今私の目の前には鋭利な槍があった。…私の使う槍とは違う、不思議な形をしたものだ。
先を喉下に突きつけられていて、一歩でも動けば、私はこの槍の餌食になるだろう。


槍を辿っていくと、丁度マリクさんくらいの歳の男性がいた。まさか、この人が…?
もう一本の腕を辿ると、どうやら槍は二本あったようで。もう一本はマリクさんに向けられていたが、彼は自らの武器で受け止めていた。(さ、さすが…)


「マリク…?お前だったのか」
「相変わらずの技の切れだ、さすがだな、カーツ」
「っ!」


その瞬間、私の身体は後方に傾く。
カーツさんに向けられていた武器からも、自然と身体が離れた。


振り向くと、アスベルが私の腕を握っていて、それから自分の背に私を隠してくれた。(あ、ありがとアスベル!)
するとシェリアが小声で私に話しかける。


「名前、大丈夫?怪我はない?」
「だ、大丈夫…。でも、怖かった」
「よしよし、大丈夫よ」


シェリアに頭を撫でてもらいながら、私はマリクさんとカーツさんを見る。
カーツさんは、黒と白の髪色で(どうなってるの、この髪型)頬が少しだけこけていた。

「久しぶりだと言いたいが、素直に旧交を温められそうな雰囲気ではないな」
「カーツ、オレたちはお前に話があって来た。…カーツ、お前はこの国にある大輝石の実験を取り仕切っているそうだな」
「…そうだ。長い年月をかけてようやくここまでこぎつける事ができた。この実験が成功すれば大輝石を資源として活用できるようになる。それにより我が国の人間がどれほど救われる事か。二十年前に始めた改革の志が、形を変え、ついに成就するのだ」
「……」


マリクさんは一瞬俯いた後、硬く閉じられた口を開いた。


「実験をやめろ、カーツ」
「フーリエお姉ちゃんの研究をそのまま使ってるでしょ?あれ、未完成なんだよ。過度に原素を取り出そうとすると、大輝石が暴走して制御できなくなるの」
「彼女はパスカルだ。アンマルチア族の一員で、過去に大輝石を研究していた。フーリエ氏の研究を途中まで手がけていたのも、このパスカルだ」
「…何も問題はない。実験は予定通り遂行する」
「カーツ!?」
「我々はフーリエ氏の研究成果をそのまま使用しているわけではない。氏の研究を土台として、そこに我々独自の十分な改良を重ねている。心配はいらない」
「しかし!」
「我々にはもう時間がないのだ。今実験をやらなければ、我が国の国民の生活は最悪の状況となる。生き延びるためには隣国へ攻め込むしかないという事態にもなりかねんのだ。そうなったら最後だ。…これまでの国境紛争どころでない。前面戦争となるだろう」



シェリアの肩がビクリとあがった。…国境紛争…ラントとのことだ。
彼女はそこに住んでいるし、大切な人たちもそこにいるのだ。この話は気持ちのいいものではないだろう。


私も、みんなとの大切な思い出のあるラント守りたい。…戦争なんて、そんなこと…絶対にさせない。
その意味をこめて、シェリアの手を握ると、彼女も握り返してくれる。
…そんなこと、させないためにも。なんとか、しなきゃ…。


「話はここまでだ」
「どうしても実験をやめるつもりはないのか?」
「マリク。昔のよしみに免じて、ここから立ち去る時間だけはくれてやる。これ以上ここに留まるなら、警備の兵を呼ぶぞ。その前に政府塔を出るがいい」
「カーツ、お前は…」
「何も言うな!…既に私とお前の道は深く分け隔てられている」
「本当に、そう思っているんですか?」
「名前!もういい!」
「本当に…、このままでいいんですか?このまま、このままでいいの?マリクさんとのことも、フェンデルのことも!それでいいと思ってるんですか?」
「名前、もういい」


マリクさんは私の手を掴むと、無理矢理部屋から連れ出す。
それに倣って、皆も私たちの後を着いて部屋を後にした。




「名前。…あいつはこの二十年、ずっと戦い続けてきたんだ。あいつなりのやり方で」
「……」
「それがどれほどの苦労だったか。できれば応援したかったが…」


今までずっと苦労してやってきたことが、叶うのだ。
だから、カーツさんは信じているのだ。…この実験が成功すると。…信じて、いるのだ。
たとえ、それが間違っていたとしても、彼に見えているのは、実験遂行する…。それだけなのだ。


「パスカル。カーツはあのように言っていたが、…やはり実験は危険なのか?」
「大輝石に含まれる原素の特性にまつわる問題だから。絶対安全って事はないんだよ」
「そうか…」
「…教官、大輝石の下に向かいましょう。カーツさんの実験を止めるために。それが、真実を知っている俺たちの責任だ思いますから」
「……責任か」
「次にカーツ氏と会うときは間違いなく戦いになるでしょう。あなたは彼と戦えるんですか?」
「カーツと戦う、か」


友人と戦う。
ふと、私の脳裏にリチャードの顔が浮かんだ。
…いや、戦うんじゃない。助けるんだ。彼は。…じゃあ、カーツさんは?


できることなら、戦いたくないのが本音だった。
それは、マリクさんも同じだろう。…いや、彼の方が強く思っているはずだった。


「…ぼくたちは今、フェンデルという国そのものを相手にしているも同然なんです。しかもこの数で乗り込むんです。戦力にならない者がいては困ります」
「ヒュー…」
「いい、名前。…カーツは今でもオレの友だ。オレのその思いは、何があろうと揺らぐ事はない。…だからこそあいつと戦う事も覚悟の上でオレはあいつを止めねばならん。それがオレの使命であり、けじめでもあると思っている」
「…わかりました。それだけ聞けば十分です」


ヒューバートはそういうと、政府塔の敷地から出て行った。
マリクさんは一度この曇っている空を見上げ、それからそれに着いていく。

彼の目には、この鉛色の空は…どのように映っているのだろう。







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