昔、アスベルたちと会うよりもっともっと前の昔。僕にも友達と呼べる存在がいたのかもしれない。



その少女の名前は名前…セルディクの娘、僕の従妹だ。
彼女は大人しくて、儚くて…とても心の優しい女の子だった。


幼い僕らは生まれてから殆どの時間を城の中ですごしていたため、僕は名前、名前は僕以外の子供を知らなかった。
だけど、僕らはそれでよかった。いつもいつも彼女と遊び、毎日を過ごす。…そんな日常が幼い僕らのすべてだったからだ。




「名前、きみはずっと僕のそばにいてくれる?」
「はい。リチャードさま、私は絶対に、貴方をお守りいたします」


僕の手をとり、優しく微笑んだ名前を僕はぎゅっと抱きしめた。
今思えば、その光景は酷く滑稽なものだったのかもしれない。




事が動き出したのは、それから一年も経たないうちだった。






毎日僕の部屋に訪れていた名前が、ある日を境に全く来なくなった。


僕は城内を必死に探した。彼女の部屋にも訪れたが、メイドに止められた。
最初は病気かな、と思って心配して彼女に花を贈った。だけどその花は名前のメイドによって捨てられているのを偶然見かけてしまった。


幼い僕は、酷く憤った。何故、何故何故何故?僕が何かをしたというのか?


父親やデールにも聞いたが、二人は黙って首を振った。


「仕方ない」


という言葉だけを僕に与えた。
だがその言葉は余計に僕を混乱させる。



ある日廊下でセルディクとすれ違った。僕は聞いた。名前は一体どうしたのかと。
するとセルディクは笑いながら言う。



「娘は貴方のことが嫌いなのですよ、リチャード王子」



その時僕は、鈍器か何かで頭を思いっきり殴られたように感じた。きっと、最も信頼していた彼女に裏切られたと思ったからだ。
その日から僕は名前のことなんて忘れることにした。忘れよう、忘れよう…そう思ったのだが、いつも頭の片隅には彼女のあの優しい笑顔が在った。






それからアスベルと出会った。その出会いは僕の人生の中で最もすばらしいものだと思った。
彼や彼女らとの思い出は、すぐに孤独で真っ黒に塗られていた僕の心を塗り替えた。

城に帰ってからも、アスベルやみんなとの思い出ばかり。昔遊んだ少女のことなんて、忘れてしまった。


それから7年後。セルディクが父上を殺した。今度は自分を狙っているではないか。
自分は息をしていない兵士たちの下に隠れ、身を潜めた。そこから逃げる機会を伺う。

すると、セルディクの声とともに透き通った美しい声が聞こえてきた。



「もうお止めください、お父様!」
「五月蝿い!お前もこの私に逆らうというのか、名前!」


名前…、聞いたことのある名前。…僕は必死に頭の中にある引き出しを探す。
そして思い出した。優しい笑顔、儚い存在を。


「こんなこと…酷すぎます!もう…私見ていられません!」
「お前のような小娘に何ができるというのだ!」


僕は倒れる兵士の隙間からそっと玉座の間を見た。
そこには忌々しいセルディクと、数名の兵士…それから、一人の美しい女性がいた。

僕の胸は高鳴った。あの女性が…名前…


だが、そんな僕の浮ついた思考はすぐに現実に引き戻されることになった。
彼女がセルディクに向けたものは小さな果物ナイフ。


そして、彼女はチラリこちらを見た。その形のよい唇が動く。



ハヤク、ニゲテ



僕の体は自然に動いた。城の中を逃げて、逃げ回って、それから地下の通路まで逃げ込んだ。
彼女があの後どうなったのか、全くわからなかった。





その後、デール邸で聞いた話だったのだが、リチャードの父との折り合いが悪くなったセルディクは、その息子…リチャードと仲良くしていた自分の娘…名前をこれ以上関わらせないために城の最上階に何年も監禁していたらしい。

何故あの時彼女があの場にいたのかもわからない。だけど、一つだけわかることがあった。


過去に彼女が口にした、「絶対に、貴方をお守りいたします」という言葉。


こういう形で果たされるなんて思っていなかった。ずっと、君は僕を思ってくれていたんだね…。






このまま大人になってく
(許されるならもう一度君に…)







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