スパーダに連れられてやってきたのは、メインストリートから外れた一軒の民家だった。この家に住んでいるのは、ハルトマンさん。聞けばスパーダの家の執事だったそうだ。
今は引退して、ナーオスで暮らしていたらしい。…そんな人がいるなんて知らなかった。ナーオスの人たちのことは結構知ってるつもりだったのにな。
そういえば気になることが一つ。…スパーダって、お金持ちだったんだな。私はこの通り親も兄もいない。彼はお金持ちで、幸せな暮らしを送っていたのかな。…羨ましい、前世では同じような立場だったのに、何でこんなにも違いが…って、何を考えてるんだ私。

私だって、そりゃあお父さんやお母さんが亡くなって、お兄ちゃんも生きてるのかどうか分からないけど、でも…アンジュ姉さんに育ててもらって、とても楽しい毎日を送っていたではないか。街の人にも優しくしてもらって、幸せじゃないか。
それにスパーダのことだってわからない。彼が楽しい生活を送っていたかなんて、そんなの彼にしか分からないことじゃないか。…なんで私は、こんな意味のないことを考えてしまったのだろうか。…もう、よそう。


ハルトマンさんの家に入ると、みんなが椅子に座って何かを話していた。私たちが入ってきたことに、一番早く気づいたのはアンジュ姉さんだった。

「名前っ!」

姉さんは私の名前を呼ぶと立ち上がり、そして抱きしめた。
アンジュ姉さんのいつも持ち歩いているポプリの甘い香りと、姉さんの優しい匂いが広がった。

「心配かけてごめんなさい」
「ううん、いいの。いいのよ、名前。…私こそ、ごめんね?…戻ってきてくれて、本当に良かった」
「ま、とりあえず座れよ」

スパーダに促され、私はリカルドさんの横に座った。すると眼鏡をかけたおじいさんが温かい紅茶を運んできてくれた。ハルトマンさんだ。
彼にお礼を言って私はみんなを見回し、もう一度謝った。

「あーもう!謝らなくていいの!ほら、外寒かったでしょう?早く紅茶飲みなさいよ!」
「うん、ありがとうイリア」
「それで…セレーナ妹。話の続きをはじめてもいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「つーか今までなんの話してたんだよ」

スパーダが聞くと、ルカが今まで話したことを簡単に説明してくれた。
リカルドさんにアンジュ姉さんを連れて来いと依頼したのは、テノスの貴族…アルベールという人物らしい。因みに、アンジュ姉さんとは面識のない人物。
そしてその理由はアンジュ姉さんが転生者だから、らしい。

「ほんっと、マティウスみたいね。転生者を集めてるなんて!」
「なあ、そのマティウスって誰なんだ?」
「アルカ教団の幹部…かな?エラい地位にいるらしいけど…。イリアの故郷がそいつに襲われたんだ」
「それは気の毒に…」
「平気よ。だから気にしないで」

そっか…イリアの故郷も私の村と同じように、襲われたんだ。
…何だか、昔のことを思い出してしまうな。逃げ惑う村の人、私を庇った両親。単身、兵士に向かっていった兄。崩れた建物の影に身を隠し、震えながら身を隠した数日間。するとルカが声をかけてきた。

「名前、どうしたの?顔色が悪いようだけど…」
「あ、え…ああ、何でもないよ」
「名前。席を外す?」
「ううん、大丈夫だよアンジュ姉さん」

事情を知っているアンジュ姉さんが心配そうに声をかけてくれたが、私は首を横に振った。話の内容は重要なことだから、だから最後まで聞いておかなきゃ。

「無理しないでよ、名前。じゃあ話の続きね。…でもなんでマティウスみたいに転生者が必要なの?」
「やっぱり創世力を求めているんじゃないかな?」
「う…、アイタタタ…」
「イリア?大丈夫?」
「なんか頭痛くなっちゃった…。でももう大丈夫」

創世力…、創世力?
何だか聞いたことがある、創世力って…天上の、滅亡の…原因?あれ、どうだったっけ…。創世力、何故か胸に引っかかった。

「そういや、俺が転生者だとわかるとアルベールは聞いてきた。創世力を知ってるか?とな。…創世力とは何なのだ?」
「…何となく聞き覚えはあるんだけどよォ」
「僕も知っているんだ。でも…、思い出せない…。なんだか気持ち悪いや」
「そうか…」
「創世力!」

アンジュ姉さんが机を叩いて立ち上がった。…う、あ…ビックリした。私以外のみんなも、いきなりの事だったので、驚いて目を見開いていた。
だが、次のアンジュ姉さんの言葉で更に驚くことになる。

「天上の滅亡の原因!大変!止めないと!」
「そう…だったっけ?」
「い、いや…、そうだったような…」
「そうだったよ!…天上が、滅亡したのは…創世力のせいだよ!」
「セレーナ姉妹が口を揃えて言うという事は…可能性が高いな。…世界を滅亡させる力…か」
「なんでソレが地上にあんのよ!」
「天上が滅んじゃったから、かな?」
「ふんぬぅ!マティウスのヤツ!そんな物のためにあたしの村をっ!」
「問題はそのアルベールという方が創世力を求めているという事ね。…戦争に使うつもりかな」
「ありうるな。敵相手に使えば…」
「いや、地上そのものがヤバいんじゃねーの?」
「天上を滅ぼしたくらいのものだから、地上を滅ぼすのも可能ってこと…?だとしたら何で…」
「恐らく講和の材料に使うつもりだろう」

…でも、講和の材料に使った後…創世力をどうするんだろう。
もし、創世力の意味の分からない人が手にしてしまったら、世界は大変なことになってしまうのでは?
そういうと、スパーダが俺たちで手に入れればいいと言った。…そういう、ものなのかな?

「それより、これからどうすんの?」
「話長くて飽きてきたぞ、しかし。ご飯は?」
「今夜はごちそうですよ。間もなく出来ますからね」

ハルトマンさんが調理場から顔を出すと、コーダ君が喜びの声を上げる。そういえばいい匂いがすると思った。

「ふう…、疲れちゃった。アタマ痛いしさっ」
「よかったらひざ枕でもしたげようか?」
「オ、オレもいい?」
「!」

な、何てこと!デュ、デュランダルの不潔!最低!最悪!エロ男!思わず立ち上がると、みんなの視線を集めてしまった。
あ…あ、あ…

「わ、私っ!ハルトマンさん手伝ってくるね!」

慌てて調理場へ向かう。最悪、デュランダル像が崩れた!って、ああもう!スパーダはデュランダルじゃないんだから。あれはスパーダ!スパーダがすけべなだけ!スパーダはデュランダルじゃないの!変態なのはスパーダだから!デュランダルは紳士なの!あんなこと言うはずがない、あれはスパーダスパーダスパーダ…

「お嬢様…?どうかされましたか?」
「っハ、ハルトマンさんっ!」
「?」
「お、お手伝いします!」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、サラダの盛り付けをお願いしてもよろしいですか?」
「はいっ!」


「名前どうしたのかな?」
「ルカ、…アンタ鈍ちんね」
「?どういうこと…?」
「名前に悪いことしちゃったかな」
「……」
「どうした?俺が膝枕してやろうか?お坊ちゃま」
「うっ、うるせー!」

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