きらきらとまばゆく光っていました

机の上に置かれた布の塊が視界に入る。一瞬首を傾げたけれど、よく見ればそれはレギュラージャージの上着だった。誰のだろうか、と考えを巡らせながらスコア表を棚にしまい、部室の中心に佇む、どこか寂しげな芥子色を見下ろす。軽くたたまれたのが少し崩れているそれは、いつもの輝きを失っている気がした。実際の芥子色よりも明るい色味とは言え彩度に欠く色彩であることは確かだけれど、いつもはもっと光を含んでいるように私の目には映るのだ。普段よりくすんで見えるのは蛍光灯のせいだろうか。日頃、陽光の元でばかり見ているから、そう見えるのだろうか。
けれど、彼の肩に靡くそれはどんな環境下だろうと不変的な光を帯びている。鉛色の空の下でも、驟雨に濡れても、霖雨の室内コートでも、光を失うことはない、と。幸村先輩の後ろ姿を思い出して無意識に頬が緩んだ。

たたみ直しておこうと手に取れば、持ち主の名前が目に入る。そう言えば先輩、今日は珍しくジャージを羽織っていなかったっけ。そう頭の隅で思い起こして、手を止めた。崩れたんじゃなくて、着る予定だったのかもしれない。寂しげな芥子色をやさしく腕に抱いて、部室を出た。

放課後の傾きかかった夕陽に触れても本物の芥子色のようで、輝きは戻らない。もしかして私の目の方が疲れているのかと、思わず目の前にジャージを広げた。私の肩幅では弛んでしまうそれは、私と先輩の体格差を浮き彫りにしているようで、なんだか訳もわからず少し心臓が疼く。


「それ、俺のかな」


ふと、後ろから私に覆い被さるようにして影が伸びてきた。緩やかな旋律のように響く声に振り向けば、その声に見合う穏やか表情の幸村先輩が立っていた。
頷きながら掲げていたジャージを下ろせば、彼は笑みを溢す。


「ふふ、日干し?」

「…勝手にすみません」

「取りに来たからちょうどよかったよ。着替えの途中で呼ばれて外に出たから、そのままだったの忘れていたんだ」

「そうだったんですか。…はい、お返しします」

「ありがとう」


どうぞと両手で差し出せば、彼はいつものように柔らかく笑って受け取った。タオルだったり、ドリンクだったり、その他の備品だったり、物を手渡すことはマネージャーとしてよくあることだ。手渡した時に指が触れることもよくある。だと言うのに、私はいつまでたっても先輩の指に触れる度、どきりとしてしまうのだ。あからさまにならない程度に素早くジャージから手を引いて、視線を下げた。

私の手を離れ彼の手に返った途端、芥子色が美しく見え思わず凝視してしまう。


「ジャージがどうかしたのかい?」

「さっきまでくすんで見えた気がして…」

「もしかして汚れているのかな。洗ったばかりだったんだけど」

「…いえ、私の気のせいみたいです。いつも通り、とても綺麗」


陽光の問題でも目の問題でもなかった。単に、誰が持つか、それだけのようだ。物質という無機物なものだからこそ、持ち手の光が宿る。幸村先輩の厳しくも美しい精神が、反射していたに過ぎなかったのだろう。

ジャージの清潔度の評価に“とても”と付けたんだと思われたようで、幸村先輩は可笑しそうに笑った。彼の腕に収まるそれも、幸村先輩に合わせて揺れる様子が楽しげだった。でももう少し、煌めかせる方法があるはずだ。


「あの、先輩」

「ん?」

「羽織ってもらっても、いいですか」


私は、何を催促してるんだ。
幸村先輩の不思議そうな藍の瞳が、私から芥子色へと移り、また私へと戻ってくる。自分の口から落ちた言葉に頭が痛くなったけれど、それが煌めかせる方法だとわかったからには定位置に収まるのを見てみたくなった。自分のお願いが随分と可笑しなものだと気づくのには時差があり、何でもないですと取り下げようとした時には、もう既に。


「これでいいのかな」


ジャージの生地特有の擦れた音を立てて、それは定位置へと収まっていた。巻き上げられた空気を揺れ伝い、彼の匂いが鼻を掠める。男の人なのにどこか甘い花のような香りと制汗剤の香料が混ざったようなそれに、どこからともなく沸き上がる熱を感じて、また心臓が拍を上げた。


「、ありがとう、ございます」

「ふふ。なんだかよくわからないけど、どういたしまして」


じゃあコートに戻るね。踵を返した先輩の肩に靡くジャージを見詰めて、あれは幸村先輩だからこその光だと改めて知った。今日も彼は、輝かしい。



きらきらとまばゆく光っていました
私が魅入られたその光は、貴方の存在そのものです。



(141211)
企画「jyo^ji」様提出

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