real intention | ナノ

「鍵返してくるから、先に門の所で待っててくれるかい?」

「うん、わかった」


そう言って、幸村くんと一旦別れたのが数分前。私は今、言われた通り校門の前で待っている。
わりと長い時間整理していたし、帰宅部の私は元から体力がある方ではない。当然の如く身体的には疲れてるはずなのに、どこか軽い気分なのは幸村くんと一緒に帰れるのが理由だろう。実は、幸村くんと帰るのは初めてなのだ。テニス部部長を引退しても、彼は後輩指導という名目で放課後は部活に忙しい。立海では珍しい帰宅部の暇人である私とは対照的だ。
幸村くんと二人で帰る…少し、どきどきしてきた。


「なに浮かれてるの私…」


自分自身に苦笑しつつ彼を待っていると、先程の由羅の件を受けてサイレントからマナーモードに切り替えた携帯が振るえているのに気が付く。


「メール……由羅からだ」



From:由羅
Sud:まだ学校?
―――――――――――
そろそろ帰ると思ったんだけど、違った?
少し癪だけどちゃんと幸村と帰るんだよ。あと、浮かれすぎないようにね。

END



お怒りメールかと思いきや、彼女が千里眼の持ち主ではないかと疑いを持たされるような内容だ。今から帰るとこだし、最後の冗談混じりであろう一文まで的確。相変わらずの鋭さとタイミングだ。


06.浮遊に注意
(気を付けないと)
(命取り?)




あまり油断してるとつい頬が緩んでしまう。由羅の注意に従って、すでに浮かれている自分を戒めながら携帯をしまった、時。


「なんだか嬉しそうだね」

「っ!?」


唐突に後ろからかけられた声に、ビクリと肩が揺れる。振り返れば、おどかすつもりは無かったんだけどなあ、と少し申し訳なさそうな幸村くんが後ろに立っていた。


「お待たせ。帰ろうか」

「う、うん。…えっと……?」


歩き出すかと思いきや、幸村くんは先に一歩だけ前にでて、そっと左手を差し出してきた。戸惑い気味の私に、意味わからない?と彼は苦笑を浮かべる。


「嫌なら仕方ないけど」


私の動きが停止すると使われるこの言葉への返答は、もう決まりきっている。だけどあえて言葉にはせず、彼の差し出す左手に、この異常な程のどきどきが伝わらない様に自分の右手をそっと重ねた。そうすると、相変わらずの綺麗な笑顔を見せてくれて、幸村くんは私の手を引き、ゆっくりと歩き出す。


「今日は寒いね」


ポツリと呟かれた彼の言葉に、うん、と半ば反射的に短く同意する。…けど、これは嘘になる。確かに先程までは私も寒いと感じていて、門の所で待っている間はマフラーに顔を埋めていた。でも今は寒さなんて感じていられない。いつもより倍は速いであろう鼓動の原因である、繋いだ手から伝わる彼の体温と、どうしようもなく熱くなる顔。寒さなんてわからなくなっていた。

どうして、手を?

訊ねる事はしないけど、先程から浮かび上がる疑問。それを押し込めつつ、今が幸せだからと、無意味な思考を打ち立てる。どうせ、どうして?なんて考えるだけじゃ答えはでない。


「…そう言えば、さっき。何か嬉しいメールでも来たの?」

「え?…ううん、メールはなんでもないよ」


ここを左、暫くは真っ直ぐ。家路を案内しつつ少し歩いた所で、かけられた言葉に心なしか焦ってしまう。それが表面に現れてはないだろうけど、何故か幸村くんは少しだけ意地悪く笑ってみせた。


「ふふ、嬉しそうだったのは否定しないんだね。紫音正直」

「……あ」


なんか引っ掛かった感が…!浮かれてたのは幸村くんが原因だって、ホントは見透かされてる気がしてしょうがない。そう思うと、また顔が熱くなる。


「…そんなに嬉しそうに見えた?」

「なんだかにやついてた」

「え、嘘」

「って言うのは嘘だけど、」

「ちょ、ちょっと!」

「ふふ、でもにやけててもおかしくなかったんだ?」

「……もう。そうだよ!」


半ばヤケになりながら答えると、そんなに怒らないで、と笑いを含む言葉が返ってくる。顔が赤いのがバレないように彼から顔を背けて、もう一度マフラーに顔を半分ほど埋めた。そうしながら、常々思っていた事を口に出してみる。それは、話題をすり替えるための意図。


「幸村くんといると私、馬鹿って言うか単純に見えてる気がする…」

「え、元からだろう?」

「…」


確かに元から単純なとこもあるけど、それを真っ向から肯定するのは中々失礼じゃないだろうか。


「あれ?違った?」

「…違わないけど違う!」

「ふふ、難しいね」

「難しいのは幸村くんの方だよ…」

「そう?紫音が難しく思ってるだけじゃない?」

「私だけわかてないってこと?」


そこまで鈍感じゃないつもりなんだけど。と、冗談混じりに主張してみた言葉に、何故か幸村くんは苦い笑みを溢す。少しの沈黙のあと、そうだね、と彼は頷いた。


「紫音は鋭い部分も多いよね」

「…鋭いとは言えない。って、最近よく思う」

「え?」

「幸村くんの考えてる事も、言葉の意味も行動の理由も、全然わからないから…」


静かな雰囲気につられて思わず本音が落ちる。私の声は心なしか沈んでいて。沈黙が訪れて我に返る。咄嗟に見やった幸村くんは少し驚いた様子で、当然の表情だった。
なにを、急に私は。唐突に、しかも何気に深刻そうな雰囲気を漂わせてあんな事言われたら誰だって困るだろう。これじゃあまるで、全て知りたいと言ってるようなものだ。……確かにそうは思ってるけど…!
どうしよう、何か言わないと何か、頭の中でそれをぐるぐると考えるけど、何も出てこない。だからと言って、さっきの言葉を打ち消す気にはなれなかった。普段なら絶対に言わないであろう私の本音。今は何を血迷ったか、それとも浮かれていたせいか、つい口から出てしまった。冗談だよ、とそれを隠すには惜しいと思った。

彼は何も言わない。彼は、幸村くんは私の言葉を、どう受け取ったんだろうか。



10.03.22
13.05.25(加筆修正)
   
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