「う、ぉっ!?」 私の女らしからぬ叫びと、ドサドサと本が落ちる音が図書準備室に響く。その音に今まで背を向けて作業をしていた幸村くんがこちらを振り返った。 「…ねぇ、何今の声と音」 「……ちょっと事故が…」 「そう。大惨事だね」 「………」 彼の言う通り、大惨事だ。 精一杯背伸びして手を伸ばしても、届くかギリギリの高さにある本が取りたくて、勢いに任せてジャンプ!そうしたら不必要な本まで取って…いや、正確には落としてしまった。結果、片付きかかった図書準備室に再び本が散らばる。 「まったく…。何してるの?」 「本が取りたかったの…」 「届かないなら届かないって言えばいいのに」 「と、届いたよ!…一応」 無駄な虚勢を張ってみたけど、これは完全な嘘になる。あれは届かなかった。特別背が低いわけでもないけれど、あの高さは無理があった。そんな私を見て、幸村くんは意地悪そうに口元を歪めた。 「…あぁ、そうか。今落ちた本、全部取りたかったんだ?じゃあ大成功だね」 「う…」 「それにしても落とすなんて取り方荒っぽいんじゃないか?本傷むよ」 「………」 そんな言い方、意地悪すぎる。あぁ、もう、負けた。なんだか妙な敗北感がある。わざと言ってる、全部わかった上で言ってる幸村くん。だってほら、笑顔が綺麗過ぎて嘘っぽいっていうか、なんていうか。 「…で、どうしたかったの?その本たち」 「場所違ったから移動させたくて…」 「それ全部、って訳じゃないだろう?」 「…これ1冊」 「じゃあ他のは元に戻さないとダメだよね?」 「そう、だね…」 「届くの?」 届く、わけがないのだ。届いてたらこの本たちは落下しなかったと思う。大切な学校の所蔵本たち、ごめんなさい。と心中で謝っていれば、ほらどいて、と幸村くんは床に散らばった本を拾い上げた。 「俺がやるから」 「あ…ごめん…と、ありがと」 幸村くんは私に呆れた様に笑って、本を元の位置に戻していく。意地悪なのか優しいのか、どっちかにして欲しい。私の頭も心も混乱するから。 05.甘えの上限 (度を超すと) (危険なだけなの) 作業も中盤に差し掛かった頃。ふと、由羅のことを思い出した。流れで図書準備室まで来てしまったから、通例でいったらきっと由羅が探しているはずだ。何してるの私、あれからどのくらい経ったっけ?20分は経ってるよね。慌てて携帯を確認してみると、着信とメールが2件ずつ。気付かなかった…。 「…っごめん由羅っ!」 どこにいるの、とシンプルながらも感情が伝わってくる由羅からのメールを開きながら、携帯か、本棚か、何に向かってか。申し訳なくてつい口から謝罪の言葉が出ていた。はたから見れば今の私は相当不審かもしれない、何を思ってか今いない人物に謝るなんて。自分でも不審だったと思うこの行為に、何も知らない幸村くんは当然の如く不思議そう…というか怪訝そうな、でもどこか哀れみを含んだ視線を私に向ける。その目やめて。 「ご、ごめん。不審だったよね…」 「うん」 肯定されるだろうとは思っていた。けれど、そんな素直に即答されるとは考えていなかったから、若干面食らって言葉が出てこなかった。そんな私を知ってか知らずか、幸村くんは、どうかしたのかい?と問い掛けてくる。 「あ…えっと、由羅の事忘れてて」 「長瀬?」 「うん、今日も教室で待ってて…」 私が由羅を教室で待つのはいつものことだから、幸村くんはすぐに納得した様子を。そして、小さく笑いだす。 「…なんで笑うかな」 「気付くの遅すぎなんじゃないかい?」 「え、幸村くん気付いてたの!?」 「紫音が忘れているのに俺が長瀬を脳内に留めてると思うかい?」 「あはは…そうだね…。ごめん。…あ、早く由羅に連絡しないと…!」 「いや、その必要はないと思うよ」 「え?」 なんで、と問い返す前に苦笑気味に幸村くんは私の後ろを指さす。私の後方――ちょうど出入口にあたる場所に視線をやれば、うっすら笑顔を浮かべた我が友人。この笑顔に幸村くんと似たところを感じたのは、きっと気のせい、だよね。 