ジャングルに入って暫く経った時だった。少しだけ開けた場所に小さなテントが立っていた。そしてものすごく生活臭が漂うそこで、一人の老人が歌いながら楽しそうに洗濯物を干していた。


「あれ何」
「わ、私に聞かれても…」
「ほお?このワシに客か…。わかってる、何も言うな。ワシの歌が聞きたかったんだろ?」

イリアとこそこそと話をしていると、老人が私たちに気付いたのか洗濯を止めてこちらに向かってきた。
一番近くにいたルカが戸惑っていると、老人は3・4回うんうんと頷いて嬉しそうに笑う。

「構わん構わん、誰しも社会の束縛に息を詰まらせる時がある。ワシの自由への賛歌、聞くがいい」
「あ、あのっ!!そうじゃないんです!」
「ははは、照れるな。社会に不信感を抱くことは何も恥かしいことじゃないのさ。♪人は皆、獣さ〜 自由な獣さ〜♪森の中、自由な獣に立ち返ろう♪全裸で全裸で 全裸のブルース♪」
「ねえ、イリア。このおじいさんに聞いてくれない?この辺りに、昔ながらの信仰の跡や聖地と呼ばれているような所はありませんか?ってさぁ」
「なんであたしがっ!」
「こういう手合い、得意そうじゃないの、あなた」
「お断り!」
「あ、あはは…」

するとアンジュ姉さんたちの会話を聞いていたのか、おじいさんが突然話し始めた。


「信仰とは文化のルーツだ。だが、人はみな揺りかごから抜け出さねばならん。軽蔑の対象として、ワシは森の奥の方に向け排尿他、色々行うことにしているのさ」
「じゃあ、奥にそれっぽいのがあるってのか?」
「ああ、だが奥は危険な密林。人の踏み入らぬ無法遅滞さ。古のまま、全て手付かずで残っている ♪ 昔に返れ、人ならぬ太古に帰れ ♪名前も身分も 社会もない時代 ♪ え、金? 余ってるなら俺にくれ♪ だろ?」
「なんだよ!そのデタラメの一歩向こうの罪深えブルースはよ!」
「ふ、社会への警鐘さ。生半端なことじゃ、この鐘は鳴り止まないぜ?」
「っ、…アンジュ姉さん。なんか頭痛いよ」
「わたしもよ…」
「…ならば、さっそく向かうとしよう。だが、この老人の言葉を類推するに多少の危険はありそうだな」
「しゃあないんちゃう?でも、誰もおらへんのやったらアシハラやガラムん時みたいに邪魔入らへんやん」


アシハラではチトセさん、ガラムではお兄ちゃんに色々と掻きまわされたからね…。
だけど、今回もそう簡単にいくのかな?


「止めておけ止めておけ。森の奥は社会の恩恵が届かぬ獣の世界。ワシやあの子供のように自由でピュアな精神を持たずばたちまち自然が牙をむく」
「あの子?…ひょっとして犬を連れた?」
「そう、シアンという子だ。世俗という汚れた服をまとわない全裸の精神を持つ子さ」
「…もっと世俗の垢にまみれた表現をしていただけるとありがたいのですけど」
「いいだろう。代価はおぬしの精神の解放だ。少しシアンについて話そうか」


すると、今まで少しだけふざけていた老人の表情が真剣なものに変わった。
老人から聞いたシアン君の生い立ちは、それは壮絶なものだった。

シアンくんは母親から二匹の犬と共に生まれてきたらしい。恐らく彼の前世であるケルベロスの影響だろう。
彼は人々から忌避され、人里離れた僧院に預けられた。だが、そこで悲劇が起こった。
数年経つと犬が次第に魔性を見せるようになってきて、ある日危険を感じた僧が処分しようとしたところ、噛み殺されてしまったらしいのだ。

そのままシアンくんは僧院を飛び出し、当ても無く放浪することになってしまった。


「親の愛や友の愛を知らずして育ったシアンは、ピースフルな心がまるでナッシングなのだ。去来する孤独を常に感じ続け、そして寂しさの意味もわからず、それをいやす術もしらん。哀れだ、哀れだろ?だからワシはシアンの苦悩をいやす歌を作ったのだよ。え〜」
「歌わんでいいっての!」
「可哀想、可哀想ね。これも転生してしまったために起こった悲劇…、天上崩壊が招いた悲劇ね…」



天上崩壊が招いた、悲劇…?


その言葉が、私の胸にズクリと突き刺さる。
…あ、あれ…なんで、私…こんな気持ちになるんだろう…。

ふと、隣にいたスパーダを見る。…駄目よ、駄目。再びあんな悲劇を起こしては、駄目なの。心の奥深くに沈んでいたものが私に訴えかける。
…これも、前世の記憶なのかな。悲劇って、なに?…何が、あったの?…思い出せない、…何なのよ…。


「そのシアン、なんで農園を襲うんやろか」
「そーだ!果物もらえなかったのはそのせいだ、しかし!」
「よくぞ聞いてくれた!あのシアン、そしてこのワシ!自然を愛す志を等しくする者なり。王都のプランテーション強要は、森林を切り広げる事に他ならんのだ。人も森の恩恵にすがって生きていくべきだというのに、木々を伐採し動物の棲家を奪っていっておる」
「動物を守るため…か。ちょっとエエヤツかも」
「だからといって人に迷惑かけていいという法は無いだろう。ガキに人の道理を教えねばな」
「法!法じゃと!はっ!人が人を裁くなど、許されるもんか!このエデュグワー・ラム・ポゥ!世の仕組みに屈するもんか!♪ 首輪に紐をつなぐんじゃねぇ ♪ 誰にも飼いならせない ワシを♪ モヘモヘモキュキュ プップ〜♪ だぜぇ」



「アンジュ姉さん、頭痛薬ちょうだい」
「はい、ちゃんとたくさんのお水で飲みなさい。…ちなみに、最後…どういう意味です?」
「まだこの部分は出来ておらんのだ」
「あは、は…。あ、あの、大丈夫ですよ。あなたの自由は侵害しませんから…」
「そうか、ならばいい。とにかく奥は危険だ。ワシもキノコと葉っぱを採る以外に踏み入らんからな」
「わかりました、気をつけます」
「ではまたいつでも、ワシの歌が聞きたくなったら来るがいい。もてなしてやろう。ワシの流儀でな」


イリアがボソリと「期待しないでおく」と呟いたのが、なんだかおかしくて笑ってしまった。





20111228




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