ソフィの精神の実体化。ソフィとパスカルさんの次に現れた名前に、本物ではないと分かっていても、それでも…ぼくは、いてもたってもいられずに駆け寄った。


「名前!名前…名前!」
「ヒューバート…」
「名前、名前…」


彼女の手を掴もうとしたが、所詮は粒子体。触れられるものではなかった。
だけど、ぼくは何度も何度も彼女を抱こうとして、彼女に触れたくて、その幻影に手を伸ばした。だが、兄さんに肩を掴まれ制される。


「止めろ、ヒューバート。名前は今ここにはいないんだ」
「……名前、名前、名前…」
「っ、…ヒューバート!」
「………名前、名前…」
「いい加減にしろ!ヒューバート!」
「っ!煩いですね!今のぼくの気持ちなんて、わかりもしないくせに!」

ドンっと突き放して、ぼくは兄さんを睨みつけながら捲くし立てる。


「あぁ、そうでしたね。分からなくて当然でした。…兄さんはソフィを助けたいんでしたね。名前のことなんてどうでもいいんでしたよね」
「違う!俺は…」
「……では…」
「…」
「では、…何ですぐに繭に引き帰さなかったんです?ソフィの事を優先して、こんなわけの分からない場所まで来て!これからどうするんだ!」
「……」
「…ほら、答えられないじゃないですか。本当にどうでもよかったんですね、名前のことなん…っ!」


頬に激しい痛みが走る。どうやらぼくは兄さんに殴られたみたいだ。
ズレた眼鏡を元の位置に直し、兄さんを睨みつけるために立ち上がった途端、目を見張った。


兄、アスベルはぼくを睨みつけていた。…大粒の涙を零しながら。



「名前だって、俺の大事な仲間だ!!」



兄さんが叫んだと同時に、今まで無表情だった名前の幻影が笑った。


「!」
「名前…」


彼女はゆっくりとソフィの幻影に近づき、その頭を撫でる。
すると、ソフィは名前に抱きついた。一瞬驚いた名前は、すぐに笑顔になるとソフィを抱きしめ返す。

そして…、ゆっくりと彼女の幻影は消えていった。




急に身体から力が抜けていって、ぼくは床へ座り込んだ。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…怖かったんです。…彼女がいなくなるのが、怖かったんです。あの繭の中に、一人きりで…。もし魔物に襲われていたら…、もし…もしも、リチャード陛下が、フェンデルで名前を襲ったときのような事が起きていたら…って」
「ヒューバート…」
「そう考えるだけで、ゾッとしました。あの時…陛下に攻撃されて、しばらく目が…覚めなかったじゃないですか。…あの時ぼくは息が詰まったんだ。…苦しかった、暗闇に引きずりこまれるような感覚だった」




名前、名前…


ぼくは、何度も何度も彼女の名前を呼ぶ。
そんなぼくの肩を、そっと兄さんは抱いた。


「すまない、ヒューバート。…すまない」
「……兄さん…」



違う。

謝るのは、ぼくの方だ。


兄さんやみんなは、名前のことも、ソフィのことも平等に考えていた。なのに、ぼくはどうだろう。
ソフィの事を考えていなかったわけではない。でも、それでも彼女のことをソフィよりも優先していたのは事実だ。…ソフィだって、大切な仲間なのに。


「(この事を名前が知ったら、きっと怒るでしょうね。…仲間を大切にしろっ!って)」



…今優先すべき事は、ソフィの身体を治す事。…そして、ラムダについてもっと情報を集める事。

だから…



「…兄さん、皆さん…。すみませんでした。…周りが見えていなかったのは、ぼくの方でした。ソフィも名前も、ぼくの大切な仲間です。…早く、助けないといけませんね」
「……あぁ。必ず救ってみせる」



兄さんとぼくは頷きあい、ゆっくりと自分たちの幻影へと近づいた。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -