バロニアの宿屋で働いている私には日課があった。
二階の奥の部屋からは騎士学校が見えるんだけど、毎日午後3時になると学校から出てきて騎士学校前で友達と喋っている男の子がいた。
いつも4・5人で話してるんだけど、彼はその中でも、とりわけ目立っていた。凛々しい顔つきに海のように深く綺麗な青い瞳、ときどき見せる無邪気な笑顔。名前も知らない彼に段々惹かれていった。


ときどき買い物に出かけたときにすれ違うこともあった。彼はアイスキャンディー屋の女の子と仲がいいようだ。彼女の店の前で楽しそうに話しているのを何度も見かけた。
二人は付き合ってるのかな?…彼はかっこいいから、彼女くらいいてもおかしくないよね。

でも何でだろう。…名前も知らない人なのに、なんでこんなに苦しくなるんだろう。



それでも、彼のことを見ていたくて。彼のことが知りたくて。
私は3時になったら必ず二階のあの部屋に行って窓から彼を見つめる。よく考えたら私って結構怪しいよね、と今更気がつく。
自分のやっていることがちょっとだけ恥ずかしくなってきた。結局のところ、私…どうしたいんだろう。

そう思いながら再び彼へ視線を戻す。もうほとんど癖になっていた。


すると、あの綺麗な青い目と目が合った。…え、えええ!?驚いて窓から身体を引っ込める。って私の馬鹿!身体引っ込めたらますます怪しいじゃん!
再びそろーっと窓から騎士学校の方を見てみると、彼は友達と話している。まあ、そうだよね。私のことなんて知らないんだから、何も思わないって。なんて自分自身に納得させるけど、でもそれってちょっと悲しいよな。…でも変な人って思われるより、存在を知られてないほうがまだマシっていうかなんというか。




彼と目が合った翌日、宿屋のおじさんがお休みをとったので、私がカウンターを任された。
さまざまな場所からいろんな人が訪れるので、対応に追われて目まぐるしい一日だった。

その日の午後。私は宿屋の従業員に頼まれて道具屋に買い物に向かった。なんだか働きづめだったからふらふらするなぁ…、今日は日差しも強いし、帽子を被ってくるべきだった。


道具屋で頼まれた野菜を買った後、宿屋まで戻る。買い物カゴにはたくさんの野菜。そして何だかふらつく身体。
宿屋の前の階段で躓き、倒れてしまった。



「った…」
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません…」

誰かに助けてもらいながら身体を起こすと…あ、ああ…あ。


「?どうしたんですか?どこか…痛むんですか?」


彼だった。
きっといつものように騎士学校の前で話をしていて、それで私が宿屋の前で倒れたからそれを見て…助けに来てくれたのだろうか。そうだとしたら、う…嬉しすぎる。


「あ、あの…」
「うひぁ!す、すみません!大丈夫ですぅっ…」
「大丈夫ですか?…あ、足が…」


痛む右足を見ると、膝が擦りむけている。痛々しい。
少しだけ顔を顰めていると、彼が私を抱き上げた。…抱き上げた?抱き、抱き…抱き上げた!!?


「う、うあああああっ!」
「すみません!でも、その足じゃ歩けないと思って…」
「あ…えっと、すみません…」


今日はなんてラッキーな日なんだ。いや、怪我したからラッキーでも何でもないのかもしれないけど、でも、でもこれは…嬉しすぎる展開だ。
憧れの彼と話をすることができて、それにだ、抱き上げられてるうわあああ。


「宿屋の人、ですよね?」
「え…」
「いや、いつも二階の窓から丁度この時間帯に仕事をしている姿がいつも見えて…、す、すみません。なんか怪しいですよね、俺」


き、きき…聞いた?今、憧れの彼の口からとんでもないことが発せられましたよ?
彼も…私のこと、知ってたよ。どうしよう、今日ラッキーすぎる。幸せすぎる。なんだ、今日。


「そ…んなことないです…。私も、あなたの事知ってました、し」
「そ、うなんですか…?」
「…はい」

なんだか微妙な空気になってしまった。とりあえず、宿屋に入ると従業員の人にとても心配された。

救急箱を持ってきてくれるらしいので、ソファに座って待つことにした。彼もすぐ近くの椅子の前に立ち、救急箱が来るのを待つ。


「あの…座ったら?」
「あ、あぁ…。そうですね」
「……」
「……」


会話が続かない。それはそうだろう。お互い顔は知っていたけど、それでも初対面なのだから。
私が下を向いていると、彼が遠慮がちに私に話しかける。


「あの…」
「…はい」
「…3時頃にいつも、二階の奥の部屋で掃除をしている…貴女に目が、奪われて…。すみません、初対面なのに、なにを言ってるんですかね」
「わ、私も…掃除をしていたら、貴方がいつも騎士学校の前で楽しそうに話している姿が、好きで。…いつも見てました。…す、すみません」


一瞬の沈黙の後、私たちは顔を見合わせて笑い合う。すると従業員が救急箱を持ってやってきた。
私は彼を見てコクリと頷いた、すると私の言いたいことが分かったのか、彼はソファから立ち上がる。


「本当にありがとうございました」
「足、早くよくなるといいですね」
「…はい。…あの、良かったらお名前を教えてもらってもいいですか?」
「…俺はアスベル・ラントです。俺も、名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前です。…あの、また…お話できますか?」
「ええ、いつでも」


いちにぃさんしぃ、



アスベルくんが優しく笑うと、何かが始まった



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