「なんで…なんでだよ、ボクには楽園が必要なのに…。こんな世界で転生者が生きていく場所なんてないんだから!」


シアン君が去り際に言った言葉が、私の胸に重い何かを落とす。
転生者はどこへ行っても煙たがられる世の中。だけど私にはアンジュ姉さんやスパーダ、皆がいる。だけど、シアン君は違う。
だからこそマティウスの甘い言葉に取り込まれてしまったのだろう。


転生者だと気づいて、良いことだってあったし悪いことだってあった。だけど私がそう思っているだけであって、転生者がみんなそう思っているわけではない。
天上の崩壊が招いた悲劇…。もしまたマティウスの手に渡ってしまえば、再びその悲劇が繰り返されるのかもしれない。
…とにかく、今は記憶の場をまわって創世力についての情報を手に入れるしかない。





「さて、次はテノス…と行きたい所だがな、王都レグヌム経由の船しかない」
「ええ?大丈夫かなぁ…」
「そうねぇ。警戒厳重でしょうね」
「きっと大丈夫だよ。リカルドさん、あの船ですか?」
「…ああ、そうだ。とりあえず、乗り込むとしよう」



ガルポスからレグヌムまでは結構な時間がかかる。とりあえずそれまで身体を休めよう、そう思って客室に向かうとアンジュ姉さんが荷物の整理をしていた。


「あら、名前。今から寝るの?」
「ううん、お茶でも飲んでリラックスしようかなーって」
「お茶!良いわね、わたしもご一緒しようかしら…」
「もちろん。…あ、そうだ。この前言ってたお菓子作ろうか?」
「本当?じゃあお願いしちゃおうかな」


客室に設置されていた簡易なキッチンの前に二人で立つ。アンジュ姉さんがガルポスで買ったバナナがあるらしいので、糖分控えめのバナナシフォンでも作ろうかな。


「こうして二人きりになるのは久しぶりね」
「そうだね…周りにはいつも皆がいたから」
「…ガラムでのこと、話したいなって思ってたんだけど」
「…うん、私もアンジュ姉さんには話しておかないとって思ってた」
「お兄さん…生きていたのね」
「…うん」
「名前に聞いていた印象と大分違ったから少しだけ驚いちゃった」
「…私も。…最初はわけが分からなくて、戸惑っちゃったんだけど…スパーダに相談したら、次にお兄ちゃんに会ったときに聞いてみれば良いって。お前らしく、ハスタに追求してみろって」


ケーキを型に流し込みながら、アンジュ姉さんは嬉しそうにコロコロ笑う。
私が首を傾げると、アンジュ姉さんは綺麗な顔を優しさに染めて私を見た。


「良かった」
「…え?」
「名前が素敵な人と出会えて、お姉ちゃんは嬉しいわ」
「ね、姉さん…」
「そうやって、自分の抱えている悩みや思いを伝えることができる人がいるということは、本当に素晴らしいことよ。名前もスパーダ君を支えてあげることができるようになると良いね」
「…うん」
「でも、スパーダ君に相談しにくいことがあったら是非わたしに相談してね?わたしだって名前の姉なんだから。スパーダ君には負けてられないわ!」
「…ありがとう、姉さん。大好き」
「ふふっ、わたしも大好きよ。…さて」


アンジュ姉さんがそう言って、スタスタと客室のドアに向かう。そして一気に開くと、なだれが起きた。なだれといっても、人のなだれ…だけど。
私が呆気にとられていると、先頭にいたエルとコーダが起き上がり一目散にレンジの前に向かった。そして目を輝かせながら中を見る。…ああ、なるほど。


「ご、ごめんね名前。良いにおいがするから見にきたんだけど…話の邪魔しちゃったかな?」
「全然大丈夫だよ、もう話も終わったし」
「名前、すごい良いにおいじゃない!当然あたしたちにもくれるのよね?」
「うん、そのつもりで焼いてた」
「やっりぃ!」
「覗き見なんてしないで最初から入ってくれば良かったじゃない」
「だってウチらの分あるかわからんかったし仕方ないやん」
「そうだぞしかし」
「ふふっ、ごめんね。…もう焼きあがったかな…?」


レンジから取り出したケーキはとても良いにおいで、エルとコーダが歓声をあげた。


「早く早く!」
「こーら、まだ駄目よ?少し冷まさないと」
「ええーっ!」
「それまで少しだけお話しよう?」


そして、アンジュ姉さんが淹れたお茶と切り分けたバナナケーキが机の上にそろった。
スパーダの隣に座ると、あることに気づく。


「あれ?リカルドさんは…?」
「ああ、おっさんなら部屋で横になってるよ」
「え、大丈夫?」
「船酔いかなんかじゃねーの?まあ、放っときゃ治るだろ。つーか食っていいか?」
「こらスパーダ君、皆で手を合わせて神に感謝しないと!」
「わーったよ」


皆で手を合わせてから、ケーキを食べる。うん、我ながらおいしいぞ。きっとガルポスのバナナが新鮮だったからこんなに味が染みてるんだね。
皆も口々においしいと漏らす。なんだかそれが嬉しくって、思わず頬が緩んだ。


「アンジュの言った通りだな。オレの将来の胃袋も安泰だぜ」
「ちょ、は、恥ずかしいこと言わないでよ!」


みんなが喜んでくれて本当に良かった。
とりあえずリカルドさんのは袋に入れて、後で渡そうかな。




20120202




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