「あなたはいつもそうなんですから!少しは周りの迷惑などを考えて行動されてはいかがですか?」
『な、なによその言い方!そういうヒューバートだって人のこと疑ってばかりで、ちょっとは直したらいかがですか?』
「真似をしないでください!」

名前とヒューバートが喧嘩をしている。
それは殆ど毎日の光景なので、皆馴れてしまって止めようとするものがいない。仕方なくアスベルは二人の下に行き、仲裁をする。


「おい、二人とも。ここは宿屋だぞ?俺たちだけならまだしも…他の人に迷惑になるから止めろ」
『そうだけど、ヒューバートが!』
「まだ続けようという気ですか?兄さんもこう言ってるんですし、もう止めにしませんかね?」
『な、なによ!さっきまであんなに怒ってたくせに!』
「おい名前…」


二人は仲が悪いというわけではない。戦闘になると互いを庇いあっているし、一方が怪我をすると一方はすぐに助けに行く。
そこには幼馴染という関係だけでなく、もっと他に…もっと大きな感情があるはずなのだ。
だが二人とも素直になれない性格で、思ったこと以外の事が口から出て行く。


『はいはい、わかりましたよ!じゃあお邪魔な私は部屋に戻るとしますか』
「ちょっ、名前…!」

吐き捨てるように言い、名前は宿屋の階段をあがっていった。
ヒューバートはというと、傍にあった椅子に乱暴に座り溜息をついていた。


「なんで…いつもこうなるんだ…」
「ヒューバート…」


片手で顔を覆い、悲しそうに呟くヒューバート。アスベルはそんな弟の顔を見ていられなかった。
すると、シェリアがヒューバートに声を掛ける。


「ねぇ、ヒューバート?名前のこと、好き?」
「…何故今そんなことを聞くんです」
「名前ね、いつも私に相談してくるのよ?素直になれない、どうしようって」
「…それがどうかしましたか」
「名前も…同じなのよ?」
「っ…!」

ヒューバートは眼鏡を人差し指で上げ、椅子から立ち上がった。
そしてアスベルとシェリアをキッと睨むと彼自身も自室へと戻ってしまった。


「少し、言い過ぎちゃったかしら…?」
「…これで変わるといいんだが」


アスベルたちは二人がのぼって行った階段を静かに見つめた。







『はぁ…またやっちゃったよ』


今日割り当てられた部屋のベッドの上で体操座りをし、顔を埋めた。溜息が出る…。
これで何度目なのだろうか、ヒューバートと喧嘩しちゃったの…。
好きなのに、素直になれなくていつも思ったことと違う事が出てきて…。言わないようにって、いつもいつも思ってるのに…。


『なんか喉渇いちゃったな…』


部屋に備え付けられているポットに向かい、お湯を沸かす。
はぁ、とまた溜息が出てしまう。
ポットの近くにあった紅茶のフレーバーの中からお気に入りの葉を探し、その封を切る。


『今度こそ嫌われちゃったかなぁ…、どうしよう…』

お湯が沸いたみたいだ。紅茶のパックをカップに入れ、そこに湯を入れる。
すると、ぼーっとしていたせいかカップが自分の手から滑り落ち、割れてしまった。







部屋で休んでいた僕の耳に、何かが割れる音が聞こえた。
それは丁度名前の部屋の方から聞こえたので、僕はいてもたってもいられなくなり彼女の部屋の方へ足を進めた。

だが…。
僕は足を止める、あんなことがあった後に…彼女は僕を部屋に入れたがるだろうか?
酷い事を言ってしまった…シェリアに言われた事も気になってしまう。

僕は名前のことが好きだ。そう、小さい頃からずっと…。
でもそれを上手く伝える事ができない、それが彼女を傷つけてしまう…。
それでも、彼女に伝えなくてはならない。



一人、彼女の部屋の前で悶々と考えていると、部屋の中から水音が聞こえた。
何事かと思い、ドアを開けると、割れたカップの破片を拾っている名前がいた。

どうやら、紅茶を淹れようとして手を滑らせたようだ…。よく見ると、まだポットからお湯が出ているではないか!
僕は急いでポットに駆け寄り、スイッチを押す。…止まったのだが、床は水浸しだ。


「名前…!」
『っ、ヒューバート…私』


名前はきゅっと目を瞑る。少し大きい声を出してしまった…。
僕は眼鏡を上げ、彼女の下へ近寄る。


「怪我はないですか?」
『え、あ…だ、大丈夫』

僕に怒られると思ったのだろう、名前は僕の予想外の台詞に驚きつつも答えた。
僕は名前の手を欠片の上からどけ、備え付けの箒と塵取りでサッと片付ける。


『あ、ありがとう…』
「いえ、怪我がないのならよかったです」

床は…あとで清掃の方に頼みましょうか…。
僕はふぅ、と溜息をつき名前を見る。

『あ、あの…その…』
「すみません」
『え…?』
「さっきは言い過ぎました」
『え、えと…わ、私も…ごめんね?』

名前は少し恥ずかしそうに顔を伏せる。


「いつも僕はあなたにきちんと言葉を伝えられない…分かっているんだ、でも…」
『私もだよ、ヒューバート。いつも、可愛げのない事言っちゃって、ヒューバートに嫌なことばっかり言っちゃって…』
「すみません、でも…これだけは知っていて下さい」


大丈夫だ、思っていることをきちんと伝えるだけ…。
彼女をそっと抱きしめて、耳元で囁く。


「…貴女のことが、誰よりも好きなんです」
『ヒュ、ヒューバート…!』
「貴女が好きだから…だから…誤解、しないでください」


彼女を力強く抱きしめる。これはほとんど照れ隠しだ。
素直に何かを伝えるという事の難しさを改めて思い知った。


『ヒューバート…私も、私も好き…好きだよ。…な、なんかちょっと恥ずかしいや…』
「そうですね、すごく…。でも、伝えられて良かった」


伝えるということはとても難しい。きちんと言葉を選ばないといけないし、素直になるということも必要だ。
僕たちはそれがきちんとできているとは言えない。

だが、二人ならきっと出来るだろう…。僕はそう思った。



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