夜、お風呂からあがった後、部屋へ向かおうと廊下を移動していると、アスベルがいた。
端整な横顔は、どこか思いつめているようにも見えて…。
「アスベル?」
私は彼に声をかける。
…何か悩んでいるのなら、話してほしいし、アスベルはいつも私を助けてくれているし…。
彼の力になりたかった。
「名前…」
私の名を呼んだアスベルの声は弱弱しくて…私はなんだか不安になった。
「どうか、したの?」
「…名前…。少し、付き合ってくれないか?」
「?…わかった」
そう言って廊下の奥に消えたアスベルの後に続いた。
宿屋の二階の、ちょっとした休憩スペース。そこのソファーに二人で腰掛けた。
どこから持ってきたのか、珈琲の入ったカップを私に差し出し、アスベルは私を見ずに呟く。
「名前とこうして二人きりで話すのは久しぶりだな」
「そうだね。…前はリチャードとソフィのこと…二人で話したんだっけ」
「ああ、そうだったな…」
ふと、アスベルの顔を見ると、彼はなんだか泣きそうで…。
私は震える彼の手の上に、自分の手をそっと重ねた。
「俺は…」
「うん」
「俺は…強くなりたかった。…強くなれば、大切なものが守れる、ずっとそう思っていた」
「……」
俺、将来騎士になりたいんだ!
幼い頃、満面の笑みで私にそう告げたアスベルの顔が今でも頭の中に鮮明に蘇ってくる。
「でも違ったんだ…。騎士学校で勉強して、認めてもらえても、フェンデル軍からラントを守れなかったし、…ラントから追い出されてしまうし、何もかもが裏目に出てしまって、俺は…」
「アスベル…」
「あの日、ソフィを失って…皆を危険な目に遭わせて…。今も、俺は何一つ守れていないんだ…!」
「…違う」
「違わないんだ、俺は助けられてばかりで、何も守れて…「そんなことないっ!」
「…!」
「違うよ、私は…アスベルにいつも助けてもらってるよ」
「……」
重ねた手に、自然と力が入る。
「私がどうしようもなくなったときに、アスベルは頭を撫でてくれるの。それが、温かいんだ、とても安心できるの」
「……俺は…」
「少しは…他人を頼ってみるのも悪くはないと思いますよ」
「え…?」
「ヒューの受け売りなんだけどね。…アスベルには頼ってばかりだから、私、今の今までアスベルの弱音を聞いたことなかったし」
溜めすぎだよ、そういうとアスベルは私にもたれ掛かる。
「すまない、…少しだけいいか?」
「…うん、いいよ。…、まぁ…私も、人のこと言えないんだけどね」
「なんだか…似てるな、俺たち」
「私も思ったことあるよ」
すると、下の階から低いテノールの歌声が聞こえてくる。
私たちは顔を合わせて少しだけ笑い、それからしばらく会話を楽しんだ。