私には彼氏がいます。 正確に言うと1ヶ月ほど前に出来きたんだけど、私から告白して初彼だったり。容姿端麗、彼はそんな言葉がぴったりで、頭もよくて優しくてかっこよくて女の子達からの人気も高くて信頼もされてて、と。言い出したらきりがないくらい色んな意味で凄くて、良いイメージを周りから持たれている人。私も、そんなイメージを彼に持っていた。 そんな人が私の彼氏なのだ。けれど、 「紫音、飲む物買ってきて」 「え、なんで私…」 「なんか面倒なんだよね」 「………」 「だからよろしくね」 こんなに柔かな笑みに圧力が見え隠れするイメージは、彼になかった。告白した当初と比べると、だいぶ人が違うように感じる今日この頃。それでも私は彼が好きだし、周りからも普通の恋人同士に見えているだろう。 でも実際は、相思相愛の関係性かと問われると、私には答え難い。だって私は好いていても、幸村くんがどう思っているかはわからないのだから。 01.聞けない (まだ、このままで) 「パックのでいいからさ」 「…なら牛乳でいいかな」 「え?」 「…なんでもない」 午前の授業を終えて、ようやく訪れた昼休み。飲む物買ってこいとか言うからちょっとした反抗心で牛乳なんて言ってみたけど、何聞こえない的な笑顔で返され、敢えなく撃沈。 ほら早く、って笑顔のまま100円玉を差し出してくる幸村くん。そんな彼に勝てるはずもなく、そのお金を握りしめ自販機までの道のりを疾走する。その道中、廊下で真田くんに怒られて、それをたまたま近くにいた友達の志麻ちゃんに笑われた。全部幸村くんのせいにしてやる。 本当にパック牛乳でも買ってやろうかと思ってお金を投入してみたものの…幸村くんに仕返しなんて、やめておこう。8番に伸ばしかけた手を引いて、お茶の番号を確認した時。 突如後ろから伸びてきた手が、自販機の8番を押した。つまりそれは、牛乳である。 「やっほ、紫音」 「ちょっと由羅!なんて事してくれるの」 振り向けば、満面の笑みをたたえた我が友、長瀬由羅の姿。購買で買ってきたであろうパンを抱えていた。 「紫音をパシらせる幸村なんか牛乳で充分」 なぜわかる。言わずとパシりだとわかって貰えるとかいらない。 由羅は当たり前のように出てきてしまった牛乳を自販機の口から取り出して、呆然としていた私の手を引いて教室に向かう。さっき幸村くんに牛乳拒否られたんだけど…どうするの。 ***** 「ほらよ、幸村」 「…なんで牛乳、なんで長瀬」 「紫音をパシらせる幸村には牛乳でいいって神の囁きが聞こえたからあたしが代わりに天罰を」 「…馬鹿なのかい?」 「あぁ?」 笑顔のまま不機嫌な幸村くんも、綺麗系の顔でガラの悪い返事をする由羅も、両者揃って恐ろしい。このふたりはあんまり仲が宜しくないけれど、小学校からの知り合いらしく、高学年からクラスがずっと一緒だったらしい(今年は違うけど)。現在は何故か由羅が敵意剥き出し状態で、幸村くんも幸村くんで由羅を煽るから困ったものだ。 そんなふたりを宥めていれば、廊下から由羅を呼ぶ声が聞こた。 「ほら長瀬、呼んでるよ。はやく行けば?」 「言われなくても。じゃ紫音またあとでね!」 「あ、うん」 大きく手を振りながら教室を出ていった由羅は、私の机に牛乳を残していった。 「相変わらず迷惑なやつだなあ」 時間が減ったと幸村くんはため息をつきながら開いたままだったお弁当に箸をつけ始めた。私もあらかじめ机の上に置いといたお弁当の蓋に手をかける前に、気になるこれを彼へと差し出す。 「幸村くん、牛乳」 「いらないよ」 「…ですよね」 「だから紫音にあげるよ」 そう言った彼によって、牛乳は私へと差し出された。私もあえてはいらないです。 「幸村くんのお金だし、それに飲む物ないでしょ?」 「じゃあ奢ってあげるから、お茶ちょっとちょうだい」 「え、」 こちらの返答を待たずして、私の鞄へ勝手にパック牛乳を突っ込んだ幸村くんは、これまた勝手に私のペットボトルのお茶を飲む。それ飲みかけなんだけど…って気にするのはきっと私だけ。しかもまたまた勝手に卵焼きをひときれ、口に運ぶ。 「あ、私の卵焼き!なんで食べるの」 「目についたから」 「……。じゃあお味は?」 「んー…少し固い」 まぁ、普通かな。と微笑まれた。理不尽な理由には慣れて感想を求めれば、普通って。そんな笑顔でそんな微妙な評価。そこは自分から勝手に食べたんだからお世辞でも美味しいって言う所なんじゃないの。なんて、幸村くんにそんな事求める方が間違っているのだろう。笑えないのも含め冗談はしょっちゅう言うけど、嘘は言わないから。 でも私が聞きたい本当の事とかは逆に言ってくれないのが彼だ。例えば、私の事どう思ってるか、とか。 幸村くんが立海ではかなりの有名人だから、形上は彼氏彼女として校内でも知られていて、よく羨望の眼差しも受ける。だが実際は、3週間前の会話から、彼との関係性はあやふやなのだ。 私が告白した時は、まだ彼をイメージで見ていて、本質的な部分は知らなかった。でもそんなイメージは、付き合って数日で崩れ去ったいた。それは私にとっては大きな問題ではなかったのだけれど、イメージが崩れた、なんて会話を幸村くんにした時。彼は唐突に、なら別れるかと、悪戯っぽく笑ったんだ。あたかもどっちでもいいといった様子に取れたのは、その笑みのせい。委ねられた選択に、私は別れないって、気づいたら意地になって答えてた。 最初は意地だけだったんだと思う。好きとかそんな感情吹っ飛ばして。 なのに、やっぱり私は彼が好きだったみたいで。今では私が一方的に惚れてる感じになってしまった訳だ。 だから、彼、幸村くんがどう思っているのかなんて全然わからないし、見当もつかない。告白して付き合ってくれたのも彼の気まぐれかも知れないし、意地を張って別れないって言ったのを面白く思って今も付き合ってくれてるだけかも知れない。 「…ねぇ、幸村くん」 「何?」 聞けば、私の望む返答じゃなくても何かは言ってくれるのかもしれない。 「…なんでもない」 「ふふ、変なの」 でもそうしないのは、もう少しだけ、こんな曖昧でも一緒に居たいから。 09.09.14 13.01.11(加筆修正) (back) |