授業そっちのけで幸村くんへ伝えてたい事をまとめていた結果、ノートを見直しても全く内容が理解出来ない。 あぁ、やってしまったなぁとノートを机にしまいながら苦笑できるくらいには、気分はだいぶ回復していた。 誤解を解くことが必須。それと、気持ちを伝え直したい、という結論に収まった。学校帰りに話せればいいかな、でも今日は…避けたい。2度目の告白なんて、まだ心の準備が出来てない。切り出し方は、直球勝負だと開き直りに成功したので、5時間目が終わってすぐに幸村くんへ声を掛けた。 13.制止を求むは (それは一体、) (何に対しての) 心なしか笑みを含む声音で、もう復活したのかい?と言いながら、幸村くんは私を振り返った。 心配、かけたのかな。そうだったら不謹慎だとは理解しつつ、ちょっと嬉しいなんて思ってしまう。けど復活って。まぁあながち間違いでもないから頷いておけば、ふふ、と彼は小さく笑った。 「あの、部活に顔出さない日ってある?」 「部活?今日から3日間は見に行かないけど」 「3日も?珍しいね」 「親戚の子を預かっててさ。早く帰ってくる様に言われてるんだ。大方子守りなんだろうけどね」 「こ、こもり…?」 「うん、遊び相手かな。女の子だから妹の方が適役なんだろうけど、それこそ部活があるからね」 幸村くんが子供の面倒をみるってちょっと想像出来ない。でも元々兄妹がいるそうだからそんなに不思議でもないのかな。小さい子の相手をしてる幸村くん、見てみたい光景かも。なんて本題と関係ないことを思いながら、本題について考える。 そんなに長時間になるような話をするつもりはない。それどころか、簡潔に短く纏めて話せればと思っている。改まるのは私が緊張して話せそうにないから。それでも用がある日に話をするのは悪いよね。 「4日後は予定、ある?」 「いや。ないよ」 「なら4日後でいいんだけど」 「ふふ、デートのお誘い?」 「えっ?あ…いや、えっと、あの」 「あははっ、違うならそう言えばいいのに…ふふっ」 予期しなかった切り返しに、冗談だとわかっていても狼狽えてしまう。私の様子に幸村くんがけたけたと笑うものだから、近場のクラスメイトが何事かとこちらを向いた。その視線の居心地の悪さに、「すごく見られてるんだけど!」と言いながら幸村くんの名前を呼べば、あぁごめん、とさして気にした様子も彼はなく笑いを収めた。…やっぱり見られるということには慣れているせいか、その点はさすがである。 「紫音がちゃんと否定してくれないと図星なのかと思うんだけどなぁ」 …またからかわれてる。 なんとか動揺を抑え込んでも、返答には詰まった。お誘いであることには変わりはないから、図星といえば、そうなのかもしれない。でも彼は勿論、冗談のつもりだ。デートではないにしろ、私から誘うだなんてことがあり得るとは思ってないだろうから。 「デートじゃ、ないけど…その、一緒に帰ろうっていう、お誘いなんだけど」 「…えっ?」 帰ることに限らず、私から何かを提案するのは恐らく初めて。驚くだろうかと予想した通り、案の定幸村くんは、珍しいなと数回瞬きを繰り返していた。 その様子に少し不安になる。断られるというケースは考えてなかった。 「…ダメかな?」 「まさか、いいよ。…でもなんで4日後?」 不安とは裏腹に、幸村くんは快諾してくれた。「帰るだけなら別に今日でも構わないよ?」とちょっと不思議そうな幸村くんはもっともだ。けれども、理由を聞かれるというケースも考えてなかった。…色々と無計画過ぎる。 帰るだけ、といえばそうなんだけど…。話があるし、何より今日とか、心の準備が。 何かしらの答えを求めている彼に、なんて返答しようかと考えあぐねてしまって。 「…あの…3週間前のことで…」 と、そこまで言ってからこれは今言うべきだったかと、迷いが生じて言葉を切ってしまった。 原因が明確ではないと思っていたのは私だけであって、彼からしたら違うのだ。恐らく幸村くんにも3週間前、で通用するだろう。 核心的な部分に今触れるべきではなかった、ような。 その時の私に対しての感情…あまり良くないと勝手に推測しているそれを思い出されて態度が冷たくなったり…、とかは杞憂であったけど、先ほどまでの柔らかな空気は消えていた。 言わない方が、良かっただろうか。思わず視線を落とした私に、彼は問う。 「…話があるってことかい?」 「…うん」 「わかった、いいよ。なら4日後ね」 そう頷いてくれた幸村くんは微笑んだけれど、あまり温度の感じられる笑顔ではなく。咄嗟に、忘れないでね、と冗談めかして言ってみても、何かを考えているようで上の空。 話がある、で留めておけば良かったのかな。心でため息を吐きながら教科書をしまっていれば、由羅が呼んでるよと友達から声を掛けられたので席を立った。そういえばこの教科書、由羅から借りたことになっているんだっけ。…それも今更な設定か。さっき戻ってきた時、私が何も持ってないことくらい彼も気付いているだろうし。もういいや、とその設定はかなぐり捨て手ぶらで廊下へ向かおうとした、その時。 「っ紫音、」 突如腕を掴まれて、軽く体が傾くのをなんとか堪えた。吃驚してそちらを振り返れば、同じように驚いた表情の幸村くん。…なんで掴んだ側も驚いてるの。 「な、なに…?」 「…あ、いや、すまない。