お兄ちゃんは私を見ると、微笑んでこちらへとやってきた。傍らには槍を持って、ニコニコと笑みを貼り付けて私を見た。


「ハスタ…お兄ちゃん?」
「うん」
「っ、お兄ちゃん…!」


お兄ちゃんが両手を広げてくれて、私はその中に飛び込む。すると、物凄い血のにおいがした。
その臭いに、顔を顰めてお兄ちゃんから離れようとするが、ガシリと両手で閉じ込められて身動きが出来なくなった。


「お、お兄ちゃ…」
「名前、名前…生きてたんだ、生きていたんだねえ」
「…」
「お兄様は嬉しいぴょろよ〜?」
「、だ、誰…?あなた、誰?」
「誰って…ハスタ・エクステルミですが、何か?名前ちゃんのオシメを取り替えたこともある、ハスタ・エクステルミですが、何か?」
「っ!放して!」


違う違う違う違う違う!違う、こんな人知らない…!お兄ちゃんは、こんな変な話し方しなかったし、こんな嫌な臭いもしなかった、それに、お日さまみたいな笑顔で、誰、だれ…これ、は…だれ?



「放さないよ、ハナサナイヨ!?」
「いや、いやだっ!助けて、スパーダっ!」
「スパーダ?誰、男、お兄ちゃん不純異性交遊なんてユルシマセンヨ!」
「アンタなんかお兄ちゃんじゃないっ!」
「兄ちゃんは大丈夫だから。な?絶対に迎えに行く。だから、待ってろ」
「!!」
「大切な村を守らなくちゃいけないからな。…じゃあ大人しくしてろよ?」
「…あ、」
「よし、良い子だ。じゃあ行ってくるな!」
「いや…だ、」


鼻に纏わりつく、不快な血の臭いがキツくなった。真っ赤なお兄ちゃんの目が、私をじっと見つめる。



「ハスタ・エクステルミだけど、何か?」
「あ、あ、あ…」



信じたくなかった。
久しぶりに会ったお兄ちゃんは、変わりすぎていた。だけど、その顔は、その身体は…確かにお兄ちゃんだった。私はその事実が受け入れなくて、頭が真っ白になって…


















「っ、テメエ!名前を放しやがれ!」
「コンニチハ。ココハケルム火山デス」
「聞いてんのかよ!名前を放しやがれっ!」


スパーダは剣を抜きハスタに襲い掛かろうとしたが、その足は途中で止まった。
何故ならば、ハスタが名前に槍を向けていたからだ。


「っ、テメェ…!」
「貴様、何が目的だ」
「やあやあリカルド氏、ご覧の通り最愛の妹との感動の再会を果たしていたところですよ」
「やはり、そうだったか…」
「どういう意味よ!」
「初めて俺が名前を見たときに感じた違和感…、やはり何処となく奴と似ていると思ったら…、ハスタ、貴様が名前の行方不明の兄だったのか…!」
「どういう意味?名前姉ちゃんは、アンジュ姉ちゃんの妹やなかったん!?」

アンジュは、顔を顰めながらエルマーナの問いに答える。
この事実を知っているのは、名前から直接話を聞いたルカとリカルド、そして今までずっと一緒にいたアンジュだけだった。



「…5年前、テノスとレグヌムの抗争に巻き込まれて、焼かれた村に、ただ一人生き残った女の子がいた…それが名前だった。ナーオス教会で保護をして、それからずっと一緒に暮らしていた。…名前はわたしを本当の姉のように慕ってくれた…」
「じゃあ、姉ちゃんも…ウチと同じなん…?」
「名前から話は聞いていた。…自分には兄がいて、その人は亡くなったかどうかわからない。もし会えたら、嬉しいって…」
「じゃあ、本当にハスタが名前の兄なわけ?」
「…だって、名前の名前は…名前・エクステルミだもの…!」
「んなコト関係ねーんだよ!さっさと放しやがれっ!」



スパーダが怒鳴ると、ハスタは笑顔を貼り付けて名前を抱えたまま記憶の場に立った。
そして、次の瞬間辺りは光に包まれた。







「ヒィヒヒヒヒ!強い、強いなァ。いいぜ、強い奴が好物だ。お前の血、血を吸い尽くしてやる!ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」
「貴様のような外道の相手はいささか腹にもやれる。とっとと死ね。…デュランダル、止めだ!!」
「貴様などがグングンルの兄だとはな…。だが、彼女がお前に縛られて日々苦しんだことは事実…。許さん、魂すら切り裂いて転生の輪廻から外してくれる」
「ヌかせえ!てめーこそ、真っ二つにしてやる!」






「すごいなー、俺と名前。ゲイボルグとグングニル…前世でも現世でも俺たちは仲良しの兄妹なのでしたー」
「お前は…ゲイボルグ?」
「えーっと、どなた様?あ、ひょっとして、デュランダ…何とかさん?君もバルカンの地も惹かれやってきたわけだ。…再会を喜ぶオレ。でもすぐに悲しみがやってくるのでした。なぜなら前世で敵同士殺しあう宿命なのですっ」
「んなコトはどうでもいい!さっさと放しやがれ!」
「…そして奴は言うのです、前世を経て巡りあった兄妹に、現世で生き別れたが感動の再会を果たした兄妹に、再び…離れろと!」
「君は、名前をどうする気なの…?」
「さて、オレはこれから妹をどうするでしょーか!1.二度と離れないように監禁!2.二度と離れないように教育!3.二度と離れないように殺す!」


ハスタの質問に、俺はゾッとした。それと同時に沸き起こる激しい怒り。
どれも、狂っている。どんなことをしてでも名前を取り返さないと…!


「知るかっ!こんな殺人鬼の好きになんかさせねえ!」
「というか、さっきからこの煩いデュランダ何とかさんは何なの?君、名前の恋人か、何か?」
「お前には関係ねェ!」
「名前ちゃん、お兄ちゃんはとてもショックを受けています。妹の男なんて、殺してしまいましょう。そうしよう。オレの目の黒いうちは、妹は渡しまセンヨ?…あ、俺の目は赤いや。…いや、まあそれはどうでもいいや」


するとハスタが名前を記憶の場の中心へ置き、そのままこちらへと向かってきた。
槍を肩にかけて、ヘラヘラと俺たちを見つめる。



「名前は渡さないんだぷー」
「っ、その鼻ヘシ折ってやるっ!」




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