真表にある深層

自身を評するにあたって、派手か地味かと問われたならば、間違っても派手だなんて言えない。地味だと自称するほどだとは思っていないけれど、その2択となれば派手を選べる部類ではないことは確かだった。

普通、というのは何とも不明確な表現だけれど、その不明確さが私にぴったりだということはつまり私は、普通だということだ。
成績は悪くはなく、真ん中よりほんの少し上目で、だけれど先生曰く、「下に僅差で詰まっているだけの順位」だそうだ。確かに、点数のわりには順位がいい。保体の体育だけを科目から切り取ってみても、運動部の強い立海らしく際立って運動神経のいい生徒が多い中、100メートル走のタイムがクラスで下から数えた方が早いということもなく。これもまた中間で、こちらはわかりやすく僅差で下に詰まっているのがタイムからしてわかる。容姿もまたしかりで、クラスでかわいい子に名前が上がるわけがないのは重々承知、かといって見れないほどの不細工だとは思っていないのが正直な所である。それこそ、特別可愛くはないけれど、特別不細工でもない、なんて日本人らしい中流意識か無自覚に芽生える女としての自惚れか、その辺は曖昧な普通で落ち着けている。


「おはよう、みょうじさん」

「…おはよう」


自他ともに認める普通な私でも、運は普通でないという認識が拡がったのは1週間前にあった席替えからだった。いや、それ以前にも、“彼”と同じクラスになった時点で仲のいい友達の間では運の良さを羨ましがられていたわけだけど、他クラスの“彼”のファンからみたら運が良いと言われる同じクラスの子達にまで羨ましがられる結果となった、この席替え。
私の席は窓際から2列目、1番後ろの席だ。確かに中々のポジションであるけれど、羨ましがられるのはこの位置ではなく、私の左隣にあった。つまり窓際の1番後ろの席。これは最高のポジションと言える。しかしその席は別に羨ましがられていない。その席に座る彼の隣が最高の位置なのだからきっと、彼が中央の最前列だったとしたらその隣である位置が羨ましがられるのだ。それが例え、常に目の前を教師が仁王立ちしているような、指名率もおのずと上がる地獄の席であっても、だ。


「部活に顔出すと、つい口も出ちゃうね」

「抜けきらないんだね」

「ふふ、そうみたいだ」


私の運を普通以上の認識に引き上げた彼、幸村くんは今日も引退した部活の朝練に顔を出してから教室へとやって来たそうだ。私が訊ねた訳ではない。彼が勝手に話して教えてくれただけ。…そう、別にお喋りだと言う噂も認識も持たれていないはずの幸村くんは案外話しかけてくる。少なくとも、自席に着いた幸村くんは必ず「おはよう」と挨拶、帰りは私が席を立てば必ず「またね」と挨拶。礼儀の一貫と言えばそうかもしれない。しかし私の右隣の男子はそんなことしないし、この3年間そんな男子にあったことがない。今までの幸村くんが常に挨拶をする人だったのかは彼に特別な注目をしていなかった私にはわからなかった。

誰か、過去に彼の隣を務めたクラスメイトに聞こうにも、なんだか聞き辛い。自慢?と嫉妬に満ちた目で見られるのは御免だ。…そこが問題でもある。単に挨拶を欠かさない人だと思うくらいなら簡単に聞けるし、そもそも訊ねようとも思わないかもしれない。
しかし。しかし、だ。


「今日って確か、1限目自習だったよね」

「うん、多分」

「じゃあ少し、みょうじさんと話せるね」

「え」

「ふふ、なんて、邪魔したら駄目だよね」

「あ、いや」


いくら礼儀正しくても、こんな親しげに言葉をかける意味はないはずだ。距離感が上手く測れない私はいつも言葉に詰まってしまう。

誰だって目が合えば挨拶くらいするだろけど、例えば誰かと話していた時にわざわざ会話を中断してまで「また明日ね、みょうじさん」なんて声をかけるだろうか。私だったら友達と話している時に幸村くんが帰ろうとしても、声はかけない。

幸村くんの態度がいやに好意的だと感じるのは、自惚れだろうか。自惚れると言うことは、私にそんな願望があるということだけれど、それは心当たりがない。
隣の人以上でなくていい。仲良いね、だなんて言われなくていいと思っているのに。

彼が嫌いとかではなくて、目立つということに私はなんとなく苦手意識がある。自分が目立つことは勿論、注目されている人も、なんとなく苦手。理由としては自分との距離を感じるからどう対応したらいいかわからないと言うのが大きいんだけれど、今の幸村くんに限っては自分の思った距離感よりはるかに近くて対応の仕方がわからない。「みょうじさんと話せるね」と言われてどう受け取ったらいいんだろうか。からかわれた?だとしてもそんな冗談を言い合う仲だなんて認識は私にないのだけれど。


