real intention | ナノ

幸村くんの可愛らしいお弁当に気をとられてうっかり忘れていた由羅の言葉を唐突に思い出した。昼休みに図書室に来るよう言われていたんだった…!と、慌てて食べかけのお弁当を片付けてそれを鞄に突っ込んで。時間を確認しながら立ち上がれば、一連の動きをぽかんと見ていた幸村くんは心底不思議そうに私を見上げた。


「なに、慌てて。どうかしたのかい?」

「…用、が」

「用?」

「…教科書、借りてくる。由羅に」

「…へぇ」


幸村くんに適当な嘘は通用しない。かと言って一番安全なトイレという言い訳は、なけなしの乙女心に阻まれて不可。ならばこの言い訳が無難だろうと思ったそれに対して何故か幸村くんの反応はいまいちだ。
教科書ねぇ、と呟きながら私を見上げてくる彼への上手い切り返しが見つからず、ものすごい疑いの目を見つめ返す事しか出来ない。反らしたら負けだと思うものの、色んな意味で心が折れそうでリタイアしそうになった時。すっと彼の目が細められ、口元に綺麗な弧を描く。


「ふふ、教科書、ね。…行ってらっしゃい」

「い、行って来ます…」


なんとか言及は避けられたようだ。もう一度ちらりと時計を確認してから、幸村くんの見送りを背に教室を出た。少し呆れた様に笑っていた幸村くんが気になったけれど、時間がないので理由を聞くことは諦めた。



11.ひとつの単語に
(見出す意味が)
(同一だとは限らない)






昼休みの図書室、扉を引いてみてもガチャガチャと音を立てるだけで扉は開く気配がない。当然だ、鍵の開け閉めは使用の直前直後と決まっているんだから。昼休みの解放日もあるものの、曜日指定があり今日はあてはまらない。
もう少し由羅にちゃんと確認してから来るべきだったなぁ、なんて今更な事を思いながら念のためもう一度、扉を引いてみる。


「…うん、締まってる。…わっ!?」


開かないことを確認してから、教室に戻ろうと踵を返した時。振り返った直後に鼻と額…というか顔全体に衝撃があった。ぶつかった、何かに。いや正確には“誰か”に、だ。鼻を押さえながら一歩退いて、すみませんと謝罪しながら私より高い位置にあるだろう顔を見上げれば。


「……柳、くん?」

「声を掛けるタイミングがずれてしまってな。すまない、大丈夫だったか?」

「あ、うん、大丈夫。…えっと、」


図書室閉まってるよ?と言葉にしてから彼が何も持っていないことに気が付いた。返却はしても昼休みにわざわざ借りにくるとは思いにくい。そう考えた通りに柳くんはふと笑ってから首を横に振った。


「由羅に言われて来たんだ。精市の事で聞きたい事があるらしいと言われてな」


由羅のあれは柳くんを送りこむから昼休みに図書室に来いと言う事だったようだ。それならそう言ってくれれば良かったのにとむくれつつも、“聞きたいこと”を思い浮かべると実際言われたら断っただろうなと思った。だから直接言わなかったのかな。

聞きたいこと、と言うのはきっと『蓮二に聞けばわかるかもね』と由羅が言っていたあれだ。けれどその“あれ”とは、由羅が来た際に幸村くんが私と話ているの事が多いのは、意図的かそうでないかという、言ってしまえばくだらないことだ。それをわざわざ柳くんに聞くのはどうかと思ってしまうのは、由羅ほど柳くんと親密な関係を築いていないからか。早い話、気になるなら由羅が聞けば良かったんじゃないだろうか。


「…どうかしたのか?」


黙り込んだ私に、こてんと首を傾げた柳くん。その子供っぽい仕草が彼にはアンバランスで思わず笑ってしまえば、何処からか取り出したノートにペンを走らせながら、君は読みにくいなと柳くんが軽く笑った。黙り込むわ笑い出すわで私が怪しく見えたのかもしれない。


「え、えっと…聞きたいことはない、かも」


慌てて弁明する様に言葉を繋げば、なるほどと頷いてから、「由羅のことだからどうでもいいような事を“聞きたい事”と称したんだろうな」と言った柳くんはさすがだと思った。


「ごめんね、わざわざ来てもらったのに」

「いや、構わない。…彼女の言う“聞きたい事”は恐らく建前であると予測はしていた」

「え?建前なの?」

「…あぁ」

「何の、ための?」

「…精市と君の関係性について気になっているようだ。距離感があるのは何故か聞いて欲しい、と言うのを遠回しに言っていた。だから君が俺に聞きたい事がある、ではなく、由羅が君に聞きたい事がある、が正しいだろう」

「えっ…」

「だからと言って、聞き出すつもりで来たわけではないが。一応、君に伝えておこうと思ってな」


そう伝達してくれた柳くんの言葉には驚かされた。
由羅とは長い付き合いではないけれど、割りと親しいと思っている。けれども互いに恋愛関連の話は殆どしないし、触れても当たり障りのないことばかりだ。曖昧な状態で幸村くんと付き合っていることも言った事がなければ、由羅に好きな人がいるのかさえ知らない。私が大して話さなかったのは、彼女は結構さばさばしているからその手の話題を人と共有しないタイプなのかなと思っていたからだ。
なんだ、そういう訳じゃなかったんだ。
これこそ直接聞いてくれれば良かったのに。そんな私の独り言にも柳くんは「ああ見えて、意外と気を遣うタイプだからな」と答えを出してくれる。その見解に強く同意した。


