なんで、なんでこう言う時に黙っちゃうのかな。さっきから幸村くんは何も言わないまま、表情はわからない。何故なら私が彼に視線を向ける事を躊躇っているから。 『――…幸村くんの考えてる事も言葉の意味も行動の理由も、全然わからないから…』 なんて私が言ってしまったせいで沈黙をもたらしてしまったんだと思う。内容的には沈黙するようなものではない、と思うのだけど。普段なら何かしら言葉を紡ぐか、答えにくかったら曖昧に笑って流すはず、なのに。 だけどこればっかりは、私に原因がある。感傷という程ではなくとも、思考がぐちゃぐちゃの中、口を開いたせいで思わずして声のトーンが少々深刻だった。 そんな私の、ある種の暗さを含む言葉に、ふざけて返すほど幸村くんは無神経な人じゃない。 だから、今は困っているんだ。 07.行動の理由 (それだけでは) (私には理解できない) 「…」 「……」 この沈黙は一体何だろうか。ただの意地悪にしては、ちょっとキツい。 さっきの私の言葉は彼を困らせてしまっただろうか?それとも何か考えている?はたまた引かれてしまった?嫌われてしまった? 思考は根拠もなくマイナスへと落ちていく。このまま黙っていてはホントにキツい。…うん、そうだ。聞かなかった事にして、っていうのがいいかもしれない。打ち消す事もなく、本心だという事をひっそりと浮き上がらせる事が出来るのではないか、と思って。 「――あの」 「――ねえ」 意を決して声をかけたのに、幸村くんと同じタイミングだった。うっわ…、なんて最悪な。愕然とする私の隣からクスクスと笑い声が聞こえてきたのは、少しの間を置いてからだった。 「………?」 「ふふ、ごめん。つい可笑しくって」 「私的には笑い事じゃないんだけど…」 「紫音は何を言おうとしたんだい?」 「…さっきの、聞かなかったことにしてって」 「え?それは無理だよ」 漸く見れた彼の顔は変らず穏やかな笑み。私の願いはそのままばっさりと切り捨てられた。その返しは、確かにちょっと予想していたけども。 「…そこは“わかった”っていって欲しかった」 「だって聞いちゃったしね」 「……じゃあいいよ。幸村くんは?」 「俺は…やめとこうかな」 「うわずるい!そんなんだから私がわかんなくな…」 るんだよ、って。なにを自分から掘り起こしてるの私。逸れつつあった話題を自ら引き寄せてしまって言葉を切った私に、幸村くんが小さく笑う。なんだか、笑われてばかりな気がする。口元に笑みを浮かべたままの幸村くんは、横目でこちらに視線を寄越しながら人差し指を立てた。 「なら、ひとつだけ。」 「なに…?」 「さっき紫音が言った3つ目言葉の理由は、キミだから、だよ」 「、」 せっかく貰った答えなのに、3つ目が思いだせなくて返事に詰まる。色々考えすぎて思考が流れてしまったせいだ。えっと、確か…。 「ふふ、忘れたならそれでもいいよ」 「いやよくない。っていうかなんで忘れたってわかって……」 「家、この辺なんじゃないの?」 「……あ、うん。ここ」 なんだかはぐらかされたけど、気がつけばちょうど私の家の前だった。 とりあえずお礼を言わないと。そう思い自分の家から視線を外して彼に向き直る。 「幸村くん、ありがとう」 「いいよ。…それにしても真っ 暗だね」 「…多分お母さん寝てるんだと思う」 「ふふ、そうなんだ?」 何度か私の帰りが遅かった時、電気まで消して本格的に寝ていた母を思い出すと、寝てる可能性はかなり高い。我が母ながら主婦らしからぬ行動を起こす人だ、なんて思いながらもう1度自分の家に目を向けた時。ふと思い出したのだ。3つ目、それは行動の理由だったな、と。私、だから?でも、それってどうとったら…――。 1人考えに耽ってしまいそうになった時、じゃあそろそろ帰るね、と幸村くんが言った。 「あ、うん―――」 気をつけてね。そう言おうと振り返った時、繋いだままだった手がほどかれて、そのまま彼の左手が私の頬にそっと触れる。声にはしなかったものの、思わず叫びそうになった。びっくりして。内心かなり動揺していたけれど、平静を装いながら何かと私が尋ねるより早く、彼が動く。焦点が定まらないほど幸村くんの顔が近づいて、唇にやわらかい感触を感じのは、一瞬にも永遠にも思えた。 「 、」 「また明日ね」 茫然としている私に、そう優しく告げて、幸村くんはくるりと背を向けて駅の方向へと歩き出す。 「………え」 え…?え、いま、のって…えええ!?いきなりの事でついていけなかった頭がようやく動き出す。どのくらい固まっていたかわからないけど、声にはならないけど心の中で奇声を発した頃には、幸村くんの姿がとても小さく見えた。顔が熱くてしょうがない。もう本当、意味がわからない。 今の行動理由も、私だから?それってどういう意味なんだろうか、素直に喜んでいい事なの?…やっぱり、わからない。私は複雑に考えすぎなんだろうか。でもよく考えたら、行動の理由が“私だから”って言われても、彼の考えてる事と言葉の意味がわからないと、意味ないんじゃ…!?むしろ余計混乱を招いている気がする。ああ、でもさっきのは嫌ってたらしない、よね…? 「っ、」 あぁもう、やめよう。思い出しただけで顔の熱さが増して困る。 1人で混乱したせいか、疲労感に襲われる。思わずため息がもれた時、ヒュウッと冷たい風がその熱を奪うかのように、先ほど幸村くんが触れた私の頬を静かに撫でた。 10.04.21 13.07.21(加筆修正) (back) |