせてもらうが。

仕方のないことだとは解っているし、これは永遠続くのだと半ば諦めもある。それでいて、肩書きにしか目が行っていない女と結婚はしたくないと思っているのは、諦めが完全ではないせいだろうか。



「貴方も容姿に似合わず、意外と肝が座ってる」

「そうかい?」

「そうだよ。私に勝手な観賞の許可出して。口約束でも問題になったりするんでしょ?大丈夫なの?」

「…さあ、どうだろうね」

「……もう、」



何かあっても知らないからね。
少しだけ心配そうに笑った彼女に、何らかの可能性を見出だそうとしているのもまた。諦めが完全でなく、足掻こうとしている証拠なのかもしれない。





王子様の苦悩
君に淡い期待をかけているからやはり、諦めきれてはいないんだと思い知らされる。



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