掃除が始まっても、私の心は晴れることはなかった。
掃き掃除をしながら、私はチラッと同じく掃き掃除をしている下前さんを見る。典人の…幼馴染。

…なんでこんなに不安になるんだろう。2人の仲が良いのが嫌だった?…仲が良いのは幼馴染だから当然のことじゃないか。話すのが嫌、なんて…そんなの我儘すぎるよ。…心が狭いなぁ…私。あれだけのことで、こんなに嫌な考えになるなんて。


「ねえ、苗字…さん?」
「!!?」

いきなり、下前さんに話しかけられてビクリと肩を震わせる。
すると下前さんは「いきなり話しかけちゃってごめんね?」と可愛らしくクスクス笑った。…可愛い。同性から見ても本当に可愛らしかった。


「私、知ってると思うけど下前夏希、よろしくね。苗字名前さん、だよね。茜ちゃんから名前聞いちゃった」
「あ…うん、苗字です。よろしくね」
「5日間よろしくね、あっ、私のことは夏希って呼んで?苗字さんのこと、名前ちゃんって呼んでいいかな?」
「うん、もちろん。5日間よろしく、夏希ちゃん」
「ふふっ。……あ、そうだ」
「?」


夏希ちゃんは何かを思い出したようにそう言って、それから私の耳元で…面白そうに、歌うように…そのくらい軽やかに囁いた。


「あなた、典の彼女なんだって?」
「え…」


ひやり、とした。
ぶわっと汗が湧き出て、今度こそ息が詰まる。…言い知れぬ恐怖が、不安が…私の心を覆い始めた。


「葵ちゃんたちが言ってたよ、付き合って1年になるんだって?」
「う、うん」
「ふふっ、典にも彼女ができたんだな〜。ずっと一緒にいた幼馴染としては嬉しいような複雑なような…うふっ、もちろん嬉しいのほうが勝ってるんだけどね?」
「は、ははっ…」
「典って素直じゃなくて大変でしょ?昔から素っ気ないんだけどね、小学生の時とかもね、私の家族と典の家族で旅行に行ったことがあったんだけど、その時に…」


正直、どう反応していいのか分からなかった。
ただ…一つだけ言えることは、…私は、とても…悲しい気持ちになった。

こんなこと、話す必要があるのかな?…正直、いい気分ではない。幼馴染とはいえ、女の子と…彼氏の過去の話なんて。
…私って…やっぱり心が狭いのかな。…なんだか、嫌だな。


「あっ…なんか喋りすぎちゃったね、なんかごめんね?」
「い、や…」

なんだか、上手く喋ることができない。
自分が今どんな表情をしているかも、分からない。

それから、夏希ちゃんは彼女が寝泊まりしているらしいおばさんの家に帰って行った。
私はなんだか複雑な気分が拭えず、晩御飯を作っているときも夏希ちゃんと典人のことばかり考えていた。水鳥にどうしたのかと心配されたけど、こんなこと相談するわけにもいかず…そのまま夜になってしまった。
食堂で一人水を飲んでいると、ガラリとドアの開く音がした。見ると、典人が片手をあげながらこちらにやってきていた。……。



「典人、どうしたの?」
「いや…ここ来たらお前がいるかなって思って」
「ふふっ、なにそれ。恋しくなった?」
「…うっせ、悪いかよ」
「随分素直になって」


私の隣に座って、典人は先ほどまで私が飲んでいた水を飲む。
此処の水はとても綺麗で、おいしい。しかも井戸水だからタダ。田舎って本当に素敵だよね。

隣に座る典人を見て、私は一瞬…昼間の夏希ちゃんと楽しそうに会話をする姿を思い出した。……夏希ちゃんとのこと、何か聞こうかと思ったけど…でも、言葉にする寸前で止めた。


「…典人」
「ん?」
「……合宿、頑張ろうね」
「…ああ。……なあ、名前」
「なに?」
「…一年前の合宿初日にも、ここで二人きりだったよな」
「……そうだったね」
「あの時、俺…めちゃくちゃ緊張してたんだぜ?お前と二人きりとか、あんまなかったし」
「…私も…緊張したよ。でも、とても嬉しかったんだよ」
「…名前…」


典人の顔が近づいてきて、それから私の唇に典人の唇がそっと触れた。
いつもなら嬉しいはずのそれ。だけど、…嬉しいに混ざった、この不安は何?




20120612




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