「ごごごめん由羅!」 「いいよ」 「え…」 さすがに呆気なさすぎなんじゃないだろうか。すごい剣幕で怒られるより、先程の笑顔と合わせてもこれはこれで怖いものがある。気にしないで、と笑う友人にこれ以上なんと言うべきか悩んでいたら、幸村くんに先をこされてしまった。 「それにしてもよくここがわかったね」 「色々探したんだけどね」 「…ごめん」 「いいって。掃除当番が見てたみたいなんだよね、幸村が紫音を拉致る犯行現場を。」 「人を犯罪者みたいに言わないでくれるかい?ちゃんと紫音の許可取ったよ」 「私、了承したっけ…」 「したじゃないか、うんって。」 「…いやあれは間違いで、」 「え?」 「しました」 負けた。1日に何度敗北するんだろうか。溜め息まじりの苦笑が聞こえて由羅を見やれば、鞄を肩にかけ直していた。 「もーイチャつくなっつうの。紫音、まだ終わりそうもないし、あたし先帰るわ」 「あ、うん。わかった。ごめんね」 「いいってば。…あと幸村」 由羅が扉に手を掛けた時、思い出した様にこちらを振り返った。幸村くんが軽く首を傾げれば、由羅はにやりと口角を上げて、私を指す。 「どーせ遅くなるんだから、ちゃんと家まで送り届けてよね」 「言われなくても」 「あっそ。紫音、また明日ね」 「あ…、バイバイ」 手を振りながら図書準備室から出ていった由羅によって、なんだか勝手な約束が成された気がする。 再びふたりだけとなったこの空間に、自然と沈黙が訪れる。そっと彼を見やれば、未だに扉に視線を向けているだけで、特に変わりは無いわけで。 「あの、幸村くん…?」 「ん?」 「えっと…さっきの…」 「ああ、送るよ?紫音の家まで」 冗談じゃ無かったんだ。売り言葉に買い言葉、かと思ったけどそうでもないらしい。 「家まではいいよ。遠回りになるでしょ?」 「紫音、俺の家の場所知ってたの?」 「ううん。由羅と家近いって聞いたけど…」 「あぁ、そうか。まぁ家まで送らない理由にはならない」 幸村くんの家…は知らないけど、由羅の家の方向は電車通学。徒歩圏である私の家を通ってから駅に向うと、迂回する形になる…けどそれは理由にならないらしい。でも送ってもらえるのは、はっきり言ってかなり嬉しい。だからそれ事態を断るような事は言えなかったのだけど。 「時間も時間だしね。家まで送るよ」 「…でも、」 「そんなに嫌?死ぬほど嫌なのかい?」 「え!?」 「そうだって言うなら…強制は出来ない、な」 「……その言い方ずるくない?」 「ふふ、さあ?」 そんなわかりきった顔で首を傾げられても困る。彼の、どうする?という質問に、最早選択肢は無いに等しい。嫌って言ってまで断る理由なんてない、そもそも断りたい訳ではない。けれど、可愛く甘える事なんて私には不可能なのだ。送ると言ってくれた時点で、はいお願いしますなんて即答出来るような女の子らしさは備わっていないし、そもそもそんな、甘えていいような関係では、ないのだろうから。それと、理由はもう1つ。 「…じゃあ、送ってくれる?」 「ふふ、もちろん」 甘えてしまうと、私の現在形の想いを見せるような気がして。そう思ったら、あたかもその気がないような言葉が口をついてしまう。でもきっと、それは無意味なカモフラージュだ。幸村くんはそれを全て承知の上で会話を進めていく。想いは知られていなくても、建前の遠慮はきっと見破られていて、上手く―――私が望むように運んでくれる。 嗚呼、私、充分甘えてる。彼の優しさを、良いように利用している。こんなんなら、見えきった媚びるような甘え方のほうが、まだ可愛げがある。これではまるで。 「そっち手伝うよ。こっち終わったし、早く紫音送って行かないとね」 「…うん、ありがとう」 優しい笑みに、私も同じように笑い返した。 甘えは度を超えると言葉が変わる。離れられなくなってしまうとわかってはいるのに。どうしても、彼のそんな優しさに、彼自身に、依存してるんだ。 10.03.11 13.03.05(加筆修正) (back) |