real intention | ナノ

今日の歴史の授業は特に書くことが多いようで、黒板とチョークがぶつかる音がずっと響いている。そんな状況の中、いつまでも顔を隠して机に突っ伏してる訳にもいかない。幸村くんと視線が重なって5分。ようやく上がった心拍数が落ち着いてきた。1度、軽く深呼吸をしてから止めていた手を動かして、ノートに文字を書く作業を再開。…深呼吸をした時に、横から小さな笑い声が聞こえたのは、空耳にしておこう。


03.素直に言葉を
(伝えられればいいのに、なんて)





「今日はここまでだ。ノートとっとけよー」


授業時間が残り10分を切ったというところで、間延びした声で先生がそう告げた。この言葉のあとは、授業には全く関係のない話をチャイムが鳴るまでひたすらするというのが、この日本史の先生の特徴である。
暫くすれば殆どの生徒がノートを書き終え、顔を上げて先生の話を聞きながら突っ込んだりして笑っている。私も少し遅れてシャーペンを置けば、ふと手持ちぶさたになって、無意識に私が取った行動は再び彼を盗み見ることだった。こんなだからさっきみたいな事が起こるんだ、無意識的な自分が怖い。
幸いに彼は気付いていないようで、先ほどのようなことは起こらなかった。それをいいことに見ることを続行。ノートは閉じているけれどまだ彼の手動いていた。いつしか今日のページとは違うページを開いていて、“真田幸村”の“真田”の部分だけを塗りつぶすという、なんとも変わった事をしていた。


「あの…幸村くん、何してるの?」

「真田に呪いかけてるんだよ」

「ちょ、こわっ」

「ふふ、冗談だよ」

「全然冗談に聞こえないんだけど」

「ふふ」

「笑い事じゃないって」

「だって今日、朝練に少し遅れただけなの真田が怒るんだ」

「それは仕方ないんじゃ…」

「でもたった3分だし、朝練って言っても俺達は監督しに行くだけなのにさ。真田頭堅すぎ」


あいつ顔だけじゃなくて脳内まで老けてる。真顔でそう言った幸村くんの言葉に思わず吹いてしまった。ごめんね真田くん。


「あ、笑った」

「幸村くんが変な事言うから」

「事実だよ。たった3分で真田がうるさいから」

「…でも幸村くんが遅刻って珍しいね」

「電車とタイミングがずれたんだ」

「あるね、それ」

「なのにうるさくてさ」


少しムッとした表情を見せて、未だに“真田”の部分を塗りつぶしている彼は、これが私の教科書だと覚えておいでだろうか。
もう“真田幸村”が“幸村”だけになっちゃってる。呪いかけられてるの真田くんだけじゃなくて、ある意味私もなんじゃないかと思わされる。そんな私の心境をよそに幸村くんは手を動かしている。

呪いとか言ってる事は怖いけれど、ちょっと怒られたからなんて子供っぽい理由とか塗りつぶすとか、なんか可愛くみえてくる。気がすんだのか、今ちゃんと消してるから“真田”の部分だけ灰色がかってるけど一応読める状態まで戻った。
容姿や普段の言動は同級生とは思えないほど大人っぽい彼なのに、時折子供っぽいところを最近見ることが増えた気がする。それ以前にもあったけど、その時はいつもテニス部の皆が一緒の時で、2人で話しててよく見るようになったのはここ最近の話だ。
彼のそんなギャップが可笑しくて少し笑いをこぼしてしまったら、怪訝そうな幸村くんと目が合った。


「何笑ってるの?」

「あはは、ごめん。なんか…」

「なんか、なに?そこで止めないでくれるかな。気になる」

「…なんか、可愛いなって」

「…は?何が?」

「幸村くんが」


私がそう答えると、幸村くんは少し嫌そうで困った表情を見せて言葉を詰まらせた。
私が先に黙ってしまうことが多いから、こんな彼を見れるのは稀だ。


「…今の流でどうしてそうなるのかな」

「貴重な一面だったから…?」

「ふふ、疑問系?…どんなとこ?」

「えっと…きっとテニス部の人皆くらいしか見たことないようなとこ、かな」

「…どうしてそう思うの?」

「多分、幸村くんが心許してる相手しか見たことないかなって」

「…自分ではそんなつもりないけど…言われればそんな気もしなくはない、のかな」


全ての人がそうだとは言わないけれど、人が人と関わる時、隠さないで関わる相手なんて限られていると思う。それは無意識的なガードで、当たり前な事でもある。
幸村くんの場合、ガードを張らないその相手はうるさがってる真田くんも含め、学校ではテニス部の面々くらいかなって私は見ていて思うのだ。まぁもちろん、私が知ってる範囲での話だけど。


「…じゃあ、」

「?」

「紫音もその相手の中に入っているのかな」

「、え?」

「俺は意識的にそうしてる訳じゃないけど、紫音は見ててそう思うんだろ?それって、」


両方見てないとわからないんじゃないかな。そう付け足して、彼はふわりと笑った。いつもの如く、綺麗に笑うから思わず見とれてしまいそうになる。彼の言葉に思わず緩みかける頬と早まりだす鼓動を抑さえ込むように急いで会話を繋ぐ。


「え…っとそれはわかんないよ?私が勝手に思った事だし…」

「何、嫌なのかい?その相手の中に入っているのが」

「そ、そうじゃなくて!」

「ふふ、なら良かった」

「、」


私が言葉を返す前にチャイムが鳴って、先生が号令を促す。そのまま4時間目は終了した。その後すぐに、幸村くんは切原くんに呼ばれて、私に、教科書ありがとう、そう言ってお弁当を持って教室を出ていった。

チャイムが鳴って助かった。
考えたって返すような言葉はなくて、気持ちをそのまま言えば、嬉しい。幸村くん本人が意識的じゃないって言ってるから確信があるような事じゃない、けど。私は嬉しくて仕方がなかった。彼がどう思ってるかなんて関係なしに、もっと素直に、嬉しいとかありがとうとか、そんな本音が伝えられればよかったのに。





09.XX.XX
13.01.20(加筆修正)
   
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