「名前っ!」

弟君が叫んだ。次いでみんなも名前の名前を叫んだ。
あたしは声が出なかった。

大事な親友。あたしがお姉ちゃんとの事で落ち込んでたとき、優しく抱きしめてくれた名前。
その優しいぬくもりに、どれだけ救われたことか。


そんな、大事な大事な名前が…。


「っ…!」


意識が無くなる直前にリチャードに向かって伸ばしたのだろう、彼女の細い右手はだらりと瓦礫の上に乗っかっていた。
弟君に抱えられた名前の頬には、涙の痕。彼女はずっと言っていた。リチャードに伝えたい事がある…と。彼とまた笑いあいたい…と。

彼女は、相当の覚悟でここまで来たのだ。
…でも、あの時無理矢理にでも止めておけばよかったのかもしれない。あの時、止めていれば…。名前は悲しまずに済んだのかもしれない。


あたしは杖を握りなおし、変わり果てた姿になったリチャードを睨みつけた。


「貴様たち…なぜここへ」
「っ、名前に、名前に何をした!」
「…はっ、その愚かな女か。阿呆なやつだ。…我の力には叶うはずがないのに邪魔ばかりする。…後で息の根を止めようと思っていたのだが、…まさか貴様らが来るとはな」
「リチャード!あなた、名前がどれほどの思いでここまで来たのか知っているの!?名前は…!」
「シェリア、少し待ってくれ。…お前、リチャードなのか?それとも…」


きっとラムダなのだろう。だって、リチャードは名前を愛していた。ストラタの時だって、傷つけたくないから彼女だけを拘束していたし、…それに、名前に向ける眼差しはいつも温かかった。だが、今はどうだろう。

彼女に向けられた視線は憎悪。…リチャードのはずがない。


「ここまで来られたことは褒めてやろう。…だが…残念だがここまでだ。貴様たちに我を阻む事はできない!そこの女共々消し去ってやる!」


その瞬間、リチャードの右手に物凄い力が集まっていくのが分かった。
それを見ているのか見ていなかったのか、アスベルがリチャードの下へと走っていく。


「リチャード!俺の話を聞いてくれ!」
「アスベル、危ない!」

間一髪。アスベルが剣で衝撃を薙ぎ払った。
彼はなおも続ける。


「リチャード、頼む!話を!」


リチャードが面白そうに顔を歪めた。これは、まずい。
再び、リチャードの右手に力が溜っていく。あたしはすぐに詠唱を開始する。


「――ブラドフランム!」


紅蓮の双壁がアスベルとリチャードの間を割った。それを合図にみんながリチャードの下へと走る。
弟君が両剣を構えて走っていくのが見えて、あたしは後ろを振り返った。

名前はエメロードに抱きかかえられていた。それを確認したあたしは武器を握り、詠唱を開始した。






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