「っ、は…」
「名前、大丈夫?」


気がつくと、アンジュ姉さんに体を支えられていた。
…まただ。アスラ様とイナンナの光景のあとに現れた、グングニルの姿。念のため、アンジュ姉さんに聞いてみる。


「姉さん、今…見た?」
「…え、ええ…創世力についてのお話でしょう?」
「…そっか。じ、じゃあ…他には、見た?例えば、自分だけが知ってる記憶を思い出した…とか」
「え?それはないけど…、もしかして名前…違うものが見えたの?」
「…うん。詳しくは言えないけど…、グングニルの記憶が見えるの。何でだか、分からないけど…」
「記憶の場に強く影響を受けているのかな?」
「そうかも…しれないね」


何か釈然としないけど。
…うーん、まあそれにしても今回は思い出したことが多かったな。
自分がどうやって生まれたのか、生みの親の顔、実はグングニルには兄がいたこと。

それと、一番最初のアスラ様とイナンナの記憶。イナンナは創世力を使いたくなかった、のか。


「なあイリア、ルカ。なんか思い出したことはあったか?」
「いや…、イリア、ううんイナンナと二人で何かを話していた。それだけ…かな」
「思い出したら、いけないような…。イヤ…、なんだか頭が痛い…」
「イリア…」
「たいした収穫は得られず…か。ところでこの絵はなんだ?」


リカルドさんは先ほどの絵を指差して言った。確かに、あまりよく見ていなかった。一枚目の壁画と同じように天上文字が書いてあったので、アンジュ姉さんが読みあげる。


「魔王、創世力を高く掲げ、その力、長き眠りから呼び起こす」
「魔王?」
「つまり魔王が創世力を使ったってェ?」
「…そういえばさっき、ルカ言ってなかった?魔王が何とかって」

私がルカを振り返ると、ルカは視線を落として話はじめた。


「魔王…。チトセが言っていた。マティウスが、魔王だって。…センサスを治めた魔王…、こいつが創世力を使って天上を滅ぼしたのか…。許せない」
「マティウス…?あいつがっ!っあいたたた…」
「あらら、大丈夫?」
「…平気よ」
「…天上が滅んだせいで僕たち転生者はこんな生き方を…。マティウスのせいで…っ、マティウスめっ!」


魔王…、か。
残念ながらグングニルの記憶の中に、魔王という人物はいなかった。…自分にはあまり関わりが無かったせいかな?

それにしても、魔王とイナンナと、アスラ様…。何故この三人が一緒に壁画に描かれたのだろう…?謎は深まるばかりだった。





とりあえず王墓を出ようと元来た道を辿っていると、通路に赤い服を着た女の子が立っていた。
ルカが「チトセ」と呟く。…なるほど、この子がさきほどルカに魔王のことを教えたチトセという少女なのか…。


「このネッヨョリ女、ノコノコ現れやがったな!」
「イリア、口調」
「現れやがりなさいましたわね。何の用よ!」


知り合いか何か?とスパーダに聞くと、転生者研究所で出あってイリアとは犬猿の仲なのだそうだ。
だが、そんなイリアを無視してチトセさんは続ける。


「アスラ様。マティウス様はあなたを必要とされています。お願いです、私とおいでください。共に幸せになりましょう」
「君は知らないフリをしているのかい?魔王が創世力を使ったから、天上が滅んだ。そして地上は今滅びに向かっている。つまり、マティウスが前世で力を使ったからこうなったんだ」
「それは…」
「君の愛する故郷が沈んでいくのも、今の戦争の原因も、天上が滅ばなければ無かった事かもしれない。…マティウスの、魔王のせいなんだ。全部、全部あいつの!」
「違う!違うわ、アスラ様。まだすべて思い出されていないのね。それは勘違いなのです。私は知っています、それは…天上が滅んだのは、すべて…イナンナのせいなのです」


その言葉に、私たちは一斉にイリアの方を見た。
チトセさんに指を指されたイリアは、目を見開いていた。当然だ、いきなり…こんなことを言われたのだから…。


「…そんな」
「っ、そんなワケねーだろ!おいイリア、なんか言ってやれよ!」
「……」
「お、おい…、言わせておくのかよっ!」
「この女は天上を滅ぼし、そして私の美しいアシハラまで滅ぼそうとしている。のみならず、アスラ様まで…。でも、生まれ変わった私は違う!以前の私じゃないわ…。アスラ様を、アスラ様を渡すものか!」


!!もしかして、チトセさんはサクヤ?
アスラ様に対する思い、そしてイナンナに対する態度…。サクヤとしか、考えられなかった。

すると、いきなりチトセさんが短剣を取り出した。刃の先には、―イリア。彼女は先ほどの言葉が与えたショックが大きすぎるようで、刃を向けられても顔色一つ帰ることは無かった。
そんな二人の間にルカが慌てて入り込む。


「待て!何をする気だ」
「何故かばうの?この女を信じては駄目。最後の最後に裏切られた苦しみをまた味わうつもり?」


最後の最後に裏切られた、苦しみ?
その言葉が、私の頭の中をぐるぐると回る。…何か、引っかかる…。気持ち悪いな…。


「アスラ様、もうだまされないで!目を覚まして!」
「僕は決めたんだ。僕を連れ出してくれたイリアを、僕を必要としてくれたイリアを守るって。…守るなんておこがましいけど、でも僕を信頼してくれた証を立てる!」


そんなルカの言葉に俯いていたイリアが顔をあげる。ルカはまだ続けた。


「厳しく暖かく見守ってくれた両親、気安く仲間扱いしてくれていた友達、…彼らと築いていた信頼の絆を僕はうっかり見過ごしていたんだ。…イリアはそんな僕の目を覚まさせてくれた。僕は…、イリアを信じる!絶対に!」
「わからずや!!」
「イリア、君は僕が守る!」


ルカが背中から大剣を抜く。それと同時に私たちも己の武器を出して、身構えた。
いつもより、ルカの背中が大きく見える。…私は何だかとても、暖かい気持ちになった。





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