抱きしめてあげようね

俺の彼女と言うのは、大変に素直、ではない。と言うとあまりにも可愛いげがないので、誰か他人に彼女の性質を説明する時は決まってこう言う風に伝える事にしている。


「ちょっと強がりで、甘え下手な子」

「…それやめてってば。なんか恥ずかしいでしょ」

「なら強情で素直さの欠片もない子」

「…」

「名前はどっちがいい?」

「喧嘩売ってる?」

「ふふ、冗談だよ」


ただ、彼女本人はその説明を良しとしないらしく、どこかで俺がそんな説明をしては、どこからか嗅ぎ付けてきて口を尖らせるのだ。
せっかくのふたりきりの帰り道も、ツンと澄まして、どっちも気に入らないとそっぽを向いてしまっている。「ちゃんと前見て歩かないと危ないよ」なんて忠告も、機嫌を損ねてしまっていては聞き入れてもらえない。並んで歩く名前の顔は海へと向けられていた。


「…そんな風に言うから、私が友達にからかわれるんだよ」

「まさに君を表してる、って?」

「……それも言われるけど私は認めてない」

「ふふ。他にも何か言われるんだ?」

「そう」


からかわれてばっかりなの。とようやくこちらを向いた顔は随分と恨めしそうだった。その表情に思わず笑ってしまえば、その様はいっそう不機嫌なものになる、かと思えば名前はまだ何か言いたそうにじっとこちらを見詰めた。


「何だい」

「…なんだと思うの」

「何だろうね」

「…なによ、その考える気のない返事は。」


彼女が少し言いづらそうに目で訴えかける時は、大概照れを含んでいる。そうとわかっているからこそ、つい下手な考える素振りをみせつつからかってしまうんだ。
あぁ、もう。と、呆れた様子で再び海を見詰め始めた名前の手を掠め取る。途端に、宙をふらふらとさ迷っているだけだったその手に芯が通るのを感じた。甘え下手な彼女は、単純な照れ屋であるとも言えるだろう。
どことなく赤い頬を横目に見ながら、彼女の言わんとしたことを思索する。これ以上放っておいたら不満と照れがない交ぜになった名前に手を振りほどかれかねないから。


「前にも言っていたよね、からかわれたって。」

「…そうだっけ」

「うん」


多分、答えは簡単だ。彼女のこの訴えは、2度目なのだから。
名前と付き合って半年は経つ。だと言うのに未だに手を繋げば緊張が伝わってくるし、手を繋ぐ以上のことはしたことがない。進展がないのには理由がある。甘え下手、そして照れ屋と言うのは、所謂な良い雰囲気なんて空気が流れれば逃げ出す傾向にある。少なくとも俺の彼女はそうであって、それは拒否に等しい。それだけ聞けば嫌がられてるとしか思えなくとも、恥ずかしくなるとその場に留まっていられない、なんて可愛らしい理由を聞いてしまえば、彼女が逃げ出さない時を俺は待つ他ないだろう。
その時と言うのが、今みたいな時なのだ。前に言っていたのは「そんなんじゃ手すら繋いだことないでしょ、って。友達のくせにニヤニヤしながら見下すんだから。」と小声で伝えられたのがその時だった。だからこうして手も繋げるようになった訳で。クラスの違う名前の話を聞く限りでは、友人達にからかわれていると言うよりも、照れ屋で歩み寄りがゆっくりな彼女の焦りを引き起こさせる要因を作られているようにしか思えない。お節介であり、よく彼女の事を理解した友人達だと、密かに微笑ましく思っていることは口が裂けても言えないけれど。


「いつになったらキスするの、とでも言われた?」

「な、ばっ…そ、そんなこと言われてない」

「じゃあ」

「…どうせぎゅってしてもらう幸福感を知らないんでしょー、って言われただけ」

「…」


焦燥感に煽られた名前がこうして遠回りに俺へとそれを求める。もしかしたら、名前の友人達にからかわれているのは俺の方なのかもしれないと、今日初めて思った。




君の回りくどいお願いを、俺が是非も考えず叶えるのが当たり前になったのは、いつからだっただろうか。




「ほら、名前」

「な、なに」

「おいでよ」


足を止めて、繋いだ手をそのままに彼女の腕を引く。こちらへ向き直る形になった名前へ空いている方の腕伸ばしてみるけれど、もう短い付き合いでもない。彼女が素直に寄って来るなんて、はなから思ってもいなかった。


「……別にいい」

「言うと思った」

「…催促したわけじゃないもん。早く帰ろ」


俺の返事を待たないまま、そそくさと背を向けた彼女だけど、言葉は口ばかりでしかない。俺が歩みを寄せて名前の背後から腕を回しても、彼女の足は、まだ止まったままだった。



(151003)
企画「Ash.」様提出

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