「困らせちゃったかな」

「…授業中は、静かにしてた方がいいかもね。自習でも」

「ふふ、そうだね」


相手との距離感が測れない会話と言うのはなんとも疲れる。出来れば彼とはあまり会話をしたくはない。重ねて言うようだけれど、別に嫌いなんじゃない。でもしたくないのは、例えば、ここで終わるかと思った会話が、こんな風に続くからだ。


「なんだかみょうじさんのこと、困らせてみたくなっちゃうんだよね」

「…、」

「ふふ、ごめん。こうやって言うのも、困ることわかってて言ってる」


わかるだろうか、私が逃げ出したくなる理由が。いやむしろ、逃げているのに逃げられていないこの感じが。

私が逃げ腰なのに対して、幸村くんは引こうとしない。それどころか1歩退けば、1歩詰められるような気さえする。いつまで経っても距離感が掴めない理由は、ここにあるのだと思う。私は下がっているのに、縮まる距離。このややこしさが理由というか、原因だ。幸村くんに対面しながら後退する私と、私に向き合いながら前進する幸村くん。どちらの1歩が簡単かというと、実際体を動かして物理的にやってみればよくわかる。後ろへ下がるというのは案外難しく、かつ前への1歩よりも小さい。このペースで同じ数だけ足を動かしたとしたら、最終的にはゼロ距離になると思うんだけれど、それはどういう意味だろうか。どういうつもりなんだろうか。


「…ちょっとよくわかんないや」


考えたってわからないというのが毎回の結論だ。
普通でない人の思考なんて、普通の私にわかるわけがない。そして理解も示さず躱すのが常であるのだけれど、ここまで明らかに身を翻したのは初めてかもしれない。

逃げるように教室の時計へと視線をやった。あと1分で担任がやって来るはずだ。早くHRが始まってくれれば、とりあえずこの会話からは回避出来る。けれども、あと1分ということは、まだ1分は彼に捕まっているということだ。


「ふふ、すぐそうやって俺から逃げようとするんだから」


この1分が問題だった。今までにない返しに、思わず幸村くんを凝視してしまう。彼を躱していることも、私が逃げ腰なのも見透かされているらしい言葉には、返す言葉も浮かばない。こんな直球に、まるで捕らえたいとでも言うような台詞を投げ掛けられる意図がわからないと感じる反面、ぐわりと首から昇る熱は、どこか無意識で言葉の意味を感じている証拠だろうか。

私は今、どんな顔をしているだろうか。単に驚いた顔?もしかして嫌そうなのが表面化している?それとも、複雑な表情には赤みが帯びているのだろうか。それはきっと、可愛くないに違いない。そう思えば、顔を伏せずにはいられなかった。しかしここで黙っていては逃げてることを肯定するようなものだ。何より黙っていては、何故だか沸き上がってくる熱を拡散することが困難である。むしろ溜め込む一方だろうと、何かを言わなければと口を閉じては開くを繰り返した私を見て吹き出した幸村くん。

『困ることわかってて言ってる』

脳内でリフレインした先の台詞にハッとした私へと、彼は肯定を示すかのように、小さく笑ってみせた。

私は随分とタチの悪い人の隣を引き当てたようだ。これでは、普通ばかりの私でも運だけは普通でないという認識も否定できないのかもしれない。




「ふふ、冗談だよ」
私の数秒の沈黙を彼は笑った。これは単なるからかいなのか、それとも別の意味合いも含むのか。しかしからかわれる理由も、勿論別の意味合いを含まれる理由も心当たりなどない。
「…でも避けられてるのは、少し感じてるけどね」
「…追われたら逃げるのが人の心理だと思うけど」
「これは肯定されてしまったのかな」
「え、あ…そういうつもりじゃ、」
「…ふふ」
「……幸村くんって本当によくわかんない」
「俺と向き合えばわかるだろうね」
否定も肯定もしない幸村くんは小さく、「…みょうじさんは常に横向いてるから」なんて独り言ちた。それを聞こえない振りで聞き流すあたり、彼の言葉は図星でしかない。私が後ろに視線を送りつつ後退するのを止めて正面を向かない限り、彼の真意は測れそうになかった。



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Thanks 100000hitフリリク|ゆにか様
追っかけられると言うか、単にぐいぐい来る幸村くんになってる気がします、すみません…追うのも逃げるのもすごくジリジリしてる…。ぼやっとした終わりですが、幸村くんは好意を持っていなければ迫ってこないのは確かです。と言う補足がないと分かりづらい上、リクエストから逸れた感が否めませんが、いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。リクエストありがとうございました!

15.07.13 迅樹

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