「だから君と精市の間に妙な距離があるから、聞いていいものか迷ったんだろう」


妙な距離。その単語に思わず言葉が詰まった。
幸村くんがどう思っているかわからないので、私の本心も知られたくないと言う思いから少し距離を置いたのは確かだ。何を思ってかわからないけど、同じように幸村くんも距離を取っている、のだと思う。そうでなければこの距離感は成立しない。互いにそれを保とうとしていなければ、距離感なんて存在し得ないのだから。
そしてその距離は端から見てもわかる程開いているのかと、少々複雑な気分になった。自分で置いた距離なのに、我ながら身勝手な話だ。やっぱり距離あるように見えるかな?と柳くんに再確認をしても、頷かれてしまうだけだった。


「少なくとも俺や由羅にはそう見えている」

「そう、だよね…」

「自覚はあったんだな」

「え…うん。原因はわからないけど一応、きっかけはあるから、」

「3週間程前の事か?」

「な、んで知って…」

「君との会話を精市から聞く事は間々ある」


納得すると同時に、私との会話を柳くんに話したりするだなぁと、場違いにもちょっと嬉しく思ってしまう。
この距離が出来たのは今から3週間程前の、付き合い始めから数日が経過した日の出来事だった。でも喧嘩をしたとかではなく、日常的な会話から。少なくとも私はそう思っていたから、その会話の中に明確な原因が見出だせてないいのだ。今更それを訊ねることも出来なくて、おかしな距離感を保ったまま現在があるわけで。その時聞けば良かったんだけど、そう思えるのは今だからであって実際はそんな余裕は無かった。

柳くんは思案する素振りを見せてから、君に聞きたい事がある、とこちらに向き直った。


「その3週間前の事についてなんだが。その時に、イメージが崩れた、と精市に言っただろう?」

「うん。言ったけど…」


意外と具体的な話までしてるんだなと思いながら、それが何の関係があるかわからなくて軽く首を傾げる。どういう意味合いで言ったのかを聞きたいんだ、とどこか真剣味を帯びた声で柳くんは再び問う。
どういう、意味合い。それはつまり…?柳くんの問い掛けを理解しかねて、えっと…と返事に困っていれば、「つまりは、」と説明を付け足してくれた。


「君にとってマイナスの意味で言ったのか、それともプラスの意味で言ったのか。ということなんだが」


柳くん言葉は私の頭が足りないせいか少し難しいんだけれども、彼の問いを自分なりに咀嚼してみる。


「私にとっては…プラスの意味だったと思う。素が見れたっていう意味、だったから」


状況や対象によって“イメージ”にも色々な意味が持たされる。何かを想像したりするのもそう。でもこの時の意味合いは人に対するイメージ。本人の真実を反映した本質的なものではなくて、本人の上辺から周りの人が作り上げた表面的な固定概念。これが私の考える意味だった。だから幸村くんに『イメージが崩れた』と言ったのは、誰もが知っている表面的な部分ではなく素に触れた様な気がした、という意味を込めたものだった。距離が縮まった様な気がした、という意味合いの。

私の言葉に、やはり精市の取り方が主観的なようだな、と何かを納得したように柳くんはノートへとペンを走らせる。何かわかったんだろうか。こちらからも訊ねていいのかな。と柳くんを見上げていれば先に彼が口を開いた。


「君はプラスであっても、精市はマイナスの意味合いで取っているようだった」

「マイナスって、それってどういう、」

「『表面的にしか見られてなかった。そして内面は期待外れだったみたい』といった様な内容だ」

「、っ私、そんなつもりじゃ、」

「わかっている。由羅から話を聞く限り、君が期待外れだとかそう言った意味合いの言葉を他人に向けるというデータはない。だから1度、直接確認を取ってみたかったんだ」


凍りついた私に、言葉の取り方は人それぞれだからな、と柳くんは眉を下げた。

そんな風に、受け取っていたとは思っていなかった。自分が伝えた言葉を、伝えたかった意味で受け取ってくれていると、疑わなかった。よくよく考えてみれば『イメージが崩れた』なんて、一般的には良い意味で言わない、よね。決して悪い意味では無かった、と。それは私の観点でしか無く、客観性に欠けていると初めて気付かされた。
『イメージが崩れた』という私の台詞は、彼を傷付けてしまったんだろうか。それとも怒らせてしまった?不快に思ったのは、確かなんだろう、なあ。幸村くんが距離を取った理由はそれだったのかな。どうしよう。いや今更どうしようもない?いや、でも。


「精市の勘違いとも言えるし、君の言葉不足とも言えるだろう」

「……完全に私の言葉不足だよ。それに表面的にしか見てなかったっていうのは、多分間違いじゃなかったし。…でも、」

「精市の性格がイメージと違ったからと失望した訳でもない、だろう?」

「…うん」

「やはり、」


精市の勘違いとも言えるし、君の言葉不足とも言えるだろう。
柳くんはそう繰り返した。

だから、私だけが気に病むなと暗に言われている気がしたけれど、気は晴れなかった。何を思って、私のことをどう思って、一緒にいるんだろうか。好きか、大して関心を抱いていないか、とはよく考えるけれど、嫌われているかもしれないなんて思考は作り出した事がなかった。

もうすぐチャイムが鳴るという柳くんの昼休み終了を告げる言葉に教室へと向かった。教室のある廊下へと差し掛かった時、君なら大丈夫だ、とそっと柳くんの手が背中に触れた。気遣ってのことだとは理解しつつ、何のこと?と笑いながら返せば、また同じ言葉を返された。幸村くんと親しい彼は、本当に優しい人だと思った。

教室に入って席に着けば丁度、始業を知らせる音が鳴り渡る。おかえり、とからかいを含んだ声で笑いかける幸村くんに、ただいまと言葉は返せても、上手く笑い返せていたかはわからなかった。



12.07.01
14.11.03(加筆修正)
   
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