…なんか、つい」 「……?」 「なんか…紫音がどこかに行ってしまいそうで」 「え…」 「…ふふ、俺可笑しなこと言ってるな」 またからかわれてるのかと考えられる程、そんな軽い様子ではない。どういう意味、と問い掛けても「ごめん、気にしないで」としか返ってこなかったので、それ以上聞くことは叶わなかった。 ただ、彼の“どこかに行ってしまいそう”という言葉に、内心苦笑した。あながち間違いでもないかも、と。 ちゃんと想いを告げ直したら、私はどこかに行かなくてはならない。彼の隣ではない、どこかに。もう彼女として彼の隣に居座り続けることが出来なくなるのだ。…フラれること前提だけれど、最悪を考えてる方が落ち着く。変に期待するのは逆に怖いし、期待出来る要素もない。 それでも、彼の隣にいたいという願望は消えなくて。 「…私は、どこもいかないよ」 口から滑り落ちたのは、私の願望だった。 本当は「言ってる意味わかんない」と返すつもりだったのに。私までこんな返答をしたら会話が繋がらないじゃない。 幸村くんは目を見開いていた。 そんなに驚かれるような言葉だっただろうか。あぁ、でも今の現状だけで言うならとても可笑しな台詞に聞こえたかもしれない。私は今からここを離れ、由羅のとこへ行くのだから。 彼はその瞳に瞼を降ろして、ふと小さく、困ったような笑みを浮かべた。 「…どうして君は、そういう事を言うかな」 「え…?」 「…まるで俺を見透かしてるみたいだ」 それはこちらの台詞だと思った。それと同時に、まるで私の言った言葉を求めているようだとも、感じたけれど、きっと思い違いだ。 「なんの、話…?」 「…ほら、長瀬が呼んでる」 そこまで言って、結局はぐらかされてしまう。やっぱり、彼はよくわからなかった。見透かしてるなんて、幸村くんの思い違いにも程がある。 自分で引き留めたくせに、と呟けば、苦笑が返されるだけで。彼に、行ってきなよと背中を押され、会話は打ち切る形となった。 * * * 「ね、話せた?」 廊下に出れば、脈絡もない由羅からの投げ掛け。主語がなくとも昼休みの話だろうなと理解出来て頷いた。 彼女のそわそわした様子に少し笑って、声を落として伝えてみた。柳くんとの会話、話題に上がっていた3週間前の幸村くんとの会話、それ故ちょっと曖昧な関係性であることを、掻い摘まんで手短に。 言葉で伝えたの初めてだったけれど、由羅の驚きは意外にも少なく、どこか納得した感じであった。明言してなくても、何かしらは察していたのかな。だとしても、なんだか妙に嬉しそうな理由はよくわからない。…喜ばせるようなこと言ったかな。 「な…なんか面白がってる?由羅…」 「え、違う違う!話してくれるとは思ってなかったから嬉しくって」 「…私ってそんなに秘密主義者に見える?」 「秘密主義者っていうか、恋愛相談とかしないタイプっていうか」 「別に相談しないわけでも…」 「……つまり、あたしが頼りないっていう…」 「ち、違うって!」 本当に違う、そう言うんじゃなくて。今までに、決断を悩む時間がなかったような気がするんだ。 幸村くんに近付く方法やらアピール方法なんて考えたことなかったし、告白はその場の勢いで、3週間前の時もある意味即決しちゃったわけだから。 妙な距離感を保ったままなのも、このままで一緒にいられるならいいんじゃない、と自己完結させていた部分も大きい。たがら、相談とかそういう考えがなかったっていうか。 落ち込みかかった由羅に慌てて否定を繰り返せば、ならいいけどと安心したように由羅が笑った。相変わらず美人だなぁなんて関係のない事を思っていれば、「ってか告白が勢いだったなんて初めて聞いたんだけど!」と突然詰め寄られた。 「そ、そうだね。報告だけで途中経過はなにも、」 「話すの嫌じゃないなら色々聞きたいんだけど!」 「う、うん。もちろん」 「約束だからね」 いつになく勢い込んだ由羅に押されつつもそれに頷いた。 彼女に隠してたつもり全くなかったのに、気づいたら何にも伝えてなかった、と改めて思っていれば、もうチャイムが鳴るからと教室とは逆方向に歩き出した由羅。 「どこ行くの?」 「サボりに。屋上まで」 「…一緒に行ってもいい?」 今更ながら、幸村くんとのことをちゃんと由羅に話してみたくなった。そしたらつい、同行させてもらうかな、なんて思って。それを口にしてから、次の時間が心配になった。でも確か、次はLHRだ。なら私がいなくても…大丈夫かな。今は何の委員会にも入ってないし、係りもない。多分、大丈夫だ。と自己完結していれば、ぽかんと呆けていた由羅が我に返った様子で「い…いけど…」と頷いた。 「紫音がそんなこと言うから、ビックリした。サボりとか絶対しない優等生タイプのはずが」 「優等生なんかじゃないよ。今までにサボる理由が無かっただけで…」 「あはは。だからそれがさ、」 その思考が優等生なんだよと由羅に笑われた。そういうものかな。 鐘が鳴るより早く、教室のある廊下を出る。こっち、と導かれるままに先生と出会しにくいというルートを辿って屋上へ向かった。 私が授業をサボるなんて、幸村くんは驚いているだろうか。 初サボりのせいかどこかそわそわした気分の中でも、私の頭を過るのは彼のことばかりだった。 12.08.30 14.12.11(加筆修正) (back) |