『ど…どうしよう』
砂漠を越えて、ユ・リベルテに着いた一同。
長い砂漠を越えて、やっと日陰に入れたので、みんなの表情は晴れ渡っていたのだが、名前の顔は何故か真っ青だった。
彼女の顔は、突然氷を当てられたかのように冷めていって、何も考えられなくなっていた。
悲しみ、後悔、絶望。…それらが名前の胸を支配する。
名前の手の中には可愛らしい髪飾り。…だったもの。
これは彼女が母に貰った大切な大切な宝物なのだ。
先ほどの戦闘で後方に飛ばされたときに衝撃で壊れてしまったのだろう。
…なんてことだ。
そう、名前が溜息をついていると、仲間たちが彼女の下へやってきた。
「どうしたんだ?名前」
『アスベル、私…私…どうしたらいいのか分からなくて…』
だんだん小さくなっていく彼女の言葉に、一同は驚き、震える名前を見つめる。
するとどうだろう。彼女の美しい色をした瞳から、涙がぽろぽろと溢れ出しているではないか。
「名前、大丈夫?何があったの?もしかして、さっきの戦闘で怪我でもしたの?」
シェリアが優しく背中を摩るが、彼女は泣き止まない。
さっきから必死で何かを伝えようとしているようなのだが、嗚咽が混じって上手く聞き取れなかった。
ヒューバートがそんな彼女の頭を撫でて、優しく言う。
「名前、ゆっくりでいいんですよ」
『か、髪…』
「髪?髪がどうかしたのか?」
『髪飾りが…、壊れてしまったんです』
そう言って、彼女は自分の手の中にある宝石で作られた美しい髪飾りだったものを見せてくれた。
これは、名前がいつも大切にしていた、あの髪飾りではないか。
『先ほどの戦闘で…壊れてしまったみたいで』
悲しそうにその壊れた髪飾りを見ながら俯く名前につられるように、仲間たちも顔を歪めた。
「どれ、見せてみろ」
教官が彼女の手から髪飾りを受け取ると、本体と砕けてしまった欠片を交互に見やる。
美しい薔薇だったそれは、多少は原型を留めてはいるが、花びらをかたどった宝石が砕けてしまっていて、修復は難しそうだ。
「砕けちゃってるね…」
『もう直らないのでしょうか…?』
「少し…難しいかもしれんな」
『そう、ですか』
名前は悲しそうに俯いた後、すぐに顔をあげて笑う。
『すみません、心配をおかけして。もう、大丈夫ですから』
「でも…」
『いいんです。大丈夫ですから、ね?』
無理矢理作ったような笑顔で笑う彼女に、胸が痛んだ。
彼女がどれだけあの髪飾りを大切にしていたかを知っているので、なおさらだ。
「名前、それを貸してください」
『ヒューバート?』
「皆さん、少し待っていてください。…名前、心配しなくても大丈夫ですよ」
ヒューバートは名前の頭を優しく撫でると、髪飾りを受け取り、その場をあとにした。
「ヒューバート、どこ行くんだろう?」
「街の奥に行ったようだけど…、わからないわ」
『…』
彼女は俯いたまま言葉を発さない。そんな名前を見かねたアスベルは、立ち上がり落ち込んでいる彼女の手を取った。
『アスベル…?』
「よし、名前。アイスを食べに行こう。なんでも奢ってやるぞ」
『え、でも…』
「いいから、ほら」
彼女を引っ張り、街の中心でアイスを売っている男性の下へ行き、ガルドを払う。
戸惑っている名前に無理矢理アイスを持たせると、アスベルはにこりと笑った。
『え、えっと…あの』
「早く食べないと溶けるぞ?」
『あ…そ、そうですよね!では、いただきます』
美味しそうにアイスを食べる名前に、アスベルは微笑む。
すると仲間たちもこちらへやってきた。
「いいな、名前。おいアスベル、俺にはないのか?」
「…ないですよ、教官」
『あの、…食べますか?』
「いいのか?じゃあ一口…「もう、教官!」…惜しかったな」
シェリアが静止をかけると、不貞腐れたような表情になるマリク。
それを見て、名前は静かに笑った。
「少しは…落ち着いたか?」
『え…?』
「お前に涙は似合わないぞ」
そう言って涙を拭ってくれるマリクの大きな手に、名前は心から安心し、そして感謝する。
「名前、溶けてるよ」
『え…あ、あれ』
ソフィに指摘され、アイスを持った手を見ると、棒を伝って溶けたアイスが手に流れてきていた。
慌てて拭おうとすると、その手がアイスごと持ち上げられた。
そして、手に生暖かい感触…。そしてマリクの「やるな、ヒューバート」という声。
一瞬ストップした思考回路が回復し、名前は悲鳴をあげる。
『ひゃあ!』
「…なんて声を出しているんですか」
『だ、だって…ヒューバートが、な、舐め…』
慌てふためいている彼女の手を握りながら、ヒューバートは持っていた袋を彼女に渡す。
『これは…?』
「開けてみてください」
ヒューバートに言われた通り、袋の紐を解き、中身を確認する…。
『え……?』
「何が入ってたの?」
『…嘘、嘘…!』
名前は袋の中から、壊れたはずの髪飾りを取り出した。
壊れたはずの髪飾りが、そっくりそのまま、元通りになっている。
『どうして…?』
「…ユ・リベルテに宝石に詳しい知り合いがいるんです。…その人に直してもらいました。どうしても直らないところは新しい宝石で作り変えたのですが…いかがですか?」
『…ありがとう、ありがとうございます…!』
名前はヒューバートに抱きつき、彼の胸に顔を埋める。
ヒューバートはそんな彼女の頭を優しく撫で、呟いた。
貴女の悲しむ顔は見たくないんです
きっとここにいる全員がそう思っていますよ
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