花形の人参やらご飯の上にはハートの海苔やらで、なんとも可愛らしいお弁当が、本日の幸村くんのものである。普段は普通に美味しそうなお弁当なのに、今日のはなんだ。いや十分美味しそうではあるけれど、彼が持つにはミスマッチなそれに首を傾げた。不思議に思いながら幸村くんに視線を送れば私と目を合わせた彼は、苦い笑みを溢しながら花形の人参を箸で摘まんだ。 「どう思う?これ」 「え、かわいいよ…?でもどうしたの?今日のお弁当」 「妹が作ったらしいんだけど…」 完全に遊ばれたみたいだ、と苦笑を浮かべたまま幸村くんは人参を口に入れた。妹が作った?ってことは…幸村くん兄妹いるの?そう尋ねれば一瞬ぽかんとしてから、今更?と笑われたけど、そんな話したことなかったはず。そんなような噂なら聞いたことはあったけど、真偽は知らなかったから。本当にいるんだ、妹さん。 「1人だけ、妹がね」 「へぇ…本当にいたんだ…」 「…なに?本当にって」 「妹がいるって、なんか噂で聞いた気がしたんだけど…」 幸村くんに限らず、テニス部レギュラー陣についての噂が飛び交うのが立海の日常だ。その中に、幸村くんの兄妹についてのもあった。明らかに嘘っぽいものでも噂として漂っているから、信憑性に欠けてどれも信じていなかったわけだけど。と言うか、私の友人達はテニス部の個人的な情報の噂に興味がないから、あまり話題にも上らないので真偽を議論したこともないし。 「噂、ね。他学年はともかく、同学年でそんなものが出来るのか謎だよ」 「直接話し掛けれない女の子とかも多いからだと思うよ」 「逆に根掘り葉掘り聞いてくるのもいるけどね」 彼の皮肉る様な声音に思わず苦笑が漏れた。確かに、積極的に情報を聞き出そうとする子も多いだろう。だいたいその子達だよね、互いに情報交換して混ざったのが噂として流れる要因って。でもそういうタイプの子の情報って、直接聞いてるはずなのに何故かデマ多いらしいよね?日頃の疑問を口にしてみると、幸村くんの口角が上がった。え、なに、その怪しい含み笑いは。 10.裏返して意味を (思考は同じなのに) (片方の側面が全て、) (なんて) 「あれ教えてこれ教えてってしつこいとさ、適当に答えたくなるんだよね」 「………」 「もちろん適当でも支障がない程度のもの限定だけど」 迷惑かどうかより好きな人の事がどうしても聞きたいファンの女の子達は、実に強かであると言うのは有名な話だ。良く言えば、“愛余って”と言う表現がぴったりなんじゃないかな。冗談めかしてそう笑えば、幸村くんは同じ様に笑ってそうだねと頷いた。そこで途切れるかと思った彼の言葉は、でも、と続く。 「紫音は俺に何も聞いてこないよね」 「そんなこと、」 「でも妹の事だって噂のままほったらかしだったみたいだし。…俺に興味無いのかい?」 最後の問いは恐らく私の動揺を狙ったものと思われる。口の端を少し上げての問い掛けは、大抵そう。要するに、からかっているのだ。それが判断できるくらいには、珍しく今日の私は冷静だった。自分のことながら本当に珍しい。 「…興味持って欲しいの?」 動揺云々の前に、口をついたのは純粋な疑問。からかいを真に受けたかの様な返しはどうかと思ったけど、その問い掛けの真意が知りたかった。私の返答が予想外だったようで、幸村くんが瞳を丸くする。というのは一瞬で。すぐに幸村くんの顔から驚きの色が消えて、変わりに綺麗な笑みを張り付けて私に笑いかける。 「何でそんな解りきった事を聞くんだい?」 「え…解りきった事?」 「うん。そうだろう?」 「…うん?」 「ふふっ、どうでもいい相手に興味を持って欲しいなんて紫音は思わないだろう?」 えっと、つまりどういうこと?疑問符だらけのやり取りに、幸村くんが苦笑した。やれやれと言わんばかりの様子で「じゃあ聞くけど、」と私を見つめる。 「紫音はどうでもいい相手に、あえて時間をさくのかい?」 「どうでもいい相手なら、時間さくとか、そういう発想にはならないような…」 「だろ?俺も同じだよ」 「……つまり…、」 「ふふ。もっと直接的に言わせたいのかい?」 意外と意地悪だね、と笑う幸村くんが妖艶で、妙にどきりとした。意地悪なんて、幸村くんに言われたくないよ。そう小さく呟けば、心外だとわざとらしく彼が笑ったのを見て、たちの悪い人だと思った。多少なりとも意地悪なのは自覚があるらしい。やはりたち悪い。そんなことを考えていたら、つまりはね、と幸村くんはゆっくりと言葉を並べる。 「時間を共有する相手は自分で選ぶ」 「、」 「もっと厳密に言うと、俺は紫音を選んでるって事だよ。だからどうでも良くないし、興味だって持って欲しいかな」 これで満足かい?そう聞いた本人が一番満足気に笑っていたのが少し悔しくて。でもそんなこと気にしてる余裕などない。顔に熱が集まるのと同時に、喜びが胸を占める。どうにかして、この頬の緩みを抑えなければ。 選んでいるのは自分だけかと思っていた。それを幸村くんが甘んじて受け入れてくれてるだけかと。私の中で漸く、一方通行という言葉に、靄がかかり始めた気がした。 「―――………裏を返せば、つまりは紫音もそうだって事だよね」 「……えっ?」 「ふふ、なんでもないよ。…ほら、早くお弁当食べないと。時間」 「…あ」 上手くはぐらかされてしまったけど、時計を確認すれば昼休み終了10分前。そうだ、すっかり忘れていた。 『昼休み、お昼食べてからでいいから図書室に来て。幸村には内緒の方向で。』 唐突に由羅の言葉を思い出して私が慌てふためくまで、あと2秒。 12.05.08 14.09.01(加筆修正) (back) |